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自作小説倶楽部 第12冊/2016年上半期(第67-72集)  作者: 自作小説倶楽部
第71集(2016年5月)/「晴れ」&「夢」
22/35

02 深海 著  晴れ・夢 『ありがとう』

 あは。くすぐったい。

 これはなんの音? むずむずしちゃう。

 音がはじけて、くるくるまわってる。

 つんつんほっぺたをつつかれてるかんじ。

 どうしよう。どうしよう。

 手足がかってに動きそう。きらきらしそう。

 わたしが、ちゃんとわたしだった時みたいに。



 ちきちき鳴りながら光るくすぶり。ちかちかまばゆい真っ白な炎。

 それがわたしだったのは、おぼろげにおぼえてる。

 何にもない空間、というわけじゃなく。

 あたりはうすぼんやりと暗くて寒く。

 まどろんでいるという自覚もなしに飛んでいたのに。

 どうしてかわたしは、とらえられてしまったの。

 ぐるぐるまわる大きなまあるいかたまりの、見えない力につかまったの。

 だれかに腕をつかまれたわけでもないのに、ひっぱられたの。

 ううん。もしかしたら。

 だれかは、だれかだったのかも。

 おいでっていう言葉はきこえなかったけれど。そのだれかに、のぞまれたのかもしれない。

 だから、この大地に落ちてしまったのかもしれない。

 オオカミのママが毎晩星に祈って、幸せがやってきますようにって、願いをかけていたように。

 だれかが、わたしにあえますようにって、願ったのかもしれない。

 紫色の海。黄金色の大地。なんてきれいなところなんだろうと思ったわ。

 あんまりいきおいよく落ちすぎたから、かなりめりこんじゃって、大きな大きな穴をあけてしまったわ。

 でもわたしはとても小さくて、たぶん、穴の百分の一……ううん、きっと二百分の一ぐらい。

 みあげたら天は青くて。少ししたら真っ赤になって。ぴかぴか銀色のつぶつぶがいっぱいのまっ黒くろすけになって。また赤くなって。青くなった。

 空の色がくるくる変わるのが、とってもおもしろかったわ。

 天は色が変わるだけじゃなくて、泣いたり怒ったり。

 泣くときは、白いおひげがまっくろになるの。

 起こるときは、光るひび割れが走ってとってもまぶしいの。

 いったいどのぐらい、そこにめりこんだまま空を見ていたのかしら。

 あたりに緑色で動かないものがにょきにょき生えてきて、わたしを覆い隠すぐらいになったから、たぶんすごくすごく、時間がたったんだろうと思う。

 そんなある日、細長い首の動物にのった、毛むくじゃらの生き物がやってきて、私を拾い上げて。

 

「これがわがマオ族の……聖なるへその石か」


 きれいな布にくるんで、だっこしてくれたの。

 

