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レインメイカー  作者: J.Doe
ドリズル・チューズデー
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七難八苦のスチューデント 3

「南米から日本に麻薬を届けるための複数のルートがある事だけは分かったのだけど、それがどこに繋がっているのかをこれから調べる感じになるわね。伊勢裕也の方は使い物にならないし」

「どういう事?」

「誰かのせいで、伊勢自身が尋問に耐えられるコンディションじゃないのよ。まあ、どの方面から探ってみても伊勢から向こうが分からないし、今回発見したルートからフラッシュポイントの経路を追うつもりよ。相手は最初から伊勢と仲介させた売人を切り捨てる用意をしていたみたい。カラオケでユウリ達を襲撃した不良達も同様に。ユウリは、この事をどう考える?」


 意趣返しのような美緒の言葉を無視して、ユウリは脳裏で裏付けが取れた和紗のカルテを思い出す。

 ガラスに対する妄執的恐怖症(パラノフォビア)。精神に疾患を植え付けるほどに深く染み込む毒で、その身を焼き尽くす炎の発火点(フラッシュポイント)。その症状と血液中の成分が、伊勢裕也がフラッシュポイントを摂取した証拠になったのだろう。

 だからこそ、美緒の推論には1つ思い違いが生じていた。


「多分だけど、ルートを管理している売人と伊勢に麻薬を卸していた売人は別人だと思う」

「どうして?」

「面倒くさいから、前者が売人Aで後者が売人B――他人を切り捨てるつもりで自分の存在を隠している売人Bが、ミーガンの襲撃みたいな派手な事件を許す訳がない。連中が派手に動いたから美緒達が動く事になった訳だし、そのせいで人が足りなくなってエイミーの拉致も失敗した訳だし」

「まあ、その通りね。ミーガンがうちの捜査に協力してる時点で失敗だもの」

「それと、ドラッグカクテルの品質も低すぎる、らしいよ」

「……ユウリは、何もしてないでしょうね?」

「する訳ないでしょ。捜査官に目をつけられてるのに」

「目を掛けているのよ――それで、あれはそこまで広まっているの?」

「名前を聞くくらい、程度なもんだよ。そもそも、フラッシュポイントみたいに良くも悪くも完成度の高い混ぜ物が作れるなら、他の物を取り扱う必要なんてないし」


 流行る事はないでしょ、とユウリは肩を竦める。

 ドラッグカクテルはあくまで重度の中毒者の遊びで、違いの分かる人間がわざわざ低品質の物を選ぶはずがない。それが良い事であるはずがないが、ドラッグカクテルはじきに淘汰されて消えていくだろう。


「この事から、俺は南米ルートの最終地点にいる売人Aは、伊勢にフラッシュポイントを卸していた売人Bとは別人。麻薬の事もろくに知らない素人だと思ってる。客が食いつくように目新しい物を用意したけど、技術と知識が足りないからカクテルは全部低品質。でも単体で売ってもフラッシュポイントに客を取られて商売にならないから、カクテルもやめられない。そんながけっぷちに居るから、ミーガンの襲撃も止められなかった」


 とかね、とおどけるユウリの言葉に、美緒は火の点いていない煙草の先を揺らす。

 理屈は通っている。それどころか、及第点以上の推論だろう。市場の規模を察し、需要と供給を把握し、金と商品の動きを理解する。それは簡単に出来る事ではない。どうしてなどと聞くのも野暮な話だ。


 賢しく、危険で、美しい少年。ユウリだからこそ、美緒は目を掛けているのだから。


「ハッキリ言うけどさ、もう手を引いた方がいいよ」

「心配してくれるのは嬉しいけれど、ここで手を引く訳にはいかないわ」

「他の誰かに任せればいい。お役所ってのはそうやって仕事をしてるんでしょ」

「その他の誰にも出来ないから、私がこの仕事をしているの」

「分かんないかな。もし俺が美緒の敵なら出来るだけ派手に殺すよ。自分と敵対する事がどういう事なのか、余計な事をすればどうなるかを教えなきゃいけないから。誰かを巻き込む事になっても、ね」


 星霜学園に入る事が出来て、麻薬カルテルに目の敵にされるような元捜査官(ミーガン)を味方につけた美緒。麻薬を扱う人間にはとても厄介で、消すなら早い内が好ましい敵。もし明神が本当にフラッシュポイントに絡んでいるのなら、明神自体に消されてもおかしくはない。学生の彩雅がユウリを探すために大枚を叩けるのなら、明神という家が本気を出せば狗飼美緒という存在の全てを消してしまえるだろう。

 だというのに、美緒は首を横に振っていた。


「妹が殺されたのよ」


 ありがちで、それだけに分かりやすい理由にユウリは閉口してしまう。

 ただの娯楽として。一獲千金を夢見て。耐えがたい現実から逃げたくて。

 理由は何であれ、麻薬に手を出した人間は何人も見て来た。気付いた時にはもう手遅れになってしまった人達も。少量で大金が動くのだから、それも当然だろう。麻薬に群がる人間は多く、欲求は簡単に暴力に代わるのだ。

 同情しない訳ではないが、慰める気にもなれない。その事を察してか、美緒は深いため息をついた。


「好きで麻薬に関わっていたのなら仕方ないって諦めもついたわ。法に背くってこいうのはそういう事だし、日本で暮らしていて出来心でなんて言い訳も通用しない。出来れば捕まえたかったけど、これも因果応報だって」


 でも。そう言って言葉を切った美緒の口から、食い千切られた煙草が落ちた。薄くグロスが塗られた唇は震え、噛みしめられた奥歯は音を立てる。愛嬌を振りまいていた顔は、一切の表情を失っていた。


「そうじゃなかった。フラッシュポイントをばらまいていた連中に、事故に見せかけて殺されたみたいなのよ」

「殺されたって、同機は?」

「さあ。お互い就職してからは疎遠になっていたし、よく海外に行ってたって事くらいしか知らないわ。正直言えば、殺されたっていうのも私の主観でしかないの」

「聞きづらい事を聞くけど、美緒の仕事の結果なんじゃないの?」

「そうかもしれないし、そうではないのかもしれない。刑事になりたての頃はとにかくたくさんの事件に関わったから。でも、もしそれが理由なら、私には犯人に辿り着く義務があるわ」


 美緒は食い千切ったフィルターと共に吐き捨てた。


「私は、真実が知りたい。もし本当にただの事故ならそれでいいし、違ったのなら犯人を捕まえるだけ。その時になれば復讐したいなんて思うかもしれない。それでも、今はただ……」

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