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レインメイカー  作者: J.Doe
ドリズル・チューズデー
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直情径行のチャリオット 5

「そんな事ないわよ。ここまで言ってもらえるなんて、お姉ちゃん冥利に尽きるもの」


 青いリボンの胸倉を掴もうとしたユウリは、背後から掛けられた女の声に動きを止める。

 姉貴面したセリフ、おどけるような声色。それは全ての面倒の渦中にある人物の声だった。


「……どうされたんですか、艸楽先輩」

「レンちゃんが教えてくれたのよ。庭園で面白い物が見れるって。調べ事を切り上げた甲斐があったわね」


 よほど少女の言葉が嬉しかったのか、彩雅はユニークなヘアスタイルを崩さないように頭を撫でてやる。その傍らでユウリの額に付いた蓮華のグロスを拭き取れる辺りが、艸楽で2人の姉貴分としての器なのだろう。聞き分けはいいが、妹分2人の我はとにかく強い。

 不満そうに顔を顰めるボディーガードと顔を青くした後輩よりも。


「それにしても、お久しぶりねトモちゃん」

「と、トモの事、憶えていてくれたんですか?」

「もちろん」


 当たり前だとばかりに笑う彩雅に、少女はぱあっと明るい笑みを浮かべる。

 おそらく、彩雅にとっては当然の事なのだろう。偶像視される事も、その一心に尊敬と嫉妬を集めるのも。

 自分のせいで、争いが起きる事も。


「でも、ちょっと言い争いをしていたみたいね」

「え、あの、その」


 喜びから一転して、少女は気まずげに俯いてしまう。ユウリを付け回していたのも、先にケンカを売ったのも事実。

 それを理解していればこそ、すうっと細められた切れ長の目をまっすぐ見つめる事が出来ない。真実を告げれば期待を裏切るどころか、失望されてしまうかもしれない。それだけは、嫌なのだ。

 星霜学園における艸楽の意味も、スポーツ特待生の立場の低さも理解はしている。それでも、嫌なのだ。

 その様子は彩雅への心酔ぶりを表すよう。斉藤泉美に森崎仁、これだけ信者が居るのなら面倒事も多いはずだ。

 なんて説明すればいいか分からず、ころころと表情を変える少女にユウリは大きなため息をついた。


「ちょっと盛り上がってしまっただけですよ」

「へえ、どんなお話なのかしら」

「俺があんまり美少年で足が速いからちょっと気になってたそうで」


 これ以上は詮索するな、とユウリは彩雅に微笑みかける。

 これまでの様子を窺う限り、少女は彩雅達にとっては無害。それこそ、姫島蓮華の方が有害なくらいに。

 彩雅が姫島蓮華の家の事を知らなかったはずがなく、少女が彩雅の顰蹙を買う理由もない。

 どういうつもりであれ、ユウリの仕事を邪魔したのは彩雅なのだから。


「……そういう事にしておくわ。トモちゃんも記録会も近いんだから、あんまり無理しちゃダメよ」


 落ち込んだ少女の様子にも、やや血なまぐさいユウリの思惑にも、彩雅は気にした様子も見せずに、少女の髪を簡単に整えてユウリへと向き直る。

 世話好きな側面が彩雅の優しさなら、打算的な側面は艸楽としての覚悟なのだろう。


 人を誑し、人を使い、人を捨てる覚悟。

 それが誰であれ、何であっても。


「せっかくだから、お姉ちゃんから紹介させてもらうわね――この子はトモちゃん、椎葉シイバ智子トモコ。シオちゃんと同い年で陸上部の強化選手。そして、こっちがユウちゃん、不知火ユウリ。アヤちゃんのクラスメイト。転校生同士、仲が良いみたいで安心したわ」

「転校生って、コイツも?」

「トモちゃんはスポーツ特待生で、私が高校1年生の時に中等部に転校してきたのよ。レクリエーションで一緒に走っていたじゃない」


 スポーツ特待生、レクリエーション。その2つの言葉にユウリはようやく思い出す。

 レクリエーションでの組対抗リレーで、アンカーとして走っていたのはユウリと森崎だけではない。ユウリが覚えている限り、白人の男子生徒と東洋人の女子生徒がトラックに居たはず。その後者がこの椎葉智子だったのだろう。