「なんと美しい。よい刀身ができそうだ」


 その生き物は、キラキラした金色の瞳でわたしに微笑んだ。

 とてもふしぎな目の生き物だった。縦に長く黒い線が入ってるような、きれいなきれいな目。すいこまれそう。

 わたしはそのまま、その生き物に連れ去られるところだった。

 でも、綺麗な目のその生き物と同じ、全身毛むくじゃらの生き物がわらわら寄ってきて、持っていくなとすごく怒ったの。

 今まで影も形も見せなかった彼らにわたしはびっくり。

 でもその生き物たちにとってわたしは、聖なるものだと思われていたみたい。

 神聖なものだから、だれも近づいてはいけないとされていたのね。

 きれいな目の生き物は、とても残念そうにわたしを置いていった。

 私はまたそこで、のんびり天を眺める生活を送った。

 そこでいつまでも飽きることなく、また時間がすぎていくのだと思っていたら。

 ある日……わたしはこっそり盗みだされてしまった。

 盗んだのは、わたしをだっこしてくれた、あのきれいな目の生き物ではなくて。

 毛が頭の部分にしかなくて、手足が細くて、とても目つきが悪い変な生き物。


「みつけたぞ。これぞ捜し求めていた精霊……」


 ヒト、というその生き物は目玉をぎらぎらさせていた。

 今にもとって喰われそうで、こわくてたまらなかったのを、おぼえてる……。


「魔尾族に崇められ、ほどよくこなれて育っている御魂。くくく。これならば、我が家の守護精霊に

勝てよう……!」


 待って。

 わたし、ここをはなれたくないの。


「いや、一緒に来てもらう。おまえは我と契約し、守護霊となるのだ」


 わたしの声がわかるその生き物は、大きな袋に私を入れて連れ去った。

 はなれたくないのに。

 ここからうごきたくないのに。

 わたしはそのヒトの強大な魔法の力で、自分の体からはがされて、白い肌のヒトの子供の中に入れられた。

 銀色の光り輝く私の体は、こわいヒトの手で、遠くへやられてしまった。

 私の体は高く売れたと、そのヒトはほくそえんでいた。

 闇市とかいうものに、売り飛ばしたと。

 なんてこわいの。

 ヒト、という生き物は。

 なんておそろしいことをするの……

 黒い服の怖いヒトは、私が入っている白い肌の子を大きな建物に連れていった。

 そして御魂だけになったわたしは……

 わたしは……


 ああ。くすぐったい。

 なんの音? むずむずしちゃう。

 音がはじけて、くるくるまわってる。

 どうしよう。どうしよう。

 手足がかってに動きそう。きらきらしそう。

 わたしが、ちゃんとわたしだった時みたいに。


『カーリン!』


 音にまじって、だれかが呼んでる声がする。

 たしかそれは――わたしのなまえ。


『カーリン!』


 だれが呼んでいるの?

 オオカミのママ? 赤毛のパパ?

 ごめんなさい。

 ごめんなさい。

 でも本当は、ちがうの。

 こわい顔のヒトは、白い肌の子に宿ったわたしを別の名前で呼んでいた。

 もう思い出せないけれどちがう名前で……

 

――! 


 え? いま、なんて?


――!

――!


 ああ、その名前は……

 そこにいるのは……

 

「たすけられなかったのは仕方ない。おまえは小さな小さな赤子だった」


 輝く光の塊。

 もしかして、これは。このひとたちは……。


「あなたのせいじゃ、ないわ」

 

 にっこり微笑むようにゆれる、もうひとつの光。

 二つ並んで寄り添っている。

 もしかして、この人たちは……

 でも。

 わたし。

 その気になればきっと…… 

 あなたたちを、たすけられたのよ。

 わたし、守ってあげなかった。

 体から引き離されたのが哀しくて、怒っていたから。

 救ってあげなかった。


「悪いことをしたのだから、当然だ」

「そうよ。ごめんね。ゆるしてね。でも私たちは、あなたのおかげで……」


 二つの光が、手をさしのべてくる。


「幸福をみつけた」「幸せになれたのよ」

 

 ふたつの光が一緒にささやく。


「「ありがとう」」


 

 


「しかしあれは凄い音だったけど」

「剣が出す騒音が特にひどかったわよね」


 あ……

 赤毛のパパ。オオカミのママ。

 わたし、うたたねしてた?

