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自作小説倶楽部 第12冊/2016年上半期(第67-72集)  作者: 自作小説倶楽部
第71集(2016年5月)/「晴れ」&「夢」
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05 紅之蘭 著  晴 『ハンニバル戦争・カンナエ会戦1』

 「良将は敵に食む」という言葉は鉄道やトラックといった輸送手段をもたなかった近代以前の補給戦術である。カンナエ村はローマの一大兵倉基地であり、三十一歳になった隻眼の将軍ハンニバルとしては、麾下五万の兵を養うためには、まずはそこを襲って兵士の胃袋を満たしてやらねばならなかった。

 紀元前二一六年八月、快晴が続いていた。小高くなったところに荷車を並べて円陣にする陣城だ。帷幕には主だった将帥が輪をなして、戦場を模した箱庭を注視していた。ハンニバルを囲んで、右隣に軍師シレヌス、左奥にハスドルバル、右奥にハンノがあぐらをかいていた。

「師よ、敵の動きは?」ハンニバルがふりむいて問いかける。

「放った〝草〟によりますと、ローマ迎撃軍の全兵権はヴァロス執政官とワロ執政官が一日交替でやっています……」白髪頭の軍師が顎に手をあてた。「ヴァロス執政官のほうが年長で戦闘経験が豊富ですが、ワロ執政官の人となりは一言で言って青臭い野心家。執政官家系出自ですが将領としての出陣回数はいささか少のうございます」

「数は?」

「敵は八個軍団兵員九万弱。内訳はローマ市民・同盟市市民の双方で半々というところ」

 ――わが方の倍近いな!

 カルタゴの将帥たちが顔を見合わせた。

「騎兵は?」隻眼の将がさらに訊いた。

「七千弱。内訳はローマ騎兵二千強、残り五千弱は同盟市のものです」

 ローマ騎兵は傭兵主体のカルタゴと違い基本貴族の子弟がなる。トラジメーノまでの抗争で大事な騎兵隊の大半を失いなおかつ補充できていない。対するカルタゴ軍の騎兵は、ヌミディア人とイスパニア人からなる主力騎兵が六千、ガリアで補充した騎兵が四千で都合一万騎にもなった。

 シレヌスは互角の練度と装備の兵士が激突した際、十対七でも、双方が突撃数回を繰り返すうちに、ちょっと数の少ないほうがどんどん消耗して最後は消えてしまうという法則を知っていた。ましてやカルタゴは倍近い敵ローマの大軍をどのようにしてむかい撃つのか。――弩級兵、槍兵、騎兵を巧みに組み合わせて動かす計算式はできてはいないのだが、戦場の空気を読むことすなわちセンスで戦う。――そういうセンスをハンニバルという人は持ち合わせている。ハンニバル麾下カルタゴ軍の狙いは宗主国ローマと同盟国との絆を断ち切り、しかるのちに、双方を各個撃破することだ。

 ローマ共和国元老院は確かにトラジメーノ会戦でハンニバルの奇計によって敗北した。しかしその兵員数を知った。食糧欲しさにカンナエの穀物倉を襲いにむかっているということも知っている。そしてローマは本土決戦という地の利を生かして、圧倒的な動員兵力でハンニバルの野心を砕けるという自信があった。

 ――ハンニバルの兵少なし。ならば倍する兵で押し潰してしまえばいい!

 ローマ軍団には元老院議員百名弱が将校として加わっていた。歴戦の百人隊長も多く士気は旺盛だ。……カルタゴ軍の兵数が案外少ないのを知ると、勝った気になって、追撃してきた。

 帷幕に、ヌミディア騎兵斥候隊と行動を共にしていたハンニバルの末弟マゴーネが、「ローマ軍が近づいてきた」と報じた。

 大地が土鍋で焼かれているかのように陽炎が上がっていた。号して十万とするローマの大軍が粛々と浜街道を南東に進んでいた。

 カンナエはアドリア海に臨むイタリア半島の南東部の兵站で、オファント川が北上して海に注いでいる格好だ。カルタゴ軍のいるそこは川の西岸にある。ローマ軍は夏の陽射しですっかり干上がったオファント川を渡河して東に移動していった。歩兵の主力である槍兵は正面からの攻撃には強いがそれ以外、方からの攻撃には滅法弱い。特に盾を持たない右肩は狙いどころだ。

 ――そうはさせぬ。

 ハンニバルが出陣を命じると鳴り物が鳴った。

 カルタゴ軍団もローマ軍と歩調を合わせて、水のひいた川を東岸に渡った。

     (つづく)


【あらすじ】

紀元前三世紀半ば、第一次ポエニ戦争で共和制ローマに敗れたカルタゴは地中海の覇権を失った。スペインすなわちイベリア半島の植民地化政策により、潤沢な資金を得たカルタゴに、若き英雄ハンニバルが現れ、紀元前二一九年、第二次ポエニ戦争勃発が勃発。ハンニバルは、ローマ側がまったく予期していなかった、海路からではなく陸路を縦断し、まさかのアルプス越えを断行、イタリア半島本土に攻め込んだ。ローマのスキピオ一門との激闘もここに始まる。

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【登場人物】

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《カルタゴ》

ハンニバル……カルタゴの名門バルカ家当主。新カルタゴ総督。若き天才将軍。

イミリケ……ハンニバルの妻。スペイン諸部族の一つから王女として嫁いできた。

マゴーネ……ハンニバルの末弟。

シレヌス……ギリシャ人副官。軍師。ハンニバルの元家庭教師。

ハンノ……一騎当千の猛将。ハンノ・ボミルカル。この将領はハンニバルの親族だが、カルタゴには、ほかに同名の人物が二人いる。カルタゴ将領に第一次ポエニ戦争でカルタゴの足を引っ張った同姓同名の人物と、第二次ポエニ戦争で足を引っ張った大ハンノがいる。いずれもバルカ家の政敵。紛らわしいので特に記しておくことにする。

ハスドルバル……ハンノと双璧をなすハンニバルの猛将。

.

《ローマ》

コルネリウス(父スキピオ)……プブリウス・コルネリウス・スキピオ。ローマの名将。大スキピオの父。

スキピオ(大スキピオ)……プブリウス・コルネリウス・スキピオ・アフリカヌス・マイヨル。ローマの名将。大スキピオと呼ばれ、ハンニバルの宿敵に成長する。

グネウス……グネウス・コルネリウス・スキピオ。コルネリウスの弟で大スキピオの叔父にあたる将軍。

アシアティクス(兄スキピオ)……スキピオ・アシアティクス。スキピオの兄。

ロングス(ティベリウス・センプロニウス・ロングス)……カルタゴ本国上陸を睨んで元老院によりシチリアへ派遣された執政官。

ワロ(ウァロ)……ローマの執政官。カンナエの戦いでの総指揮官。

ヴァロス……ローマの執政官。


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