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レインメイカー  作者: J.Doe
ドリズル・チューズデー
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思い違いのランデヴー 4

「あ、アンらしき人影がランデヴーポイントに接近!」

「さっきから気になっていたのだけれど、その口調はどういう冗談なのかしら?」

「雰囲気作り!」

「……また夜中に映画を観ていたのね」


 生活習慣が乱れがちな妹分に顔を顰めつつ、彩雅は落ち着きを失った方の妹分を引き寄せる。本人が乗り気だったかはともかく、相手は並々ならぬ思いでこの場に臨んでいるはずなのだ。厳しい言葉を選ぶのであれば、覚悟も意識もない詩織に邪魔をする権利などない。

 何より、ユウリの懸念通りの罠である可能性も捨てきれていないのだ。


「ジャージ姿で告白って、ユウリもだけど、相手も相当ね」


 ロマンスが溢れ出して止まらないのか、綾香は遥か遠くの仮称アンを睨みながら言う。ドミニクという名前を分かっている上で、仮称をつけるのだから性質が悪い。

 確かにジャージ姿というのは不思議だが、と彩雅は携帯電話を取り出す。綾香のように視力が2・5もあれば相手の顔くらいは見えるのかもしれないが、疲れ目気味の視力1・0で見えるはずもない。目に悪いと知りながらも、前髪を頑として切ろうとしない詩織であればなおさら。

 そしてズーム機能を最大限に活用したスマートフォンの画面に映ったのは1人の生徒。すらりとした体に纏うジャージ、走る学年のラインの色は青。髪はウェービーなブリュネットのボブ。褐色気味の肌の顔はどこか男勝りな印象を受けるが、ベンチから立ち上がろうともしないユウリを前に緊張しているらしい。ほとんどが袖で隠された手は背中の後ろで組まれていた。


 やがて、仮称アン――ドミニクは一文字に占めていた唇を緩める。


 囁かれているのは甘い言葉か、それとも、情熱的な言葉か。

 頑張って聞き耳を立てる妹分2人を余所に、彩雅は思案するように頬に手を当てる。

 ドミニクという名前。フランス人的な特徴の文体。1年生を示すジャージの青いライン。

 詩織のクラスメイトでないからか、それともユウリに対するハニートラップなのか。どうにもその3つの要素が繋がり合わない。


 否、繋がり合おうとしない。


 何か大きな勘違いをしているような、不思議な違和感が邪魔をするのだ。

 重ねられた言葉に感銘を受けたのか、それともドミニクを敵と判断したのか。ユウリがゆっくりと立ち上がる。興奮の最高点に達したのか綾香の鼻息は生垣を揺らし、息を呑んだ詩織は彩雅のスカートをつまむ。ドラマティックに変化して行くその光景をどこか遠くに眺めながら、彩雅は違和感の理由を脳裏で探し続けていた。

 もはや見えるもの全てが疑わしく感じてしまう。ドミニクのジャージ姿も、頭1つ分高い身長さえも。


「……あら?」


 文字通り目に見えた違和感に彩雅は首を傾げる。

 本人は頑として譲らないが、ユウリの身長は自己申告の165cmもない。本当に165cmもあるのなら、164cmの綾香より視線が低いわけがない。だというのに、ユウリとドミニクの身長差は頭1つ分ほど。168cmという比較的高身長な彩雅よりも高い。

 ドミニクは大きな体、ある意味での包容力でユウリへと歩み寄る。見慣れた比較対象と並んだ事ではっきりと分かるその差。フェザー級とバンタム級。軽自動車とアメリカ車。ウサギと熊。立ち去らせまいとユウリの袖をつまむ光景ですら、儚げに感じさせた詩織とは大違いだ。

 目すら合わせようとしないユウリにドミニクは必死に何かを訴えている。日差しの向きもあって表情こそ見えないが、身振りがドミニクの想いの強さを表すよう。足止めをされているどころか、その場に釘付けにされているようですらあった。取りつく島もないという縋りつくその執念はしつこいと言う他なく、彩雅も詩織も複雑そうに顔を顰めてしまう。

 そして、ユウリは観念したようにまっすぐドミニクへを向き直る。琥珀色の瞳はドミニクへを視線を合わせるように見上げ、履き慣れたローファーの足は程よく開かれ、黒革の手袋をはめた左手は――ほぼノーモーションでドミニクの顎を殴りつけた。


「……はぁッ!?」


 ずるりと地面に崩れ落ちるドミニク。袖を直しながらそれを見下ろすユウリ。

 思い描いていたランデヴーとは程遠いその光景に、綾香は思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。フックがかったパンチは顎をしっかりと捉え、ドミニクの脳を揺らしていたらしい。上手く立ち上がれずに四つん這いになっていたドミニクは、ユウリに肩を蹴り飛ばされて地面へと転がされてしまう。

 流石にこのまま放っておく訳には。そう思った彩雅が立ち上がろうとした瞬間、壁にしていた生垣が起きく揺れた。台風一過というのは言い過ぎかも知れないが、まるで大きな質量が動いたような錯覚。

 やや乱れた芝の痕跡を辿って行けば、そこに居たのは見慣れた光景。いつの間にか、見慣れてしまった光景があった。


 右手を首。左手を足。肩に華奢な体を担ぐそのスタイルは、紛れもなく、アルゼンチンバックブリーカー。


 驚愕から恐怖。琥珀色の瞳の目は見開かれ、浅黒い肌の頬は引き攣る。やめてくれ。指を掛けられた喉はその簡単な言葉すら紡ぐことも出来ず、薄い唇だけが分かってくれとばかりにパクパクと動いている。あまりにも寝起きの悪い朝に担がれた事はあるが、腿に食い込む指の力はいつかとは明らかに違う。綾香はしつけくらいのつもりなのだろうが、ユウリの手は明確な命の危機に必死にタップしていた。

 彩雅はドミニクを熊と称したが、ユウリは綾香を猪と称した。どちらも、人里には合わない山の強者達。その力はうさぎと称されたユウリには強すぎる。


 しかし、無情にもその時は訪れた。


「こ、の、バ、カァッ!」


 まるで本職のように技を極めた妹分。ビクリと大きく震えるボディガードの体。その光景を茫然と見ている当事者。

 その光景を眺めながら、彩雅が考えていた事はただ1つ。

 どうすれば、妹分の夜更かし癖をやめさせられるだろうか。それだけだった。

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