 また、闇の繭から出たときのことを夢に見てたみたい。

 二つ並んだ光の塊。たぶん今も、見守ってくれてる美しい光を。

 めざめてからというもの、眠るたびに二人の姿を夢に見る。

 わたしが、見たいから。


『ありがとう』


 あのとき言われた言葉を、思い出したいから。

 思い出すと。

 こころがほっこり、あたたかくなる……。


「時計の音が鳴りだしたとたんに現れたあれは……」

「ああ、二つの光の玉?」


 パパがわたしをのぞきこんでる。ママがわたしをだっこして、頭を撫でてる。


「きっとあの光の玉は……」

「そうね。わたしもまちがいないと思うわ。時計の音が、天から呼んでくれたのだと思う」

「うん。きっと、うるさい音でこの子を目覚めさせたってわけじゃないよな。なんか不思議な時計だ」


 ここは……森じゃない。

 がらがらと音を立てているのは、車輪の音。わたしたちは、馬車に乗っている。

 赤毛のパパが、きれいな懐中時計のふたをカチャリとあけて眺めてる。


秘秘(ぴぴ)式7403……数字は年号ですよね? ピピってのが、技師様の名前か」

――「そ。俺の名前。な? 時計、役に立ったろー?」


 パパの隣には、真っ白なウサギさんが座ってる。

 なんだか凄く、疲れてる感じ。でも、かわいい。

 このウサギさんは、わたしたちを迎えに森にやって来たの。


「はい、ありがとうございます。でもなんだか、本当にすみません。その……蛇の王妃さまが、塔をぼろぼろにするなんて、その……」

「あの蛇のお妃様ったらさぁ、塔ごとぎゅうっぎゅう絞り上げるもんだから、まいっちゃったよ」


 赤毛のパパはぶるぶる身震い。お顔がまっさお。

 白いウサギさんは腕組みしてどでんと席にすわって、ジト目でパパをにらんでる。


「修理費膨大だよー? そんでエティア王家に損害賠償請求したら、これだよ。お金ないから人的保障でまかなうって、なんだよそれ」

「まあその……いちおう僕は、エティア王に忠誠を誓う銀枝騎士団に雇われてる料理人なので、たしかに大もとの雇い主っていえば、エティア王その方であられますから……」

「金棒十本に値する、宮廷料理人並の腕を持つ料理人ってほんとかー? まぁたしかに、こないだの洋ナシのコンポートは超絶うまかったけどさ」

 

 ウサギさんはばりばりと長い耳の間のもっふり頭をかいて、馬車の窓をちらり。

 そこには馬に乗ってる、銀枝の騎士さまたちの姿がある。

 わたしはにっこりして手を振った。

 団長さんが、手を振り返してくれる。副団長さんも。ミハイルさんやメルカトさん、ゲオルグさんも。みんな、なんて優しいんだろう。だいすき!

 わうわう、と犬のような鳴き声も聞こえる。オオカミたち。わたしの家族だ。

 わたしたちは、みんな一緒に森から移動してる。


「ついでに塔の修理用人夫も貸してくれたから、まあいいっちゃいいけどー? そんで? 折れた剣の残がいってそれか。なんかそいつ、どっかでみたことあるなぁ」


 ウサギさんが片目をすがめて、パパの胸に下がってる赤い宝石をながめる。

 炎をかき集めたような輝き。その石から、ジジ……とくすぶった音がした。


「はい。できればまた元通り剣にしたいと思っていて……あの、それが剣本人の望みなもんですから」

「まあ、めっちゃ簡単すぎる作業だから、弟子にやらせるよ。でも修理費はしっかりとるぜ? 刀身を性能いいもので作り直すとなると、材料は隕鉄あたりになるな。めっさ高価になるがそれでいいかい? 無給で三年奉公って話だけど、もう一年上乗せするかねえ?」

「は、はぁ……仕方ないです。僕は食うに困らなければいいので、オオカミたちの面倒も見ていただければ、何も文句はありません」

「ふむぅ。じゃあ、オオカミたちはうちの警備団にでもするかな。でもなぁ、正直、専属料理人雇ってもなぁ。おまえがおれの奥さんのニンジン粥を超えられるものを作れるとは、到底思えな……」

 

 赤毛のパパが両手でかかえあげるようにして、ははーっと差し出したオレンジ色のマシュマロを、ウサギさんが口にいれる。

 そのとたん。

 ほわぁとウサギさんの顔が……とろけちゃった。


「ふひぃ……なにこれー。うまいわー」


 そうして。

 とろんとろんのウサギさんは、ほんわかとした貌でパパに手をさしだしたの。

 あまいあまい声を出して、まるで酔っ払ったみたいに。


「もーいっこ、くれえ!」





 わたしたちはそれからほどなく、木や草がいっぱい生えた、でも半分ぐらい崩れている塔についたんだけど。

 それはなんと、エティアの王様の宮殿のお隣にあって、赤毛のパパはとってもびっくりしてた。


「な、なんでここに?! 前は遠い異国の森の中にあったのに……」

「いやぁ、このツルギ塔、自走機能あるから。ていうか、蛇に巻かれてさ、中にたてこもる陛下ごと強制的に連れてこられたっていうか……おーい騎士団のおっさんたちぃ、さっそく修理開始してくれー」


