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自作小説倶楽部 第12冊/2016年上半期(第67-72集)  作者: 自作小説倶楽部
第68集(2016年2月)/「針」&「角」
8/35

04 らてぃあ 著  針 『Replay』

挿絵(By みてみん)

挿絵/深海様より御拝領




「女性を探してほしいんです」とそのお坊ちゃんは私に言った。

「二十歳前後で、金髪で、化粧っけがなくて、暗い色のオーバーコートを着ていました。一目ぼれ?いえ。でも、彼女があんまり切羽詰まった顔で走って行くのを見たので心配で、二度も見たんですよ。B通りのカフェで、あそこの店主とは子供のころから顔見知りでよく夜食を食べに行くんです。二度とも勉強がひと段落してお腹が空いたから行きました。通りに面した席で外を眺めていたら彼女が走って行くのを見たんです。なんだか僕まで不安になってしまいました。彼女が何かトラブルを抱えているのなら助けてあげたいんです」

 一気にしゃべる依頼人の顔を私は観察した。きっちり撫でつけられた茶色の髪にまだそばかすが残る顔、挫折を知らない輝く瞳、切りそろえられた爪。本人はそうは思っていないが中流以上の財産があり金で苦労はしていない。数か月前、近くの大学の学生カップルを一組仲を取り持ってやったところどうやら私を探偵ではなく愛のキューッピッドと勘違いする輩が続出して少々困っているところだ。

 連絡先まで一方的に伝えてから依頼人はポケットから金色の時計を取り出して見た。

「それは、君のお爺さんか誰かの遺品かな? 」

「そうです。よくわかりますね。3か月前に亡くなった祖父の遺品の一つです。ちょうど僕の時計が壊れたところだったので、ネジで巻くやつなので少し時間が狂うけどちゃんと針が動くんですよ」

「女を見たのは、その時計をもらった後だろう」

「ええ、そうです。祖父の葬式の翌週でした」

のどまで出かかっていたお断りの言葉を呑み込んだ。どうやらつまらないお坊ちゃんの恋愛話じゃないらしい。少し確認しなきゃならないことはあるが、

「君、時間はどういうものだと思う? 」

「時間? 時の流れでしょう」

「時間っていうものはすごく人間的なものさ。人間が時間を作る」

「まさか。人間がいなくても地球も太陽も回ってますよ」

「星の自転も公転もただの現象だよ。砂漠のトカゲはそんなこと意識もしない。人間の影響を受ける人間に飼われた動物は影響される。時間の概念は人間が生み出すもので人間の作り出したものの中にも時間がある。時計は同時に時間を共有するための道具でもある」

「おっしゃってる意味がよくわかりません」

「今夜、君が彼女を見たというカフェで待ち合わせよう。彼女を見かけた時間は午後10時50分くらいかな」

「そうです。よくおわかりですね」


 10時50分ちょっと前、私は暗い通りに立ち依頼人はカフェのいつもの席に座らせた。市役所の怠慢らしく頭上の街頭は消えたままだ。

問題の時間。依頼人が席を立って窓に張り付いた。通りを見ると走ってくる女の姿が現れた。近づいてくる。そして私の身体を突き抜けた。

 そして彼女は消えた。

 依頼人は茫然とした顔のまま通りに出て来た。

「彼女が生身の人間じゃないのはわかったかな」

「どういうことですか」

「君の持っている時計に君のお爺さんの時間が閉じ込められたままなんだ」


 夫から姉の姿を見たと告白されたのはけっこん婚約する前でした。

あたしたちがまだただの友達だったころ、まだやっと10代の子供でした。あの晩はあたしは熱を出して臥せっていました。姉は工場の夜勤を断ることができず出かけて行きました。戦争で男手が足りなかったから、まさかその晩にドイツ軍の空襲が始まるとは思わなかった。姉はきっと慌ててあたしのところに帰るところだったんです。あの店はもともと夫の実家のあった土地でした。地下室に逃げ込む直前に通りを見ると姉が走って行くのが見えたそうです。姉は空襲で死にました。美人で自慢の姉だったけど、大人たちに死体を見せてもらえませんでした。焼け焦げて、崩れた石垣の下でつぶれていたそうです。とても止められる状況じゃなかったのに夫は姉を止められなかったことを苦しんでいました。そのせいか、家屋を相続してからすぐ知人に安く売ってしまいました。


 お婆さんの話を聞いても依頼人は茫然としたままだったので私は彼に話し掛けた。

「彼女が今現在生きている人間じゃないことはわかっただろう。君が見たのは、君のお爺さんが70年以上前に見た女性さ。10時50分はちょうど空襲の始まった時間、化粧っけのない顔、痩せた身体は戦時中の物資と食料不足のせい。オーバーコートは父親の形見を縫い直したものだったそうだ。おそらく偶然過去のお爺さんと同じ位置から同じ場所を見たせいで君はお爺さんの時間にシンクロしたんだ。過去の時間の女に恋するより今の時間を生きる女の子と恋をするんだね。ちょうど君の様子がおかしくて心配だと君の同級生の女の子から相談を受けていたんだ」


 どうやら当分キューッピッドをやめられそうにない。

               了

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