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自作小説倶楽部 第12冊/2016年上半期(第67-72集)  作者: 自作小説倶楽部
第68集(2016年2月)/「針」&「角」
9/35

05 深海著  針・角 『灰色の技師』

挿絵(By みてみん)

挿絵/深海様より拝領

.

「あのう、こんにちは」

 うっそうと繁る森の中。

 剣の柄が突き出たリュックを背負った赤毛の青年が、とある塔にたどりついた。長旅をしてやっとこたどりついたのであろう、そのマントはぼろぼろのくたくた。顔には疲労が色濃く浮かんでいる。

 塔は一見すれば巨木かそれとも細長い形の山かとみまがうもので、壁面のもとの材質が見えているところはまるでない。ヤドリギどころではない木がぼんぼん生えまくり、おどろおどろしいお化けのようにも見てとれる。

 入り口はどこだろうか。赤毛の青年はぐるりと塔を一周し、玄関の呼び鈴を探した。


『御用の方はこのボタンを押して下さい』


 張り紙がついているところに真っ赤な赤鋼玉と真っ青な蒼鋼玉のボタンがついて

いる。


『塔に攻め込む方は赤いボタンをどうぞ。

 塔を見学なさる方は蒼いボタンをどうぞ』


 攻め込む方を押したらどうなるのかと思いつつ、赤毛の青年は蒼いボタンを押した。

 とたん。ジュッと足元に焦げ跡ができた。頭上に止まっている鳥が突然口を開け、熱線を吐いたのだ。

「うわあああ?!」

「あーっ、すみませーん」

 ガチャリ、と草木だらけの扉が開かれ、中から赤い髪で鮮やかな桃色のスカートをはいた女の子が出てきた。

「呼び出しボタンこわれてて。修理中って張り紙出すとこだったんです」

 女の子が鼻先に突き出した紙を見て、青年は顔を引きつらせた。


『どっちも押さずに、オープンセサミと唱えてください』


「間が悪い人っているんですよねえ」

 赤毛の女の子はころころ笑った。

 たしかに間の悪さは天下一品、俺に並ぶ者はないだろうと赤毛の青年はうなだれた。バイトに入ったその日に、食堂のおばちゃんに駆け落ちをくらわされたことがある。あれは人生最大のピンチであったと一瞬遠い目をする。

「さあどうぞ」

 青年はごくりと息を呑み、塔の中へ足を踏み入れた。

 伝説の灰色の技師が住むという要塞、ツルギ塔の中へ。



  

  

『かくて国王陛下よりご紹介いただきました貴殿が発明し、図面を引いてくださいました結界増幅装置の増設は無事に完了し、銀枝騎士団はその装置にて増幅されたる白き結界でもって闇の繭を打ち砕き、少女カーリン・シュヴァルツカッツェを救出いたしましたことをここにご報告するものであります。

 つきましては感謝の印と報酬といたしまして、銀塊一キンタルを貴殿に差し上げるものであります。

 しかしながら狼に育てられしかの少女は、その肉体を闇の繭から救い出されしものの、その心は固く閉ざされまぶたが開かれることはかなわず、騎士団の騎士はみな悲しみに打ちひしがれており……』


――「いにしえの灰色の技を継承せし貴殿に、さらなるご助力をここに求めるものであります。銀枝騎士団団長、及び副団長および、団員全員の署名、あと、俺の署名。読むの省略。この羊皮紙に書いてあることは、以上です!」

 羊皮紙の書簡を一気に読み上げた赤毛の青年は、ザッとひざまずいて目の前の卓に書簡と銀塊が入っている箱を捧げ置いた。

「って……技師様はどこにいらっしゃるんだろ」

 赤毛の女の子に書斎と呼ばれるところに通されたのだが、だれもいない。  

 卓の上には籠があり、そこにはどでんとお腹を出して眠っている白ウサギが一匹。後ろ足の裏をかわゆげに見せて、なんとも気持ちよさそうにふにゃふにゃ口を動かしている。技師が飼っているペットだろうか。

 卓の向こうは雑然としており、何がなにやらという様相であった。

 積み重なっている本に巻物。ぜんまいや金属の部品がはいった箱の山。いろんな色の液体が入っているフラスコや試験官。地球儀に天球儀、という基本的な道具はかろうじて置いてあることがわかるがほとんど他の物に埋もれている。

