思い違いのランデヴー 2
初めて会った時から、心を奪われてます。
一目惚れなんてあなたに会うまでは信じられませんでしたが、あの日、私は確かにあなたに一目ぼれをしました。こんな事を書いてしまえば、あなたを怖がらせてしまうかもしれません。それでも、あなたを愛していることを想い切って告白します。
愛している、私の愛しい人よ。 あなたのことを考える以外何もできません。
あなたへの想いは、日に日に募るばかりです。
どうか、あなたに想いを伝える機会を下さい。
今日の放課後、庭園にてあなたを待っています。
あなたへ不滅の愛を捧ぐ。
「ラブレター、か。ユウちゃんもそんな歳になったのね」
「1つ違うだけでどうして偉そうなんだよ」
感無量とばかりの彩雅の言葉に、ユウリは便箋をテーブルへと投げ出す。繰り返された愛の言葉も、心底楽しそうな彩雅の態度もうんざりするほどに鬱陶しい。
普段なら空き教室で昼食を食べている昼休み。ユウリはレインメイカーの面々と共にサロンのテーブルに着かされていた。智子の常軌を逸した大声のせいでラブレターの存在が学校中に知れ渡る事になり、彩雅に呼び出されたのだ。ボディガードとしては護衛対象の近くに居られるのはありがたいが、ここまでの経緯を考えればとてもではないが良い顔は出来ない。
そして、ラブレターにちらちらと視線を送っていた元凶が、ふうん、と吐息を漏らす。
「それで、アンタの知ってる子――な訳ないわよね。クラスメイトの名前も知らないんだから」
「その通りだし、見当だってつく訳ないよ。俺みたいな美少年相手なら、誰だって一目惚れするだろうし」
「なのかしらね。アンタって見た目だけはそれなりだもの」
「そうでしょ。俺がアイドルだったら明神なんか誰も見ないだろうね」
口角をヒクヒクと引きつらせる綾香に、ユウリは知った事か、とばかりに肩を竦めてみせる。
よほどラブレターの内容が気になったのか、普段ならそそくさと教室を去る綾香もサロンに来ていた。比喩でもなんでもなく、ユウリを力任せに引きずって。明日からどういう目で周りに見られるかなど、ユウリは考えたくもなかった。
「ファミリーネームはなくて、ドミニクってだけ書いてある。文章の感じから勝手にフランス人だと思ってるんだけど、そちらさんに心当たりは?」
「3年A組にドミニク・ラスペードさんが居るけれど、多分違うわね。あの子はマッチョ好きだったはずだし」
それなら違うだろう、とユウリは指先で左耳のピアスを突く。3人に親交のある人物はある程度調べたが、交友関係の広い彩雅に関しては追いきれなかった。その彩雅に心当たりがないなら、ユウリが知るはずがない。
「それにしても、なんかこう、甘酸っぱいわね! この感情をなんて言うのかしら!?」
「困惑、恐怖、ドン引き」
「なんで、なんでアンタはそうやって冷静なのよ!? なんか、こう、熱くなって来ない訳!?」
「アンタが熱くなってるから冷めるんだよ」
「だって、こう、来るじゃない!?」
「……頼むから同じ文化の言葉で話してよ」
拳を固く握って力説する綾香に、ユウリは白けたように鼻を鳴らす。休み時間の度に未開封のラブレターを見せるように乞われ、ため息をつく度に始まっても居ないラブストーリーの感想を聞かれる。目立ってしょうがない明神綾香に絡まれ、美佐子や話した事もないクラスメイト達にも囲まれてしまったのだ。最大の被害はその程度ではないが、自分自身が標的になった可能性を鑑みれば、目立ちたくないというユウリの考えはもっともだ。もっとものはずだったのだ。
立場と任務を理解している護衛対象の鼻息が荒くなるまでは。
「それで、アンタどうするつもりなのよ。いや、この場合はどうなるって方が正しいの?」
「どうもしないし、どうにもならないよ」
「はあ!?」
「俺に対しての罠かもしれないし、俺を利用したそちらさんへの罠かもしれない」
それに、と言葉を切ってユウリはじろりと綾香を睨みつける。
「どこかの猪女に引きずり回されたせいで俺は晒し者だったからね。これ以上隙を見せるのもどうかなって」
「……アヤちゃん?」
「だ、だって、恋バナなんてなかなか出来ないから」
「恋バナって……」
唇を尖らせてそっぽを向く綾香に、ユウリと彩雅はつい顔をしかめてしまう。