「そ、その節は、どうもです」

「いいのよ。この学校、ちょっと構造がややこしいから。ユウちゃんが迷子にならなかったのが不思議なくらい」


 夢心地に揺蕩たゆたっていた智子は途端に眉尻を下げ、彩雅は気にするなとばかりにぷくぷくとした幼い頬を両手で包み込む。閉鎖的な生徒間の雰囲気のせいで智子は道を尋ねられず、広い敷地内でおろおろとしていた。今思えば、その光景も彩雅を生徒会長という座を射止めさせた要員の1つかもしれない。下の妹分と同い年の女子が困るような校風は同い年で引っ込み思案な下の妹分がどうするか。当時の艸楽彩雅にはたったそれだけの理由で十分だったのだと


「ところで、陸上部に召集が掛かっていたのだけれど」

「わ、忘れてた!?」


 智子は名残惜しそうに、それでいて手早く空になった弁当箱を片づける。連絡を飛ばされるような陰湿な嫌がらせはされておらず、同じクラスメイトの部員にもしっかり忘れないように念を押されていた。大好きな彩雅をつけまわす謎の外国人の事で頭がいっぱいになっていただけ。

 "エニータイム暴食"とプリントされた大型弁当箱を鞄に叩き込み、智子は走り出そうとするも、理想的なクラウチングスタートの姿勢のまま動きを止める。眺めのスカートのおかげで下着は見えていないが、その姿がどうにも間抜けに見えてしょうがない。

 だというのに、智子は少しだけ紅潮した顔だけでユウリの方へと視線を向けていた。


「あのね、そのね……ありがとう、ヌイヌイ先輩!」

「ちょっと待って、その呼び方だけは――」


 やめてくれ。その一言すら許さないように智子は高速で走り去る。彩雅が期待を掛けるだけあり、その瞬発力は昼食後とは思えないもの。どうして自分の周りの女たちのネーミングセンスはどうかしているのか、などと考えているユウリを置き去りにして。

 一瞬で土煙の向こうへと消えて行った智子の背中を見送り、ユウリは妙なあだ名を舌打ちをしてベンチに座り込む。


 もし明日からあのあだ名が広まっていたら。

 そう思うだけで憂鬱で仕方ないが、呼ばれる機会があるかもわからないあだ名よりも、ユウリには処理しておかなければならない事があるのだ。


「悪役は、俺の仕事のはずだよ」


 暴力を見せつける事で持っている情報を引き出し、彩雅に近づく事がどういう意味を持つのか教えるつもりだった。

 しかし、それを彩雅が邪魔をした。

 智子の自分への尊敬を利用し、ユウリから悪役の座を奪って。


「悪役であっても、悪人ではないはずよ。ファンとストーカーの区別くらいはつけてちょうだい」

「悪かったよ。昔からそうなんだけど、俺のファンは熱狂的だったから」


 世話焼き心に火が付いたのか、単純に気になったのか。ユウリの正面に立った彩雅は、拳に巻きつけられていたネクタイを外して結び始める。女子のリボンタイとは結び方が違うというのにその手に迷いはない。

 実家で父親に結んでやっていたのか、それとも結んでやるような相手が居るのか。

 場合によってはファンが憤死しかねない疑問を、ユウリは鼻を鳴らして一笑する。艸楽彩雅はアイドルというビジネスをトライトーンで1番に理解し、必要なものを必要なだけ手に入れる手腕と頭脳を持っている。

 だから、ユウリの問いかけにも確認以上の意味はない。


「それで、調べ事は済んだの?」

「ボイラーの修理って難しそうなのね。お姉ちゃんでも出来そうにないわ」

「そういうのはやってあげるから。それでどうなのさ」

「手掛かりに指先が触れたって所かしら――はい、完成。いつも通り格好良いわよ」

「そんなの、当たり前でしょ」


 ポン、と優しく叩いて来る華奢な手に導かれるようにユウリは自分の胸元を見下ろす。

 どこに出しても恥ずかしくないほどに綺麗なプレーンノット。それがなぜだか、いつもよりも息苦しく感じた。

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