 目を見張るのは、時計の多さだ。壁にも棚の上にも床の上にも、ありとあらゆる形の時計がたくさんある。一体何個あるのだろう……。

 カチカチトクトクゴンゴン時を刻む音がすさまじい。

「ひ!?」

 突然。壁からシンバルを持ったサルが飛び出し、しゃんしゃん打ち鳴らし始めた。

 天井からは五羽のカナリアが止まり木に降りてきて、絶妙のハーモニーで歌いだす。

 床からぐーんと競りあがってきた台座にはバイオリンやチェロを持ったネコが四匹。後ろ足で立っており、なんといきなり激しい曲相の音楽をかなで始めた。

 すると主旋律のカナリアのソプラノの歌声を押し上げるように、低音の合唱が流れ出した。真正面でヒキガエルが五匹、ぐわぐわとバリトンで歌っているのが目に入ってくる……。

 あんぐりと口をあけた青年のすぐ後ろで、ドーンと合いの手の太鼓が打ち鳴らされた。小熊が壁際で次の合いの手を打とうと打棒を構えている。

 しかしその動物たちは、本物のようでいてどこか機械的であった。よくよく眺めれば、毛の一本一本さいぶにいたるまで淡い光沢のある金属でできている。なんとも繊細に造られたものだ。

「ふああああ」

 かくも見事なオーケストラの音色が流れる中に、間の抜けたあくびがまじりこんだ。卓上のウサギが目を覚まして起き上がる。

「もう五時かー。はっやー」

「しゃべった……」

 呆然とつぶやく青年に気づき、ウサギはひょこりと耳を動かした。

「あれ、お客さん? んもう、面会は五時までだよ」

「ごっ、五時少し前にきましたのでどうかお目こぼしください。技師様はどこですか?」

「なんの用?」 

 これはうわさに聞く「使い魔」というものであろうか。魔道の力を持つ術師は、人語を喋る動物を飼いならすことがあるという。

 きっとこのウサギが技師に取りついでくれるのに違いない。

 そう思って青年は、羊皮紙をウサギの目の前につきつけた。

「ふむふむ。それで?」

 書簡を読んだウサギの体がオーケストラの曲に乗ってゆさゆさ揺れている。ふんふんと鼻歌も歌い、のりのりだ。

「要するに、女の子が身悶えして起きちゃう時計を作れと?」

「いや、時計でなくてもかまいません」

「起こすわけだから目覚まし時計がいいよな?」

「いや、別に時計でなくともなにか――」

「絶対時計がいいよな」

 青年はたじろいだ。言葉を遮るほど語気強いこの言葉の意味するところは。

「時計なら作ってくださるってことでしょうか? 技師様は、時計がお好きなんですか?」

「うん。だーいすき」

 にっこりするウサギの後ろで、サルが壁の中に戻って行く。カナリアたちは天井へとびたち、ネコたちの台座が地に沈んでいった。ヒキガエルは一匹ずつ池を模した囲みに入り、熊はお辞儀をした姿勢のまま固まった。

「時計作らせてくれるなら、お代はただでいいよ」 





 数日で完成する。

 自信たっぷりにおのが胸を叩く使い魔ウサギに言われたので、青年は時計が出来上がるまでの間、塔に泊まらせてもらうことにした。

 螺旋階段の周りに部屋がある塔には、赤毛の女の子がたくさん住んでいる。

 そのだれもがひとかどの技師なので、青年は目を見張った。ある階では金属が鋳造され、またある階では繊維が織られ、またある階では宝石が磨かれていた。階下で造られたものが、最上階の技師が造るものの材料となるらしい。女の子たちは四六時中歌いながら作業していた。

 二日後。最上階に呼ばれて行ってみれば。

 技師は休憩しているのであろうか姿は見えず、あの使い魔ウサギがまた卓上の籠で昼寝をしていた。そこに造りかけの小さな懐中時計がひとつ、置いてある。覗きこんでみれば、文字盤にはまだ針がついていない。

 突然、卓の向こうの空中に冷気が固まり、それが美しい水の妖精の形を取って美しい竪琴を爪弾いた。これは幻像なのであろうか。しかしなんと見目麗しい妖精だろう。ぽろろんぽろろんと鳴り響くその音に。

「ふああああ。もう三時かぁ。おやつの時間だな」

 間の抜けたウサギのあくびが重なった。赤毛の女の子がひとり、うやうやしくオレンジ色の揚げたてのドーナツを運んでくる。ニンジンがたっぷり入っているようだ。ウサギはドーナツをもぎゅもぎゅほおばりながら言った。

