00 奄美剣星 著 フィナーレ 『Little People』
挿図/Ⓒ 奄美剣星 「ストーンヘンジを建てた男」
妖精を総称してフェアリー(FAIRY)やエルフ(ELVES)という場合もあるが、より大きなくくりでは、エレメンタル(ELEMENTAL)やリトル・ピープル(Little People)で表される。――では一万年前・英国新石器時代の物語を始めるとしよう。
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深いオークの森を抜けると、支石墓(Dolmens)群のある丘となり、そこを越えた南向き斜面の麓に湖がある。私の氏族は湖畔に臨んだオークの森を開いたところに幾ばくかの畑と牛や鶏を飼って暮らしていた。家は土間で藁ぶき、女たちは囲炉裏のわきを綺麗に掃除して、素焼きの容器を置き毎日、ミルクや蜂蜜を注ぐ。リトル・ピープルの小男ブラウニー(BROWNIE)に供えるためだ。――ブラウニーは黒い瞳に尖った耳、長い指が特徴だ。肌が茶色いのでブラウン・マン(BROWAN MAN)と呼んでいる者もいる。
私が族長職を先代から引き継いだ年の夏の終わりのことだ。
対立する大きな氏族の襲撃を受けて、一族の大半が殺されたか捕虜になった。捕虜になれば奴隷にされる。奴隷とは家畜で、奴隷を繁殖させる目的からツガイとして飼われることはあっても、結婚は許されない。ときどきカップルの一方や、子供が新たな飼い主に売られたりもする。――私と私が率いていた若衆はそれが嫌で投降を拒み、追っ手を振り切り森に逃げた。若衆十名と猟犬五匹、フリント石のナイフ、槍、弓矢。二日分の食糧を身につけての逃避行。
こういう非常時に備えて、私たちの氏族は落ち合う場所をいくつか決めており、最悪の事態になったら、そこに逃げ込めというふうに代々伝えられている。北の泉、フリント石切場、猪狩場、そして今・私が立っているエルダー(ELDER:西洋ニワトコの木)の群生地だ。
一夜が過ぎ、私は若衆たちを散らせて、最寄りの避難場所にきているはずの女子供・老人たちを迎えにやらせ、昼ごろにはエルダーの群生地に生き残りを集合させた。
――これで全部か。
私と若衆を合わせても全員で三十名くらいしかいない。それでもよく生き残ってくれた。私たちは抱擁しあった。皆に話しをきくと、各家で世話をしているブラウニーたちが、恩返ししようと、ここぞとばかりに助けてくれたのだという。彼らは私のところまで女子供たちを届けると、申し合わせたように森の木立の奥に消えていった。たぶん、新たな主人を捜すのだろう。
エルダーの木は水辺に生える低木で、夏の終わりに黒い実をつける。よほど腹をすかせていたのだろう。幼い子供たちが木に飛びついて実を食べだした。するとだ。小枝がしなって、鞭のようになり、子供の一人の顔をしたたか打って弾き飛ばした。子供達が恐れおののき泣きわめいた。
私は親たちを集めて跪かせ、限られた携帯食糧の中からチーズを少しずつ出させ、葉に載せ木の根元に置き事情を話して非礼を詫びた。
するとだ、小肥りした小母さんが現れて、「実を取るのを許します」といって機嫌を直した。エルダー・マザー(ELDER MOTHER)と呼んでいるエルフだ。――エルフはスコットランドでは長身色白の美女だが、イングランドでは人の腰丈ほどの肥った赤ら顔の小母さんであることが多い。彼女は別に性悪ではなく、筋目さえ通せば親切にしてくれる。
チーズを受け取ったエルダー・マザーはさらに、「陽気な踊り手(MERRY DANCERS)」の異称がある夜光虫のような妖精ウィル・オ・ザ・ウィスプ(WILL O’THE WISP)を召喚して、私たちの道案内につけてくれた。
霧の日は狐火(FOX FIRE)を見、気難しいオークの木の精・オークマン(OAKMAN)の集落は迂回した。湿地をともなった深い森のいたるところには、ゴブリン(GOBLEN)、ホビット(HOBBIT)、ドワーフ(DWARF)、ピグシー(PIXIEES)といった種族の領域があって、通行は、供物を後払いするのを条件に許可された。
旅の始まりから十日後。私たちは手つかずの豊かな土地をみつけた。まだ深い森に覆われたソールズベリー平原だった。目的地にたどり着くと、道案内のウィル・オ・ザ・ウィスプが故郷に帰って行った。――森を切り開いて畑をつくり家を建て、柵で囲った邑の名をカーサスとした。集落の外れを走る空溝が南北をむいていて、それが偶然にも夏至と冬至を正確に指示していることが判った。
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十年後。
私たち氏族は支石墓をつくる要領で、夏至と冬至を示している空溝からの距離を測って陽時計をこしらえた。最初の何年かは木柱で微調整して方角を定めそれから石柱に変える。石柱と石柱の間に朝夕の陽射しが射しこんだ日が冬至と夏至。石柱はだんだんと増えていった。設計プランは環状にしてある、今年は春分や秋分を指す石柱もつくる。何世代か後には、ロビンフッド・ボールの土手道が付いた囲いを設け、大モニュメントの環状列石〝ストーン・ヘンジ(Stone-henge)〟になることだろう。――この装置によって穀物の種を畑に蒔く時期を正確に測りだせるというものだ。私たちはさらに豊かになれる。
畑仕事を手伝うブラウニーたちも各家の囲炉裏に棲みつくようになってくるほどに、集落の人口も増えてきた。襲い掛かってくる他の氏族を何度も撃退し、奴隷になっていた一族の者たちも買い戻した。――そろそろ私は、族長の座を、あの旅をともにした若衆たちから選んで譲り渡し、引退しようと思う。
私は、長征の始まりに、孤児になった子供たちを何人か引き取った。その子がまた子をもうけた。つまり孫だ。いま、孫たちの手をひいて、建設途上にあるストーン・ヘンジから、夏至の朝陽を眺めている。
了
引用・参考文献
ポール・ジョンソン 著 『リトル・ピープル』 藤田優里子 訳 創元社2010年
2016年も前半が過ぎ去りました。上半期(第12冊)までの本サークル作品をご高覧頂きました皆様には深く御礼申し上げます。感謝をこめフィナーレとなる拙作を添えました。では次回下半期(第13冊)でまたお会いいたしましょう。