名家の令嬢とアイドルという立場から恋愛などの話に加わり辛い事は分かる。特にユウリのラブレターにはしゃいだり、うろたえたりもしない彩雅が居れば話にもし辛いだろう。勧誘相手に真剣勝負を挑んだ綾香や、人を寄せ付けない詩織がどうかは置いておいて。
だが比喩でもなんでもなく文字通りに振り回され、ランチの小粋なトークのネタにされるのはごめんだ。
どうにも勘違いされているようだが、ユウリは3人と友達になった覚えはない。任務の都合上和解こそしたが、綾香とはいがみ合う可能性すらあるのだ。信頼を得て損はしないが、無闇に期待を押し付けられるのはごめんだ。
「とにかく、俺は何もしない。明日からは見ないで捨てる」
「それは、流石にどうかしら。こじれたらこじれたで大変よ?」
「いちいち相手にして時間を取られるのだけはごめんだし、高嶺の花ってのは手が届かないから美しいんだよ」
そう言って線の細い顎に手をやるユウリに、彩雅はどうしたものかと頬に手を添える。
ユウリの時間がとられるという事は、3人の時間がとられるという事。限定された護衛なら和紗と白井の2人掛かりでも出来なくはないが、
せめて彩雅と同じように手紙で返事を出すようにすればいいのだが、きっとユウリは面倒くさがって何もしないだろう。
だというのに、隣に座る綾香は首を横に振っていた。
「アタシは行くべきだと思うわ」
「俺の話を聞いてないの?」
「聞いてたけれど、それはそれよ。多分だけど、その子はアンタが来るまで帰らないだろうし、それでトラブルを起こされた方が面倒じゃない」
分からなくはないが、とユウリは口元まで持って行っていたチョコクリームパンをテーブルに置く。現にユウリと綾香は放課後の庭園で乱闘騒ぎを起こし、何らかの方法で揉み消させている。彼ら彼女らが再び馬鹿げた事をするとは思えないが、そんな時間にそんな場所で待ちぼうけをさせて良い訳がない。いくら非がなかったとしても、世論はユウリを非難する。ユウリ自身が気にしなくても、3人が気にしない訳ではない。
「わ、私も、同感、です」
詩織のどもりがちな言葉にユウリの眉がピクリと動く。
話題に興味がないのか、それとも恋愛ごとに口を挟みたくなかったのか。ずっと沈黙を守り続けていた詩織は、テーブルに投げ出されたラブレターに視線を落としてた。
「き、きっと、その方は勇気を出して、その、手紙を出したんだと思い、ます。ユウリさんに、その、気持ちを伝えたくて。で、でも、手紙だけじゃな伝わらなくて、きっと」
「詩織……」
どもりながらもゆっくりと、それでいて必死に言葉を紡ぐ詩織。少なくとも、以前にはなかった芯の強さをもった少女に、ユウリは困ったように右手で顔を覆う。援護をしてくれるとは思ってはいなかったが、詩織は誰の味方にもならないだろうとユウリは考えていたのだ。
しかし、困ったのはユウリだ。圧倒的少数派になってしまっただけでなく、この手の話題に関して男に発言権などない。それどころか、可愛い妹分がしっかり自分の意見を言えたことが嬉しいのか、それとも自分の賛同者が現れた事が嬉しいのか。綾香は満足そうに鼻を鳴らし、彩雅はハンカチで目元を拭ってすらいる。綾香には若干の私欲を感じなくはないが、この際それも置いておく。
強く握り過ぎているのか、胸元で組まれた青白い手は震え、視線はラブレターに釘付けのまま。
それでも、詩織はしっかりと自分の言葉を紡いだのだ。言葉で出来る事を探すと決めた詩織が。
だから、ユウリも真摯に言葉を紡ぐ。伝えたい事が、使えなければならない事があるのは、ユウリも同じなのだから。
「もっともらしい事を言う前に、まずはそれを置いてよ」
そう言ってユウリの指が示したのは、華奢な手で握りしめられた銀のはさみ。自然光を取り入れるサロンの設計もあって、その光景は良くも悪くも趣味の悪い絵画のよう。切っ先はどこにも向いていないが、黒髪で顔を隠した女が刃物を後生大事そうに抱えているのだ。絵面の怖さに顔や人柄の良さなど関係ない。
「ど、どうして、でしょう。こうしていると、落ち着くん、です」
「間違いなく気のせいだね」
「気の迷いにならないといいのだけど」
悪い冗談はやめてくれ。
この期に及んでもラブレターが気になっている綾香。引き攣った笑みを浮かべる詩織。妹分達をよそにグラスを傾ける彩雅。
護衛対象達の様子にその一言が言えず、ユウリにはただ頭を抱える事しか出来なかった。




