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レインメイカー  作者: J.Doe
クラウディ・サンデー
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視野狭窄のペシミスト 2

(カク)、だっけ? すぐに結果は出せないだろうだけど、ソイツに関しては俺がどうにか対処するよ」

「で、でも、ただの、その、意地悪をわざわざ対処してもらうなんて」

「そこまで怖がってるなら意地悪じゃなくて立派な嫌がらせだよ。あの猪女――じゃなくて明神もアンタのために動いてたし、アイツを好きにさせてた方が大事(おおごと)になっちゃうでしょ」


 詩織の現状が1番深刻だと判断したユウリは思わず嘆息を漏らしてしまう。

 このまま詩織に対するハラスメントを放置しておけば綾香が動き出し、最悪昨日のように実力行使を前提にした解決方法を取らなければならなくなる。3人を守ってでも"報酬"を得なければならない自分は避けなければならないと、陳に懇々と説教されてユウリは理解していた。

 陳がどれだけ優秀であっても限界はあり、今回の任務においてユウリが最適だっただけ。適格者は他にも居るはずなのだから。


「ま、また、綾香さんにご迷惑をお掛けてしまったんですね」

「まあそう言えなくはないけど、勝手に動いたのはアイツじゃん」

「でも、その、綾香さんにそんな事をさせてしまったのは、私ですから……」


 そう言って俯いてしまう詩織にユウリは困ったように頬をかく。

 ただでさえ前髪でほとんど見えない顔は悲哀に歪んでおり、見えていない事が逆にユウリをうんざりとさせるのだ。

 もっともこれが物怖じしない綾香だったなら、ユウリはぞんざいに扱っていただろう。現に休み時間に突っかかられた時も、ユウリは自分の事情を押し付ける事で乗り切っていたのだから。

 しかしそんなユウリの戸惑いなど知らない詩織は、手がほとんど隠れた袖を握り締めていた。


「きっと、不知火さんにも、ご迷惑をお掛けしてしまいましたよね?」

「謝らなくていいからその内いくつか質問させてよ。聞いておきたい事がいくつかあってさ」


 ポーズだけでなく、心底落ち込んでいるだろう詩織を無視して、パンを手に取ったユウリは話は終わりだとばかりに踵を返す。昼休みは当に半分を終えており、これ以上の浪費を護衛対象に強いる事は出来ない。


「今、じゃなくていいんですか?」

「俺がここに居たらアンタが昼飯食えないでしょ」


 意外だとばかりの詩織の問い掛けにユウリは振り向きもせずに答える。

 どもりがちな言葉と合わされる様子のない目。それらは詩織の対人恐怖症な性質と遠まわしな拒絶のサインのはずなのだから。


「でも、不知火さんもまだ、ですよね?」

「俺は教室に戻りながら食うさ」

「それは、お行儀が悪いです」

「どうだっていいだろ、別に食事の席でアンタに恥なんて書かせやしないし」

「でも、その……」


 詩織はそう言って俯いてしまい、ユウリは形の変わりつつあるパンに視線を落としてため息をつく。


「言いたい事があるならハッキリ言いなって。こっちは察してあげられるほどアンタに興味なんてないんだから」


 どもりながらじゃなければ喋れないくせにしつこい詩織。意味の分からない護衛対象にユウリは思わずきつい言葉を吐き捨ててしまう。

 気を遣ってやってると言えば押し付けになってしまう。だが詩織のバッググラウンドを知り、痛みに共感し、感情の起伏を制御してやる。テロリストとして紛争地帯を転々としていたユウリにそんなメンタルケアなど出来るはずがない。


「その、私は、あなたと、お話がしたいです」


 やっぱりアイツの仲間だ、とユウリは諦めたように、一切退こうとはしない詩織の対角線上の椅子を引いて腰を掛ける。

 視線はつま先、手はブレザーの裾を掴んでいるというのに、強情で意地っ張り。強引に出て行く事も出来るが、今後の事を考えればそこまでする理由はない。

 あったとしても、脳裏で両手を腰に当てて高笑いしている赤毛の女が気に入らない程度のものだ。


 苛立ちを誤魔化すようにユウリはパンのビニール袋を引き裂いて齧り付く。パンをコーティングしているチョコは若干溶けているが、それでもユウリの口内にはチョコと生クリームの甘みが広がっていた。


「甘いの、お好きなんですか?」

「そうだけど、何でアンタが質問してるのさ」


 飲み物を買い忘れた事を思い出したユウリは木製の椅子に乱暴に背を預ける。

 甘いものが好きな事が恥ずかしい訳ではないが、相変わらず脳裏によぎるブラックコーヒーを飲み干した後の綾香のドヤ顔は耐え難いものだった。


「あ、アイスティーでよければすぐに出せますが」

「……シロップもつけて」


 ユウリが思いのほか水分を持って行かれた口で呟くなり、詩織は静かに立ち上がってサロンの奥の扉を開ける。落ち着いた雰囲気の木製の扉の向こうにあったのは簡易的なキッチンだった。


「ここはどういう作りになってんのさ……」

「シャワーもあります。その、更衣室とかは使えないので」


 それは大変だ、とユウリは返事の代わりに肩を竦める。

 疑問がない訳ではないが、アイドルという立場にある詩織には盗撮や盗難というリスクが常に付き纏っている。芸能人の盗撮映像や写真には値が付き、女性同士であれば手に入れるのは容易い。

 そういった意味では明神家(オーナー)がサロンという隔離された環境を用意したのは英断だ。

 交渉事が得意とは言えないユウリでも、盗撮写真という交渉材料さえあれば対人恐怖症気味の詩織を丸め込む事など容易いのだから。

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