思い違いのランデヴー 3
「1630。ジョーをランデヴーポイントで発見。動きがあるまで待機」
夕日が差す庭園。ガサリと音を叩揺れる生垣の影で綾香はぼそぼそと呟く。よほど夢中になっているのか、赤みがかったブリュネットの髪に青々しい夏草がついている。
2・5の視力で捉えているのは、ふてくされたようにベンチで足を組むユウリ。
結果的に、ユウリは呼び出しに応じていた。応じさせられていた。すっかり熱くなってしまった綾香だけでなく、詩織にあそこまで言わせてしまったのだ。流石のユウリでも断る事など出来なかったのだ。
ただし、3人のサロンでの待機を条件に付けて。ボディガードが護衛対象から離れなければならないのだから、防衛性の高いサロンで待っていてくれと言うのは当然の話だった。
熱くなってしまった綾香が、その約束を守る訳がないのも。
「良かったの、あんな事を言ってしまって」
一瞬でも視線を逸らそうとしない綾香の髪を整えながら、彩雅は背後で右往左往する詩織へと問い掛ける。
見覚えのないピアス。堂々と破られた門限。1人だけ違う呼ばれ方。
それだけでなく、誰にでもそっけないユウリが詩織にだけは甘いのだ。関係に発展があったのかまでは知らなくとも、たとえユウリが否定しようとも、お互いがそれぞれの温度で大事に想っている事くらいは分かる。
しかし、悲痛そうな表情を前髪に隠して詩織は言う。
「分かり、ません」
「厳しい事を言うけれど、少し考えが足りないんじゃないかしら。ユウちゃんが誰とも付き合わないなんて保障なんかないのに」
「で、でも、ユウリさんの、その、負担になりたくないんです」
「まるで、アタシ達なら構わないような言い方ね」
「アヤちゃん?」
「……ごめんなさい。なんか、詩織が取られたみたいでイライラしてたかも」
いさめるような彩雅の声に、綾香はバツが悪そうに頬をかく。出来ていたかはともかくとして、ユウリが来るまでは詩織を守るのは綾香の役目だったのだ。ユウリからすればはた迷惑な話かもしれないが、綾香が嫉妬してしまうのも無理もない。ユウリと詩織の背中を突き飛ばす勢いで押していたくせに。
茶化すには厄介で、誤魔化すには棘があり過ぎた。
自分がその空気を作った事を理解してか、その上でまっすぐ向けられた姉貴分の視線の意味を察してか、綾香は深くため息をついた。
「アイツ、友達が居ないのよ」
「1人も?」
「うん。大げさでもなんでもなくて、アイツって本当に誰とも話さないの。休み時間はずっと携帯いじってるし、お昼休みはアタシより先に教室から出てっちゃうし。アイツが優秀なボディガードだってのはもう分かったし、陳がアイツを推薦した理由も分かってる。それでも、アイツは何にも分かってない」
来る者は静かに拒み、去る者は消えるまで警戒をする。必要とあれば懐に入り、利用価値がなくなれば姿を消す。
それでも嫌がらせなどの標的にされにくいのは、ユウリ自身の社交性が大きいだろう。ひと時とはいえ、社会経験など状態でマネージメントを1人でこなしていたのだ。世間知らずの高校生程度であれば操るのは容易い。それこそ、3人に窮屈な思いをさせない配慮が出来るほどに。
しかし、ラブレターを読もうとすらしなかった事は綾香にも衝撃的だった。確かに中身を知れば、綾香はユウリを庭園に向かわせた。無視をするにはリスクがあり、その場所にはロマンがある。恋愛ごとに疎い綾香でも、ラブストーリーが突然始まる事くらいは知っているのだ。
何より、綾香は気付いてしまったのだ。
「結果的でも何でも、アタシ達は1人で戦った事なんかなかった。伊勢の件でハッキリ自覚させられたけれど、アタシは彩雅姉達に守られて調子に乗ってただけ。いざとなれば白井に殴らせれば良いって思ってたし、そうなる前に彩雅姉とカズさんがどうにかしてくれるって思ってた。それって結局、他力本願で乗り切ってたってだけじゃない」
「綾香さん……」
「別にふてくされたり、悲観してる訳じゃないの。ただ、アイツにも分かって欲しくて。アタシ達とアイツの周りには敵が多いかもしれないけど、全員が敵って訳じゃないんだって。アイツがどれだけ優秀でも、たった1人で戦い続けるなんて無理なんだから」
申し訳なさそうに眉尻を下げる詩織に綾香は首を横に振る。伊勢裕也の造反で3人は確かに面倒事に巻き込まれてしまったが、リスクと見合う程度の結果は得られていた。ユウリは詩織を守り通し、藤原宗吾から1部の権利を剥奪し、氏家亮太に対して明確な警告を発している。手を出せば、決して許しはしない。簡潔であるがゆえにその主張は強い。血の繋がった息子を再起不能にされたのだ。もう楽観視はできないだろう。
そしてその一方でユウリは綾香の懸念通り、1人で動いたからこその敗北を喫している。伊勢裕也達の仲間達に羽交い絞めにされ、狗飼美緒には助けられた。もし綾香か彩雅がユウリと伊勢の動きを把握さえしていれば、後手に回る事もなく、何らかの形でユウリの助けになれかもしれないだ¥。そう言った意味では、綾香も自分達の敗北を理解させられていた。
生半可な策謀ではユウリを操れやしないとも。




