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自作小説倶楽部 第12冊/2016年上半期(第67-72集)  作者: 自作小説倶楽部
第71集(2016年5月)/「晴れ」&「夢」
24/35

04 らてぃあ 著  晴 『霧の中』

 男が扉を開けると乳白色の世界が目の前を覆った。

 一瞬戸惑い、それが濃霧であることに気が付く。

〈山の近くではあるけど何なんだ。この霧は〉

 玄関の照明を消す前に腕時計を確認する。午前4時すぎ、もうそろそろ夜が明ける。車の鍵をしっかり握り、足元を確認しながら駐車場に向かう。今出て来た家はたちまち霧の中に沈んでいく。

〈気味が悪い〉

 頭の中で記憶が蘇る。

『私のご先祖は巫女だったのよ』

 女と付き合い始めて間もない頃。まだ彼女を無邪気で可愛い女と思っていた。笑顔で彼女はそう言った。

『雨乞いをする巫女さんだったの。だからね。私も雨を降らせたいと思ったらできるの。小学校のマラソン大会も運動会もずーっと雨にしてやったわ』

 ころころと彼女は笑った。

 今は思う、邪気そのものだ。今男の身体にまとわりついている霧みたいに。嫌味な女だった。

〈自業自得だ。別れたいと言ったら拒否して、俺の邪魔ばかりして。雨乞いの巫女が死んだら霧か? いや、これは天が俺に味方したんだ〉

 山は近いがここは住宅地だ。隣の家には住人が眠っている。これほどの霧ならたまたま自分の姿を目撃しても性別すらわからないだろう。

 男は記憶を頼りに角を曲がり車のある場所に向かう。しばらく歩いて、立ち止まり近くに目印はないか見回すが目の前は霧で真っ白だ。手探り、何も触れない。足の下のアスファルトの感触すらあやふやになっていた。

〈どうなっているんだ。〉

 長い逡巡の後ついに男は悲鳴を上げる。しかし声はたちまち霧に吸い込まれた。

電話したのは10時です。9時にあの娘、美雨と喫茶店で会う約束だったんですが、なかなか来ないので10時になるのを確認して携帯に電話しました。少し間があって電話に出た美雨の様子が変なので家に見に行きました。

 美雨が付き合ってる男のことで話をするつもりでした。海外にいる私の姉、彼女の母親に頼まれたからです。美雨は思い込みが激しいタイプで、つまらない男を『運命の相手』と思ってるようでした。彼とは大学のサークルで知り合ったそうですが、何度も浮気したようです。まあ、あくまで美雨から聞いた話ですが、雨乞いの巫女?

 どうしてそんなことに警察が興味を持つんですか? ああ、祖母が、美雨には曾祖母になる人がよくそんな話をする人でした。少し祖母に美雨を預けたことがあったのですが、すっかり美雨は自分も雨乞いの能力があるんだって信じてしまったようです。姉が祖母に合わせたことを後悔してました。小学生のころに自分をいじめた同級生に雷が落ちるようにお祈りしたりして。ああいうことって成長するにつれてなくなるものだと思っていたんですが、美雨はずっと信じていたのかもしれません。

 家に近づくにつれて霧が濃くなって少し怖くなりました。まるで美雨が私を拒んでいるような気がしました。でも、何とか家にたどり着いてドアを開けると奥の階段の下に美雨が座り込んでいるのが見えました。頭と顔に血がこびりついていて私は思わず悲鳴を上げました。

 ひどい男、美雨を殴って、殺してしまったと思って逃げたんだわ。刑事さん絶対にあの男を捕まえてください。


「いい天気だねえ」

 黒衣の刑事は青空を見上げて言った。

「疑問に思うんですが、年中その格好で夏は暑くないんですか」

 同僚は怪訝な眼で彼を見た。

「夏用の特殊素材に決まってるじゃないか。署に戻ったら裏地を見せてやろう。防水で霧の湿気も防げるんだ」

「そういえば霧もすっかり晴れましたね」

 早朝、この地域一帯を覆い、住民を混乱させ何件も交通事故を引き起こした霧は午後にはすっかり消えていた。

「問題の容疑者はどこへ行ったのかなあ」

「別の女の子のところにも行っていないようです。車は駐車場に停まったままだからそう遠くへは行っていないはずですよね」

「遠くじゃないといいけどね」

「?」

「被害者の女の子の様子は? 」

「打撲と傷は大したことはないらしいのですが、呼びかけに全く応じないようです」

「彼氏と一緒に自分の魂まで霧の中に沈めちゃったのかなあ」

「何ですって? 」

「霧の中から何かが現れるって怪談もよくあるけど、霧の中に消えていくのも怖いよね」

 抜けるような青空の下でありながら刑事たちの心は晴れなかった。

     了

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