「あのねえ、針の材料をうっかり切らしちゃっててねえ。ちょっと作業が中断してる。完成するのがちょっと遅れるわ」

 針は、とある動物の角を薄く削いで作るのだという。

「普通の針の音じゃ、目覚ましの音楽の効果を阻害しちまう。でもその材質を使えば、音の魔力が増幅されるんだよ」

 まさか技師様はその材料を取りに出かけたのだろうか。

 言ってくれれば自分が角を手に入れてきたのに、と青年が申し訳なさそうにいうと。ウサギは大丈夫だと胸を張った。

「そうだな、んぐっ、あと三日ぐらい待っててよ。もふっ」

 ドーナツで頬がぱんぱんのウサギの背後で、水の妖精がふわっとはじけて虹色の泡となり、空中に溶けていった。まるでシャボン玉のごとく。





 三日後。赤毛の青年はまた最上階へ呼ばれた。入ってみれば、卓上に銀髪の美しい女の人が正座して座っており、膝にだっこしたウサギの口に体温計をつっこんで熱を計っていた。

 使い魔ウサギはげほげほとひどく咳をしている。

「ごめん、風邪引いちゃった」  

 声がかすれてガラガラだ。

『熱がありますよ。安静にしてください』

 銀髪の女の人がウサギにマスクをかけてやる。この人は幻像……にしては生々しい。もしかしてこの美しい人が、技師様であろうか。

「は、はじめまして」 

 思わずどぎまぎしながら青年は頭を下げた。作業の方はどうかと聞けば、あとは目覚ましの歌を組み込むだけだという。しかし歌を吹き込んでくれる歌い手が風邪を引いたので、治るまでその作業ができないそうだ。

 ウサギはその歌い手から風邪をうつされたのであろうか。銀髪の人は心配げにウサギの頭を撫でていた。

 青年は階下へ降り、迷わず厨房を借りた。

「喉の風邪にきくものといえば……蜂蜜レモン湯かな」

 そうつぶやくと。厨房に持ってきた青年のリュックから、折れた剣が口を出した。

『レモンよりビタミンが多い柚をお使いなさい。ビングロングムシューの霊泉水を沸かしたものに生姜のすり下ろしをたっぷり入れるんです。はちみつは蕎麦の花のものが咳止め効果抜群ですよ』

「蕎麦の花の蜂蜜?」

『ド・エティーア種の洋梨を食べさせるのもよろしいですね。ソルビトールという喉の炎症に効く成分が含まれておりますから』

 品種まで細かく指定してくるが、しかしこの塔に材料はあるだろうか。

『大丈夫ですよ。赤毛の妖精たちに頼みなさい。あの子たちはどこへでもいってなんでも仕入れてきます』

「あれ? よく知ってそうな口調」

『昔ちょっと、ここにお世話になったことがございますので』

「へえええ」

 感心する青年に、剣は誇らしげに囁いた。

『英国紳士は、顔が広いのです』  





 剣の言う通りであった。

 赤毛の女の子たちは半日たたぬ間に、青年が希望する食材をすべて手に入れてきてくれたのである。 

 材料がくるまで、青年はあれこれレシピを考えていた。

 何より、喉のためになるものを。まろやかで、痛みをやわらげるようなものを、と。

「よし、作るぞ」

 厨房に並んだ材料を前に気合一発。イメージを固めた青年は、心をこめて腕をふるい始めた。

 まずは生姜を摩り下ろし、かっと沸かした熱い霊泉水に蜂蜜と柚を投入。なんとも香りたつ良い匂いだ。これに暖めて練った水あめをとろり。とろり。入念に混ぜ合わせる。

 丁寧に何度も何度も折り曲げて練り上げてできあがったのは、きらめくような黄金の飴板。細かい繊維のごとき模様ができていて、なんとも美しい光沢を放っている。

 洋梨はことこととワインと蜂蜜で煮込んで、ふんわりとしたコンポートにした。皿に盛った洋梨に、飴板をたっぷり載せて完成だ。

 できあがったものを歌い手に差し上げたいと訴えると、赤毛の女の子は最上階の書斎へと青年を案内してくれた。

 中へ入るなり受けたのは。


「ぶえーっくし!」


 盛大なくしゃみの洗礼。卓上の籠の中で安静にしているウサギのものではない。その向かいにあるソファに、銀の甲冑を着込んだいかつい男がでんと座っている。

「この風邪しつこいぞ、おじい。なかなか治らん」

「だよな。ていうか、おまえがマスクしないから俺にうつったんだけど。ほんっと、えっらい迷惑だわ」

 マスクの下からウサギがもごもごつぶやく。

「そんなこと言ってもだな、あの鍾乳洞は超寒かったんだ。竜角トッカリは奥の方にしかおらん。腰までつかる水流を渡らなきゃいけなかったんだぞ。五十のじじいにはきついわ。ぶえっ……くし!」

