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レインメイカー  作者: J.Doe
ドリズル・チューズデー
120/131

心荒意乱のヴォルテックス 5

「後悔してるの?」


 埃臭い空気に香水と整髪料の臭いが混じり、床は小道具と機材で散らかり、漏れ聞こえる歓声とシンセサウンドに小さな楽屋の壁が揺れる。ファンデーションで汚れた鏡に映る俯いた顔にユウリは問い掛けた。

 こういう時に頼りにしたい和紗は物販で待機しており、事情を知らない綾香と彩雅はなんとかしてくれとユウリに視線を送って来ている。出番を間近に控えたライブの結果など気にはしないが、佳乃との接触を許してしまったのはユウリの落ち度だ。誰も責めはしないだろうが、この状況の居心地の悪さに耐えられそうにない。


「正直、感心してるんだよね。詩織は押しに負けてついて言っちゃうんじゃないかって思ってたから」


 ユウリは押し黙ったままの詩織を無視して言う。

 祭主忠の口振りや連れて行かれた佳乃の狼狽ぶりを鑑みるに、祭主の家は詩織の軟禁までは考えていたであろう。そういう意味では詩織の回答は正解に限りなく近い。詩織の気分次第で、自分も氏家とそれに近しい者達の敵になりかねないと祭主忠に理解させられたのだから。


「その上でもう1回聞くけど、詩織は後悔してるの? 血がつながってるだけの赤の他人を突き放して」

「……私は、許せなかったんです」

「許せなかった?」

「あの人が幸せになろうとしているのが、この期に及んで誰かを巻き込もうとしていたのが、どうしても許せなかったんです。こんな人、いらないって」


 そう思ったんです、と詩織は衣装のスカートをぎゅっと握る。綾香や彩雅や周りの大人達に恩があるように、佳乃にも産んでもらった恩があるのは分かっている。望んだか望んでいないかは関係ない。両親を恨んだ事はあっても、生まれて来た事に後悔したはない。


 だからと言って許せるか。皆を傷つけるだけに飽き足らず、母というだけで自分を身代わりにしようとした女を。


「なら、それ以上の答えなんてないでしょ。血とか立場とか、そういうのを全部なしにして詩織がそう思ったんだ。誰も文句なんて言えないし、言わせなければいいんだよ。どうせ誰も詩織の代わりにもなれないんだし、辛いって気持ちを肩代わりだってしてやれないんだから」


 詩織の視線を捉えるように、ユウリは立膝をついてしゃがみこむ。スカートを握っていた小さな手を取り、緊張をほぐしてやるように優しく握ってやる。

 逃げてもいい。勝てなくてもいい。だけど、意志もなく服従するのだけはいけない。

 たとえどれだけ見苦しくても、誰にもそれを否定させてはいけないのだ。生きているのと生かされているのは違うのだから。

 途中でやめてしまえば、大事な"イシ"を継ぐ人間すらいなくなってしまうのだから。


「そろそろ出番よ。準備なさいな」


 シンセサウンドがやみ、その代わりに響い来た大きな歓声に、彩雅は肩から下げていたイヤーモニターを耳にはめながら言う。

 どの点においても万全とは言えないアウェーの環境でのライブ。自分達の動員は共演者たちの数を大きく突き離し、ここでの失敗は醜聞としてレインメイカーにつきまとい続けるだろう。そのリスクがあればこそ、レインメイカーは夏休みを迎える前にこの逆境を乗り越えなければならなかったのだ。

 自分達が自分達らしく在るために。レインメイカーはこの先も進んで行くのだ。


「やれるだけやりたいようにやってみなよ。詩織が望んでくれるなら、任期が終わるまでは付き合ってあげるからさ」

「……はい!」


 憂いが去った訳ではないが、ようやく笑ってくれた詩織の手をユウリはゆっくりと離す。

 離れていく手はどこか未練がましく、それでいて、何か熱を感じさせるよう。吹っ切れたであろうその背中を見送りつつ、ユウリはぼそりとつぶやいた。


「だから死んでくれるなよ。俺がアンタを殺さなきゃいけないかもなんだから」


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