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自作小説倶楽部 第12冊/2016年上半期(第67-72集)  作者: 自作小説倶楽部
第71集(2016年5月)/「晴れ」&「夢」
23/35

03 柳橋美湖 著  晴 『北ノ町の物語』



【あらすじ】

 東京にある会社のOL・鈴木クロエは、奔放な母親を亡くして天涯孤独になろうとしていた。ところが、母親の遺言を読んでみると、実はお爺様がいることを知る。思い切って、手紙を書くと、お爺様の顧問弁護士・瀬名さんが訪ねてきた。そしてゴールデンウィークに、その人が住んでいる北ノ町にある瀟洒な洋館を訪ねたのだった。

 お爺様の住む北ノ町。夜行列車でゆくその町はちょっと不思議な世界で、行くたびに催される一風変わしがt 最初は怖い感じだったのだけれども実は孫娘デレの素敵なお爺様。そして年上の魅力をもった瀬名さんと、イケメンでピアノの上手な小さなIT会社を経営する従兄・浩さんの二人から好意を寄せられ心揺れる乙女なクロエ……。そんなオムニバス・シリーズ。

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    24 晴

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 鈴木クロエです。

 四月末から五月初めにかけての大型連休を利用して御爺様のいる北ノ町に行ってきました。着いたばかりのころは染井吉野とか山桜とかが咲き乱れていたのがいつの間にか八重桜に変わったというものの東京よりも一か月遅れの春の終わり。桜には魅了という言葉がよく似合い、未明に現れる鬼がやってきていは何事かを憑りついた者に了解させて終わらせる摩訶不思議な美しさと怖さをたたえていると思うところ。

 以前、湖で出会った水の神様・河伯から戴いた御神木の枝を御爺様が呼子笛のペンダントにしてくれましたが、夜行列車で出会った白鳥玲央と名乗る線の細い男性が私の首筋から血を吸う直前に、けたたましく鳴ったため、間一髪で助かったと今になって思うのです。

 さて、四月が終わり風薫る五月。五月といえば五月晴れといいますように晴れのお天気が続き、そしてまた若葉萌えという言葉がありますように、私の寝室にあてがわれた亡き母の二階寝室窓から町はずれの低い山並みを望むと、冬の間、裸木だった枝葉に羊のようなフワフワした淡い葉緑がついてきているのに気づかされます。

 従兄の浩さんと顧問弁護士の瀬名さんをお供にした御爺様と一緒に、浜辺で乗馬をしたり海釣りに出かけたり、楽しい時を過ごした十日の休暇は瞬く間でしたが、その折、気になることがありましたのでお話しておきましょう。浜辺の桟橋に繋留したフィッシングボートに乗り込む際での出来事です。後日、皆様方に問いただしますすと夢をみたのだろうとおっしゃるのですが……。

 先にボートに乗り込んだ御爺様がいいました。

「今日は皆既日食があるのだそうだ。五、六分ほどな」

 皆既日食? そんなことは滅多に起るものじゃないから、ニュースで報じられるはず。不審には思ったのですが、御爺様は絶対的に正しく嘘をいわない人だから、私がニュースを聞き落しただけなのだろうなあと思っていました。

 御爺様ご自慢の二十トン級ボート船体は、ガラスでできたものなのだそうで、塩気に強い構造なのだとか。地色を白にして、若干の金色の意匠を施した瀟洒なもの。さながらちょっとした宮殿のよう。五、六羽のカモメが浪間をかすめて行くのは、たぶん魚が群れているため。沖に出たフィッシングボートは、北ノ町の街並みが小さくかすんだ辺りに投錨し、鈴木家一同、釣り糸を垂れていました。

 しばらくするとイルカの群れが近寄ってきました。イルカというのは好奇心が旺盛ならしく、私たちの乗った舟を取り巻いて、身体を横づけさせては揺すったりして、危なく沈没するかと思ったくらい。そしてちょうどそのとき、皆既日食が起ったのです。

 青天の霹靂というのとは違う、真っ暗になるというのではなく、薄曇りになる感じ。それで海面をみるとイルカたちが、人の頭に魚の眼を埋め込んだかのような種族・魚眼人になっていたのです。ふと気が付くと、甲板の上にいたはずの浩さんや瀬名さんの姿はなく、御爺様だけがいて、近づいてくると、湖の神様・河伯の呼子がけたたましく鳴り響きました。

 しかし御爺様は射撃競技場でつかうイヤーマフをしていて音を遮断し何食わぬ顔で私に近づいてきました。

 どうしよう。身体が動かない。汗が冷たくほとばしり出てくる。震え得ているようだけれども感覚がない。そういう状態の私の肩を、御爺様が両の腕で抱き寄せました。

 御爺様、嫌、やめて!

 しかし抱き寄せた者の腕は御爺様じゃない、やたらと線が細い。――白鳥玲央。寝台列車で出会った、謎めいた、あの青年だと直感しました。

 そのときです。

 薄曇りの空が急に青くなって強烈な陽射しとなったのです。

 御爺様に化けていた白鳥さん。その後ろに本物の御爺様がいて羽交い絞めにしている様子。

「小僧め、儂の可愛い孫娘にちょっかいをだすとは三十六億五千万年早かったようだな」

 三十六億五千万年という数字の根拠はよく分からないところですけれど助かったみたい。御爺様が、白鳥さんの首筋から何かをすするような音がしました。

 うあっ。

 襲ってきた者の身体は、瞬く間、ミイラみたいに干乾びて、脱皮した蛇の皮のようになり、それも海風が吹くと粉となって洋上に飛んでゆきました。

 一分ほどぼんやり甲板で立っていた私。

 気が付くと、甲板には、ときたま缶ビールを口にする浩さんや瀬名さんがいて、船縁にもたれ釣り糸を垂れ笑っている。私の釣り糸にクロダイがかかったので、すかさず御爺様が網ですくいあげました。

 白昼夢?

 あれほどボートを揺らしていた浪間には、イルカに化けた魚眼人の姿もなくなっていました。不思議。このお話のつづきはまたあとで。

     By Kuroe

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【シリーズ主要登場人物】

●鈴木クロエ/東京在住・土木会社の事務員でアパート暮らしをしている。

●鈴木三郎/御爺様。地方財閥一門で高名な彫刻家。北ノ町にある洋館で暮らしている。

●鈴木浩/クロエの従兄。洋館近くに住んでいる。

●瀬名玲雄/鈴木家顧問弁護士。

●小母様/お爺様のお屋敷の近くに住む主婦で、ときどき家政婦アルバイトにくる。

●鈴木ミドリ/クロエの母で故人。奔放な女性で生前は数々の浮名をあげていたようだ。

●寺崎明/クロエの父。母との離婚後行方不明だったが、実は公安委員会のエージェント。

●白鳥玲央/寝台列車で出会った謎めいた青年。

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