03 柳橋美湖 著 夏至 『北ノ町の物語』
【あらすじ】 東京にある会社のOL・鈴木クロエは、奔放な母親を亡くして天涯孤独になろうとしていた。ところが、母親の遺言を読んでみると、実はお爺様がいることを知る。思い切って、手紙を書くと、お爺様の顧問弁護士・瀬名さんが訪ねてきた。そしてゴールデンウィークに、その人が住んでいる北ノ町にある瀟洒な洋館を訪ねたのだった。 お爺様の住む北ノ町。夜行列車でゆくその町はちょっと不思議な世界で、行くたびに催される一風変わしがt 最初は怖い感じだったのだけれども実は孫娘デレの素敵なお爺様。そして年上の魅力をもった瀬名さんと、イケメンでピアノの上手な小さなIT会社を経営する従兄・浩さんの二人から好意を寄せられ心揺れる乙女なクロエ……。そんなオムニバス・シリーズ。
25 梅雨雲の裏側は
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鈴木クロエです。
1年でもっとも昼が長くなるのは6月の夏至。けれど梅雨のまっただなかで厚い雲に覆われていることが多く、太陽がそんなふうになっているのを忘れてしまいがちですが、地上がどんなに土砂降りでも雲の上では光に満ち溢れていることでしょう。
今日はお爺様から、とあるお宅に、預かり物をお届けしてきます。
会社女子寮から私鉄に乗って40分くらいのところにある街でした。
4月、5月の連休に北ノ町に行き、東京に戻ってきたのですが6月はそんなに長いお休みはとれないでいました。夏至があった週の土曜日に私は都内にある画廊に足を運びました。今風のギャラリーはやたらとガラス張りにして明るい感じのところが目立つ気がするのですが、広大な公立大学敷地に面した住宅地に埋もれたようにしてあるそこは、決して大きくはないのだけれど、探偵ポワロのテレビシリーズにでてくるような、すっきりとしたアール・デコ風3階ビルでした。
青山画廊という青銅プレートが取り付けられた壁の横にある、ガラスドアを開け中に入りました。ランプの灯りは優しく感じました。すると、どこからともなくやってきたペルシャ猫がお出迎え。私は後をついて行きました。
壁には洋画もありましたがおびただしい彫刻が売り場の大半を占めていました。帽子を被った若い女性、胴体だけ、手だけといったパーツをあしらった彫塑もありました。よくみれば見慣れたもので、彫刻の大半はお爺様のものでした。フロントの奥にある帳場に、年代物の木調レジ、書類。奥にいたのは帽子を被ったマダムです。
「クロエさんですね。あなたのお爺様にはいつもお世話になっていますよ。珈琲でもいかが?」
そういって、レジの横にある椅子に座るように促しました。
私は北ノ町に住むお爺様から預かった小箱をマダムに渡しました。
マダムは喜んでいましたけれど開ける気配はありません。それで、立ち上がると、隣にある給湯室の珈琲メーカーに容器をセットすると、洋物の映画にでてくる鳥籠のような、「エレベーターに乗って」と私にいいました。マダムの話だと、作品収蔵庫が地下に、2階が上客用の特別売り場、そして3階にプライベート・スペースがあるとのことでした。私が通されたのはその3階。緑が多い街路を一望にできるバルコニーが取り付けられたリビング。接ぎ板の床、ガラス棚には小さなブロンズがありました。
アンティークな机の上にマダムはお爺様の贈り物を置きました。
「あなた、お母様よりお婆様に似ているわね。似ているというか生き写しといってもいい。あなたとさっききたとき、誰だか人目で分かった」
画学生はモデル代を浮かせるためにためらいもなく仲間内でヌードになる。カレッジである美術学校が大学・ユニバーサルカレッジである大学に昇格する以前、マダムはお爺様と同じ学校に在籍していたのだそうだ。マダムが半世紀以上も昔のスケッチブックを引っ張り出して、あなたのお爺様よといってみせてくれた。ほどよくついた筋肉はロダンの彫塑作品男性のようです。
「ねっ、なかなかのイケメンでしょ」
メール・ヌードをみて思わず赤面する私です。
「女学生もいたのですか?」
「絶対数は少なかったけれどいたわよ。まず、ここに1人。あと3人ね」
「祖母は?」
「ときどき学祭とか行事にこられていたけど、美術学校には入っていないわ。女学校をでてから花嫁修業っていうのをしていたみたい。それであなたのお爺様が卒業するとすぐに結婚した。とても綺麗な方だったわ」
祖父母のことも気になるのだけれど、私はマダムの歴史もだんだん気になってきたので質問した。
帽子を被ったその人は、「――別にお墓までもって行くようなお話じゃないから」と前置きして話を続けた。「私は小金もちの家に生まれて、いい学校も出してもらった。親戚がもってきた縁談で紹介された亭主もいい人でしたよ。子供も独立して孫を連れてときどき遊びにきてくれるしね。自分のなかで不足しているものといえば、燃えあがるような恋というものを独身のときにしなかったことくらいかな」といって笑った。
スケッチブックを閉じたマダムが、スイス製の腕時計に目をやりました。
「そろそろ珈琲ができたかな。朝方、お茶うけにクッキーを焼いておいたの。おあがんなさいな」
「はい、喜んで」
1階に降りてマダムが給湯室の珈琲をカップに注ぎ、サイドテーブルに淹れて下さったので口にしていると、ペルシャ猫が足下を通り抜けていきます。
翌月、北ノ町に行き、お爺様にお願いして、画学生時代のスケッチブックをみせて頂きました。モデルの大半はお婆様のようですが、なかには学友を描いたものもあります。そのなかの何枚かは、例のマダムです。リボンで飾ったショートヘア、ワンピース、ハイヒール。そして紙の裏側には意味深なメモがありました。
――梅雨雲の裏側は夏至の太陽。
ねえねえ、お爺様、マダムへの贈り物はなんだったの?
By Kuroe
【シリーズ主要登場人物】
●鈴木クロエ/東京在住・土木会社の事務員でアパート暮らしをしている。
●鈴木三郎/御爺様。地方財閥一門で高名な彫刻家。北ノ町にある洋館で暮らしている。
●鈴木浩/クロエの従兄。洋館近くに住んでいる。
●瀬名玲雄/鈴木家顧問弁護士。
●小母様/お爺様のお屋敷の近くに住む主婦で、ときどき家政婦アルバイトにくる。
●鈴木ミドリ/クロエの母で故人。奔放な女性で生前は数々の浮名をあげていたようだ。
●寺崎明/クロエの父。母との離婚後行方不明だったが、実は公安委員会のエージェント。
●白鳥玲央/寝台列車で出会った謎めいた青年。