「角を調達してくれたことは感謝してるけどさぁ。風邪までくれることないじゃん」

「遠慮するな。俺様は親切だろう? エティアの王の恩寵はかくも深いのだ。ぶえっ……く

し!」

――「え? 国王……陛下?!」 

 赤毛の青年は硬直して、まじまじといかつい鎧男をみつめた。あやうく皿を盆からすべり落としそうになるがなんとかこらえる。

 このとてもむさい髭面の男が……エティアの国王? 

 陛下御自ら、時計の針の材料を取ってきてくれたというのか? しかも、もしや歌い手でもあるというのか? 声を聞けばそんなに美声ではなさそうだが、風邪を引いているから本調子ではないのかもしれない。

「す、すすすすみません! うちの娘のためにどうもすみませんっ!」

「あん? なんだこいつは?」  

「あ、依頼主だぜ。角を使った目覚まし時計のさ」

「おお、俺様にパシリさせたやつか!」

 いい匂いだ、と鎧男はうろたえまくる青年から盆をひったくり、黄金色の飴を無造作に口に入れた。

「うほおおおお! なんだこれは! 一瞬で飴が溶けた! すげえ! そんでんまい!」

 するとウサギがぶうぶう文句を垂れる。

「ちょっとそれ、俺のためにつくってきたもんじゃないの? 勝手に食うなよ」

「何言ってんだ、俺様のために決まってるだろう。うおおお! なにこの梨。こいつもとろーんととろけたぞ!」 

「早く寄こせ! そんでとっとと王宮に帰れ! お妃にひと言あやまりゃいいんだよ」

「いやだ。俺様はまだ当分ここに隠れる」

「それじゃ宿代払え。一日三万スーな」

「高いぞ! バイトしてやったんだからタダにしろ!」

 国王は一体なぜにこの塔に隠れているのか。奥さんにあやまる、ということはもしかして夫婦喧嘩……とかなのか。

 しかしなんと傲岸不遜なウサギだろう。ただの使い魔のくせに一国の主になんというぞんざいな物言い。とてもえらそうである。

「やぁだね。とにかくとっとと、そのいい匂いのするもんよこせっ」

「だが断る」

 青年はあわあわと、言い合うウサギと王をなだめた。

「あ、あ、あ、あ、あの。あの。あの。喧嘩しないでくださいっ。もう一皿、作ってきますからー!」

 



   

 それから三日後。

 青年はツルギ塔をあとにした。

 マスクの下でごほごほ咳をして、その懐には、大事に目覚まし機能がついた懐中時計を忍ばせて。 

『どんな音が出るかは、本番でのお楽しみ。あんたのおかげで風邪が早く治っていい歌声が入れられたよ。ありがとうな。まぁ、そのなんだ、お大事にな?』

 ウサギに時計を渡された時にそう言われたのだが。時計の中に入っているのは、あのむさい鎧男――いや、国王陛下の歌声なのか。それとも……。

 感謝の言葉とともに美しい技師様にくれぐれもよろしくお伝えください、と深々と頭を下げたら、ウサギに大笑いされた。

『いや俺の奥さん、技師じゃないよ』

『はい?!』

 では、この時計を作ったのは……??

 まさかあの使い魔ではあるまい。いやいや、あのウサギではあるまい。絶対違うだろう――。

 首を何度もかしげ、げほげほ盛大に咳をしながら青年は帰途につき。

 道中熱を出して寝込んだりしたものの、長旅の末ついに、狼と騎士たちに守られた眠り姫のごとき愛娘のもとへ戻った。



 目覚まし時計から流れ出た歌声は、見事に少女を目覚めさせるのであるが。

 それがどんな歌声だったのかは、また別の、長い長い物語である。



――灰色の技師・了――


 2月期会員作品をご高覧頂きまして誠にありがとうございます。

 昨年末から深海さんのご厚意で戴いております提出作品全員分の挿絵を今月もまた拝領できました。いやあ「華」があると作品は一段とはえますねえ。――では、深海さんの作品に花一輪添えられました、これをもちまして、2月号はお開き。3月末ごろにだします次回にまたお会いしましょう。(管理人)


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