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レインメイカー  作者: J.Doe
ドリズル・チューズデー
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思い違いのランデヴー 1

 ざわめく朝の教室で、綾香はシャツの襟もとに伸ばした手をすんでの所で止める。

 白井のおかげで通学を苦痛に感じた事はないが、代謝が良くて体温の高い綾香には学園の適度な空調は少し暑く感じられた。もし許されるなら最低温度に設定したいほど。そんな衝動的な綾香が居るせいか、シェアハウスでの温度は厳正に設定されている。暑がりな綾香。寒がりな詩織。空調自体が好きではない彩雅。どちらでもない彩雅が天気を加味して設定していた。綾香と詩織がそれぞれ自己管理をしているのもあるが、彩雅に全権を抱くしてからというもの、詩織の比較的弱い喉もトラブルを起こしていない。


 だが、快適に過ごせているのは3人だけ。


 室温の参考にもされていないボディガードが、ふらふらと自分の席についた。

 高温多湿な日本の気候に慣れていないのか、それとも長袖のサマーセーターを着込んでいるせいか。端正な顔はすっかり表情を失い、額には玉のような汗が浮かんでいる。どれだけ暑がっていても黒革の手袋をはめられた左手はプロ意識の表れなのか。綾香にはいまいち理解が出来なかった。もちろん、椎葉智子(かきゅうせい)を連れている理由も。


「ああもう。夏なんか、大嫌いだ」

「きっと夏もそう思ってるわよ」


 あまりにも馬鹿げたユウリの物言いに綾香は嘆息を漏らす。暑いのは苦手でも夏は好き。複雑な乙女心をユウリに理解は出来ないだろうが、それを口にすればユウリに笑われる事を綾香は理解している。

 勝手な想像から固く握られた綾香は拳を察知してか、ユウリの表情は僅かに強張っていた。


「ヌイヌイ先輩どうかしたの? 夏バテ?」

「違うよ。鬱陶しい後輩につきまとわれててさ」

「トモから言ってあげようか? ヌイヌイ先輩と違って友達多いし」

「……そちらさんが本当に羨ましいよ」


 どうして懐かれた。理解のできない智子の行動に、ユウリはうんざりしたように机に体を預ける。

 校門で待ち伏せされ、挨拶を無視したら教室までつきまとわれた。出会った頃のように彩雅のそばから排除しようとはしていないらしいが、45回繰り返されたおはようはもはや脅迫のよう。

 その上で、なぜ懐かれたのかユウリには理解が出来ない。

 人当たりが良く、快活で、表情豊か。ユウリから見ても智子は底抜けに明るく、友達が多いというのは真実なのだろうと思う。それこそ、高嶺の花を気取り、人を出来るだけ遠ざけているユウリには合わないほどに。

 だけど、とユウリは天板にべったりとくっつけていた顔を上げる。


「明神、コイツを連れてジュースでも買って来てよ」

「アンタ、アタシを顎で使おうだなんていい度胸ね」

「俺の机に何かがあるんだ」


 先ほどまでの疲れ切った様子が嘘のように、ユウリは真剣な顔で机の天板を指先で軽く叩く。

 教室の机にはノートなどを入れるスペースはあるが、基本的には何の変哲もない学習机。星霜学園では個人のロッカーが用意されており、机に何もかもをしまい込む必要はないためだ。現にユウリも課題を提出して以来、鞄に教科書を入れた事はない。

 しかし、それは確かにそこに存在していた。


「何か、ですって?」

「材質はおそらく紙で便箋みたいな形。多分脅迫状(ブラックメール)の類だと思うけど、炭疽菌の可能性がないわけじゃない。そちらさんがどこかに消えたのを確認して輸送して焼却処分をする」

「はあ!?」

「声が大きい。やった事なんかないけど、なんとかしてみせるから」


 ピンセット、ジップ付きビニール、いざという時のためのマスク。よほど切羽詰っているのか、ユウリは智子の存在を無視して道具を並べる。

 森崎仁がユウリに敵意を抱いたように、もはやユウリが利用されていてもおかしくはない。ユウリが本気で綾香を殺すのなら、1番利用しやすい詩織を利用してまとめて殺す。鉛地和紗のような目ざといマネージャーが居ればこそ、関係者に近づくというのは数少ないチャンス。千載一遇の機会を逃さないために智子は利用されているのかもしれない。

 だというのに、綾香は心底あきれ果てたようにがっくりと肩を落としていた。


「……アンタ、相当恥ずかしい勘違いしてるわよ」

「勘違い?」

「いいから、さっさと出しなさい。授業が始まっちゃうわよ」


 綾香はピンセットを奪い取って机の天板をがつがつと殴る。遅刻に厳しい蘭響子(たんにん)は席についていない生徒にも厳しい。ユウリのせいで怒られてはたまらない。上級生の教室に臆せず入った来た智子にその心配はいらないかもしれないが、それ以上に気になってしょうがないのだ。猪女だの、レインメイカーのごつい方だの言われようとも、綾香も年頃の女子なのだから。

 そしてユウリは恐る恐る机の中から"ソレ"を取り出した。


「そ、それって……」


 首を傾げていた智子は言葉を失ったまま、ユウリの手元を指差して唇を震わせる。

 飾り気のない真っ白な便箋。不知火ユウリ様へという宛先。ピンクのハート型のシール。

 綾香が予想した通りで、智子の考えが正しければ、その手紙の意味はただ1つ。


「ヌイヌイ先輩がラブレターもらってるぅッ!?」


 ただ1つ、綾香にとっての誤算があるとすれば、智子もまた女子であり、自分並みの声量を持っていたという事だろう。

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