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自作小説倶楽部 第12冊/2016年上半期(第67-72集)  作者: 自作小説倶楽部
第72集(2016年6月)/「夏至」&「恋人」
34/35

08 雪波 著  恋人 『イン・スペクションランドデート』

 7月にオープンの「イン・スペクションランド」が、マスコミや関係者が招待され、今日から3日間だけプレオープンする。

 麻央にとってあと1歩で恋人……の予定の松田は、ランドの開発に携わっている。そんな彼が、特別に麻央を招待してくれた。

「松田さん、思ったより人多いですね」

「うん」

 麻央は初のデートに有頂天であり、なんとかいいムードに持っていきたいのだが、松田はアトラクション施設がきちんと機能しているか、いや、園内の装飾、スタッフの動きばかり気にしている。麻央はちょっぴり寂しい気持ちになった。

 まずは「ティーパーティ・マウンテン・スプラッシュ」に乗ることにした。

 入り口のアーチをくぐると、おどけた楽器の演奏が流れ、暗い空間に照らされた巨大なお菓子のオブジェがカラフルだ。細かい所に工夫が施されていて、もっと並ぶ列が長くても待ち時間は退屈しなさそうだ。

「うわぁ。こういうの、大好きなんです」

「僕も。なんか童心に戻るよね」

 人のまばらな通路をぐんぐん先に進むと、乗り物のゲートについた。

 係のお姉さんの芝居がかった声に案内される。

「ようこそ!ティーパーティへ!このメガネをかけたら、ドリンクを落とさないようにしっかり持ってね!冒険の始まりだよっ!みんな、言うとおりにしてね!」

 ふたりは渡されたメガネをかけ、甘い香りの液体が入った、コンビニのコーヒーのような蓋つきの紙コップをしっかりと持ち、大きなティーカップ型の乗り物に乗った。遊園地にある、グルグル回るやつだ。頑丈そうなシートベルトを締めると、動きだした。

「うわっ」

 次の瞬間、メガネのレンズから眼球に風が吹きかけられ、麻央は思わず目をつむった。

「大丈夫?」

 落としそうになったカップを松田が麻央の体ごと支えてくれ、麻央はちょっとキュンとした。乗り物は奥の暗がりへ進む。

「さあ、パーティが始まるよ!ポケットのキャンディを一口で食べて!ドリンクも一気に飲んでね!」

「ええっ?」

 大音響の声に混乱しながらも、事前に渡された大きなラムネを噛み砕き、ドリンクで流し込んだ。腹の中でそれらが激しく膨れている。

「ぐぅっ」

 同時に乗り物が恐ろしい勢いで回転しだした。反対回転、上下運動が加わり、嵐の中の小舟のようだ。ゲップがしたい。でもできない。松田が横にいる。彼も必死にシートベルトを掴んでいる。乗り物の回転がおさまり、今は静かに、ジャングルのようなトンネルの細い川の上を流れている。なんとか耐えた。ゲップはおさまっている。

「次は……スプラッシュだな……」

 松田の呟きが聞こえた。スプラッシュといえば、急流を下って、飛沫をあげながら水面のレールを滑走するアレだろう。落下系の乗り物が苦手な麻央は不安になった。トンネルの先に光が見えてきた。もう逃げられないようだ。

(こうなったら、どさくさ紛れで松田さんに密着してやる!)

 麻央は松田の腕にしがみついた。光がどんどん近づき、明るさに包まれた瞬間、ふわりと宙に浮かぶ感覚と、想像以上の景色がひらけた。地上150メートルの絶景。ビルの45階から落ちるのと同じだ。

「ぎぃぃぃやぁー……」

 長い、長い、落下。

ズァッパーン!!

 落下から続く水平運動の頃には、気が遠くなっていたが、ぶっかけられた水で意識が保たれた。

「あぁー……これは……やり過ぎだな……」

 放心状態の麻央には松田の声は届いていない。


「みなさま、冒険のティーパーティいかがでしたか?お降りになってすぐ、こちらの下剤をお飲みくださいね!水分をたくさん取るようにしてください!また来てね!」

 服のまま全身びしょ濡れのまま、よろよろとした足取りで出口にむかうと、係りのお姉さんから錠剤と1枚の紙を手渡された。

「下剤…?」

 松田が麻央の手元の紙を覗きこんでニコニコしている。

「おっ、麻央ちゃんは胃もキレイだね。眼圧も正常だし。ん?あぁ…尿も正常だね」

「ええっ?」

「ここ、人間ドックのテーマパークだよ。全てのアトラクションで検査ができるんだ。言ってなかったっけ?今乗ったやつ、僕が開発したんだ。下剤、早く飲んじゃおうよ。バリウムが固まる前に出さないとね」

(スプラッシュで落ちるとき、ちょっとだけ漏らしたけど……それで尿検査とか……頭おかしいんじゃ!)

 麻央は松田とは恋人にならないと心に誓った。

    了

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