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レインメイカー  作者: J.Doe
クラウディ・サンデー
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視野狭窄のペシミスト 3

「ここはレインメイカー以外は入れない場所って事は分かったけど、だったら何で鍵を掛けてなかったのさ」


 ユウリはボトルからグラスにアイスティーを注いでいる詩織の背中に問い掛ける。

 サロンの扉をユウリが開けた時、無用心にも鍵は掛けられていなかった。サロンの棚には東南を恐れるように私物が並べられているというのに。


「それは、その、綾香さんが、不知火さんが来るかもって仰っていたので、つい……」

「隠れてたって事は自覚があるって事だから別にいいけどさ、気を付けてよね」


 客人が来るから鍵を掛けていなかったが、客人の無作法ぶりに怖くなって隠れていた。

 テーブルにグラスを置く詩織に軽く会釈をしながらも、その考えの甘さにユウリは呆れてしまう。

 仮にも女である綾香を殴ろうとした男子生徒が居た以上、隔離されたサロンに害意ある誰かが入り込んでしまったら。訪れるのは最悪の事態だ。


「それで、嫌がらせを受け始めたのはいつ頃からでとか、理由とか分かる?」


 反省している以上、何も言えないユウリはそう言ってグラスに口をつける。水分を失っていた口内を冷たい紅茶が潤し、口内にはダージリンとレモンシロップの香りが広がっていく。

 甘ったるくない程度に甘みを足されたそれは、詩織の危機管理と裏腹な思慮深さを感じさせた。


「1ヶ月前、です。レインメイカーがデビューした頃で、多分理由も……」

「1ヶ月前って言うとアンタが高校入学した頃だよね。レインメイカーのデビューがその時期になった理由は?」

「私とトライトーンレコードの準備が終わるのを待ってもらっていたんです」

「トライトーンがレインメイカー専属のレコード会社っての聞いたけど、アンタの準備ってのは?」

「ボイストレーニング、ダンスレッスン、基礎体力作り、楽曲の練習、作詞の勉強。私は、2人みたいに何でも出来るわけじゃないですから」


 申し訳なさそうに眉を顰める詩織の言葉を噛み砕くようにユウリはパンを齧り、胸中で状況の整理を始める。

 トライトーンレコードは明神、氏家、艸楽の3社による合同企業だとユウリは陳から聞かされていた。税金対策に使われていた明神の資産によるバックアップを受け、氏家の生産力で作品を商品にし、艸楽の販売能力でマーケティングを行っているとも。

 そして詩織の話から察するに、レインメイカー自体は長い準備期間を経て、最年少である詩織の高校入学を切欠にレインメイカーはデビューし、丁度その頃から詩織への嫌がらせ始まった。


 ならば、その嫌がらせの主犯格らしい"(カク)"が陳の恐れているテロリストなのか。

 ありえない、とユウリはその考えを否定する。

 詩織が恐怖で震えるほどの嫌がらせを繰り返し、綾香を挑発して自分達に歯向かわせる。ユウリが陳の恐れているテロリストであれば、そんな余計は事はせずに殺すなり拉致するなりしている。子供レベルの嫌がらせを繰り返して、ユウリのような戦力を寄越させてしまえば、目的は果たし辛くなってしまうのだから。


「ちょっと意地悪い聞き方するけど、アンタらのユニットって本当に人気あんの?」

「レインメイカーも綾香さんも彩雅さんもある、とは思います。綾香さんはイベントとかに引っ張りだこですし、彩雅さんは役者さんやファッションモデルとして活躍されています」

「ならなんでアンタはこんな場所で1人で飯を食ってんのさ。芸能人とかが居たら皆チヤホヤすんじゃないの?」


 ムッとしたように僅かに顔を若干顰める詩織に、ユウリは詫びるように両手を上げて更に問い掛ける。

 少なくとも明神綾香は常にクラスメイト達に囲まれており、艸楽彩雅に至っては嫉妬されるほどの存在らしい。そんな2人の事を鑑みれば、メンバーである詩織もそういった対象であってもおかしくはないはずなのだ。

 しかし事実として詩織は嫌がらせのターゲットにされ、本人が知ってか知らずか面罵に対しての嫉妬の矛先を向けられていた。

 それがどうしてもユウリには腑に落ちなかったのだ。


「私は、人前にあまり出られなくて、その、役立たずで……」


 一転して消沈したとばかりに肩を落とした詩織は俯き、挙句の果てには手にしていた箸まで置いてしまう。

 確かに詩織に綾香のような社交性はあるようには見えず、猫背がちな小柄な体躯は彩雅のようにモデルに向いているとは言い難い。

 流石のユウリが返す言葉に困っていると、詩織は恐る恐るユウリの方へと黒髪越しの視線を向けてゆっくりと口を開いた。


「あの、もしかして仕返し、とかする訳じゃないですよね?」

「わざわざ仕返しに行く事はないけど、いざとなれば実力行使は避けられないだろうね」


 詩織の問い掛けに答えたユウリは何かを確かめるように左手で拳を握る。手の平には鈍い違和感が居座り、黒革の手袋はギチギチと音を立てる。

 話し合いで事態が解決出来たのなら、詩織はここまで追い詰められる事はなかったはず。敵対者の正体すら分からないユウリは、多少のリスクを犯してでもあらゆる敵対者を退けなければならない。


「そんな訳には、いかないです。私のせいで不知火さんにご迷惑を――」

「だからさ、面倒くさいってんだよ」


 どもりながらも言葉を重ねていた詩織は、ユウリの取りつく島もない態度にビクリと肩を震わせる。

 ユウリからすれば明神家のバックアップを受けるための条件で、綾香からすれば夢と仲間を守っただけ。それでも詩織にとっては2人に掛けてしまった迷惑でしかない。

 だが詩織にとっての罪悪感は、ユウリにとってはただの面倒事でしかなかった。

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