06 E.Gray 著 恋人 『公設秘書・少佐 源平館主人』
源平館主人
1 恋人
大戦が終わってまだ四半世紀も経っていない、東海道新幹線が開通する少し前、高度経済成長期で日本は賑わっていた。県庁所在地からのバスが一日三度くる山村・月ノ輪村だ。スキー場やゴルフ場の建設計画、ダムの建設計画が目白押しになっていた。
やがてダム湖底に沈む月ノ輪温泉郷にある旅館の一つ・源平館は江戸時代から続く老舗だ。宿主は津下吉秋という。旅館自体には浴室はない。湯治客たちは軒を連ねる旅館から裏路地の川縁にある湯屋である共同浴場にいって湯につかる。
夏の夕暮れ。
共同浴場は脱衣場こそ男女別だが混浴だ。私・三輪明菜は、この温泉に子供のころからつかっているのであまり照れはない。
その日はどういうわけだか、結婚適齢期の幼馴染たちと、やたらにでくわした。
「明菜ちゃん、結婚するんだって? あ、隣にいるのは、あの有名な〝少佐〟こと佐伯祐さんでしょ」
当然のことながらタオルを手にしてはいるが、それ以外は一糸まとっていない。胸の発育のいい子、悪い子いろいろいる。桶を浴槽に突っ込んで身体に何倍かかけるとお湯につかって、私と佐伯を囲んだ。その際、大事なところも丸見えとなるわけだが、風呂場で裸になるのは当然という人たちばかりなので、気にも留めてはいない。
問題は東京からきた婚約者・佐伯祐だ。
「明菜ちゃん、いい旦那みつけてきたね。そのうち私にも貸してよ」
そういって佐伯の横にきてピッタリと肩と肩を密着させてきた。
佐伯は温泉にのぼせたのか若い女の裸にのぼせたのか、いずれにせよ鼻血をだしていた。
「君たち、私の婚約者を何だと思っているのだね!」
「きゃあ、明菜ちゃんのジェラシー爆弾炸裂!」
幼馴染たちは蜘蛛の子を散らしたように浴場を逃げ回った。
殺人事件が起きたのは、私たちがそういう馬鹿をやっていたちょうどそのころだった。
事件の内容をいう前に、自己紹介をしておこう。
私・三輪明菜は月ノ輪村役場の職員で眼鏡美人と呼ばれている。
恋人の佐伯祐は、長野県から出馬した国会議員センセイの公設秘書をやっている。センセイが大将ならば、参謀役の佐伯は少佐というところ。敏腕の政策秘書。たまにセンセイの代わりにお膝元にきて〝国家老〟と呼ばれる地元で選挙のたびに票集めをやっている古参私設秘書と情報交換にやってくる。頭脳明晰な佐伯は、ちょっと変わったところもあるのだが、探偵としての素養もあった。地元で発生した迷宮入りしかけた事件をいくつか解決している。
犯人にとっては気の毒なことだ。佐伯がきてしまったのだから。
(つづく)
//登場人物//
【主要登場人物】
●佐伯祐……身長180センチ、黒縁眼鏡をかけた、黒スーツの男。東京に住む長野県を選挙地盤にしている国会議員・島村センセイの公設秘書で、明晰な頭脳を買われ、公務のかたわら、警察に協力して幾多の事件を解決する。『少佐』と仇名されている。
●三輪明菜……無表情だったが、恋に目覚めて表情の特訓中。眼鏡美人。佐伯の婚約者。長野県月ノ輪村役場職員。事件では佐伯のサポート役で、眼鏡美人である。
●島村代議士……佐伯の上司。センセイ。古株の衆議院議員である。
●真田巡査部長……村の駐在。
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【事件関係者】
●津下吉秋……源平館主人




