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自作小説倶楽部 第12冊/2016年上半期(第67-72集)  作者: 自作小説倶楽部
第72集(2016年6月)/「夏至」&「恋人」
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05 紅之蘭 著  夏至 『ハンニバル戦争・カンナエ会戦2』

【あらすじ】

紀元前三世紀半ば、第一次ポエニ戦争で共和制ローマに敗れたカルタゴは地中海の覇権を失った。スペインすなわちイベリア半島の植民地化政策により、潤沢な資金を得たカルタゴに、若き英雄ハンニバルが現れ、紀元前二一九年、第二次ポエニ戦争勃発が勃発。ハンニバルは、ローマ側がまったく予期していなかった、海路からではなく陸路を縦断し、まさかのアルプス越えを断行、イタリア半島本土に攻め込んだ。ローマのスキピオ一門との激闘もここに始まる。

 六月の夏至ごろ、ハンニバルによって大きく二敗したローマは、侵略者を撃破すべく、新しく数個の軍団を動員・編成、急いで訓練を開始した。

 ローマ軍正規兵の訓練風景を高台から観ていたのはパウルスとワロ、二人の執政官だった。二人は一日交替で兵を指揮することになっている。

 年長のパウルス執政官は、「ハンニバルは百年一度の天才だ。正面から叩くのは得策ではない」と進言した。若いワロはよく話をきくそぶりだったのだが、実はそれほど真面目には聞いていなかった。

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 地中海盆地という言葉がある。欧州、アジア、アフリカの三大陸に位置し、欧州はピレネー、アルプス、バルカン、アフリカはアトラス山脈に囲まれた内海と麓の平野で構成される。雨季が冬にあり、乾季が夏にある地中海性気候で、石灰岩が風化して赤くなった土壌はさして肥沃でもないテラロッサと呼ばれるのだが、オレンジや葡萄といった果樹や、調味料となるオリーブの栽培、牧畜にはむいたところだ。イタリア半島の人々は葡萄をワインにしてオリエント世界に運び込み、帰りの船に穀物を満載して故郷に帰った。ゆえに地中海交易を独占すれば莫大な利益が入った。

 古代地中海世界の覇者はフェニキア民族だ。レバノンの山岳地帯に自生する豊富なレバノン杉を切りだして交易船を造り、地中海一帯に植民都市を建設していった。ギリシャ系諸都市と張合いもしたが、次第に駆逐。やがて繁栄の中心をアフリカ・チェニジアにあった大穀倉地帯を抑えて、大国に圧迫されて衰亡する母国を尻目に超大国化する。カルタゴだ。

 そのフェニキアに、ちょっとした甲板の改造から偶然勝ってしまったのが、イタリア半島を制圧しつつあった新興の共和制ローマだった。第二次ポエニ線戦争時代。艦隊戦でフェニキアを圧倒したローマだが、ローマ軍の基本戦術は百年変わらぬものだった。逆にいえばシンプルで優れた陣形だったといえる。

 まず前衛に斥候が行く。つぎに重装歩兵各中隊が後に続く。この中隊は、横列を重層化したもので、一人分ずつ、ちょっとずつずれていた。いわば蛇の目というもの。そうすることで、一列目の隙間を二列目が補い、二列目の隙間を三列目が補える。

 突撃隊形は、中隊は散開して前進するので、投槍を投げたり剣を振るうスペースを確保することができた。

 守備隊形は、蛇の目になった人一人分のスペースに、後方横列の兵士が前に詰めて行けばよい。それで密集陣形になる。この一人分のスペースをつかって、最前衛での戦闘員は疲れると後方に退き、後詰が交替で入った。 

 投槍はビールムと呼ばれた。短いのと長いのとがある。  

 敵が三十メートルくらいに迫ったところで使うのが短いビールムで、白兵戦の寸前で使うのが長いビールムだ。長いビールムの柄は三メートルくらいある。穂先は、敵に再使用されないように、一度刺さるとグニャッと曲がってしまう。

 また、柄には革紐がついていて、投げるときこれを引っ張る感じで飛ばす。槍は回転しながら飛んで行くため、飛距離が上がり命中精度も良くなるという長所があった。

 ローマ軍は接近戦になるとだいたい六十センチくらい短剣を用いた。もともとはヒスパニアの剣を参考に開発したものだという。対してハンニバル軍はヒスパニアの剣と、遠征の途中で雇ったガリアの短剣を使った。ガリアの剣はヒスパニアのものより若干長い。

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 八月。

 大地は乾ききっていた。夏至のころよりもさらに暑い。カンナエの地に赴いたローマ軍に、同盟諸国軍が加わり、兵員は九万弱、号して十万の兵となる。相変わらずパウルスとワロ、二人の執政官が一日交替で兵を指揮していた。敵味方両軍は、三日間小競り合いをしつつも基本は睨み合いだった。

 そして四日目。若いワロ執政官が指揮権をもつ日のことだ。痺れを切らすように動きだした。

「友軍の数に任せてハンニバルを押し潰せば良いだけのことではないか」

 酷暑のなかで竜巻が何度も発生した。C字状になったオファント川の外縁である右岸から、川に三方を囲まれ背後を山にした低い丘陵の麓で左岸に全軍を移動。戦域は一・七五キロ×一・五〇キロの袋地だった。そこでハンニバルの手勢を、文字通り「袋の鼠」にして逃げられないようにして殲滅させようとしたわけなのだが……。

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     (つづく)

【登場人物】

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《カルタゴ》

ハンニバル……カルタゴの名門バルカ家当主。新カルタゴ総督。若き天才将軍。

イミリケ……ハンニバルの妻。スペイン諸部族の一つから王女として嫁いできた。

マゴーネ……ハンニバルの末弟。

シレヌス……ギリシャ人副官。軍師。ハンニバルの元家庭教師。

ハンノ……一騎当千の猛将。ハンノ・ボミルカル。この将領はハンニバルの親族だが、カルタゴには、ほかに同名の人物が二人いる。カルタゴ将領に第一次ポエニ戦争でカルタゴの足を引っ張った同姓同名の人物と、第二次ポエニ戦争で足を引っ張った大ハンノがいる。いずれもバルカ家の政敵。紛らわしいので特に記しておくことにする。

ハスドルバル……ハンノと双璧をなすハンニバルの猛将。

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《ローマ》

コルネリウス(父スキピオ)……プブリウス・コルネリウス・スキピオ。ローマの名将。大スキピオの父。

スキピオ(大スキピオ)……プブリウス・コルネリウス・スキピオ・アフリカヌス・マイヨル。ローマの名将。大スキピオと呼ばれ、ハンニバルの宿敵に成長する。

グネウス……グネウス・コルネリウス・スキピオ。コルネリウスの弟で大スキピオの叔父にあたる将軍。

アシアティクス(兄スキピオ)……スキピオ・アシアティクス。スキピオの兄。

ロングス(ティベリウス・センプロニウス・ロングス)……カルタゴ本国上陸を睨んで元老院によりシチリアへ派遣された執政官。

ワロ(ウァロ)……ローマの執政官。カンナエの戦いでの総指揮官。

ヴァロス……ローマの執政官。

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