 ウサギさんはぴょんぴょん跳ね飛びながら、団長さんたちに指示をとばすと、赤い宝石をもって塔の中に入っていった。

 なんて奇妙な塔。パパとママと一緒に、ウサギさんを追って中に入って見れば、そこかしこに色とりどりのスカートをはいた赤毛の女の子がいっぱい。

 みんなニコニコで、いらっしゃいって歓迎してくれた。

 わたしと同い年ぐらいの子もいる。

 パパは、家族三人で住む素敵なお部屋をウサギさんからもらった。

 朝と晩に金属の鳥たちが飛びこんできて、おはようとお休みを歌いにきてくれる部屋。もうびっくり。これから楽しく過ごせそう。

 それに……。


「剣は鍛冶場で直す。現場を見学していいぞ」


 塔の一階。真っ赤な炉が燃える鍛冶場で、パパの剣はさっそく修理された。

 そこには毛むくじゃらの猫みたいな顔をした人がいて、その人が一所懸命、剣の刀身を打ってくれた。

 なんだか……どこかで会ったおぼえがある。

 どこ? どこでだったかしら? 

 きれいな金色の目。

 とても真剣なまなざしで、輝く銀色の塊を金鎚で打っている。

  

 あらっ? この石みたいなものは――

 




 キン。キン。

 小気味よい金鎚の音が響く。

 塔にきてからというもの、わたしは鍛冶場にひっつき虫。

 猫みたいな毛むくじゃらの技師さんと、その人がキンキン打ってる金属をずうっと、ずうっと、ながめてる。


「おもしろいかい?」


 金色の瞳の技師さんにきかれるたびに、だまってこくりとうなずくけれど。

 ほんとは、鍛冶の技に興味があるわけじゃない。

 わたしは、「そこ」から離れられなかった。

 汗をぐっしょりかきながら、きれいな目の技師さんは、何度も何度も鎚をふりおろす。銀色の塊を炉に入れて真っ赤にしてから、何度も何度も、叩いてる……

 

「いい金属を使っているからね。きっと切れ味は抜群になるよ」

「それ、お空からふってきた石でしょ」


 わたしがいうと、「そうだよ、よくわかったね」と、猫の顔のその人はにっこりした。

 

「前からずっと欲しかった材質でね。故郷の聖地で崇められてたものだったからあきらめていたんだが、つい先日、競売に出てきてびっくりしたよ。ずいぶんあちこち観賞用の石としてたらいまわしにされてたみたいだったけど、お師匠様を説得して、なんとか手に入れてもらったんだ」

「だよなぁ、その韻鉄すっごく高かったわ」


 白いウサギさんがひょい、と作業台に乗ってくる。

 

「そんでネコメくんの故郷に返してやろうとおもったら、人の手にわたりすぎていろんな人の手垢ついてるもんで、もう聖なるものとはみなせないからもういらんって、先方に断られちゃって。返還してめっちゃお礼されてウハウハになるっていう計画が、パーになったんだよな」

「ほんとすみません」

「いやいや、技師的にはいい材料だからさ、損はしてないよ」

「あの、師匠、この刀身どうでしょうか」

「いいんじゃない? このどこまでもまっすぐなフォルム、見事だね。長さはあの赤毛の兄ちゃんに合わせて、もうちょい切った方がいいな」

「長すぎましたか」

「ネコメくんは背が高いもんねえ。これ、自分の身長にあわせたでしょ」

「すみません。そういえば持ち主はもっと背が低いですね」


 背の高いネコメさんは、ちんちくりんのウサギさんに申し訳なさそうに頭をさげた。

 さっそく銀色の刀身を短く打ち落として、先っぽを打ち直す。


「いい音だなぁ」


 きん、きん、という金鎚の音を聞いて、ウサギさんがうっとりする。

 

「ネコメくん、乗ってるね」

「実はこの韻鉄を加工できるのがうれしくて」


 ネコメさんは満面の笑みで、せまい額の汗をぬぐった。


「永年恋焦がれていた恋人に、やっと告白できたような気分で……爽快です」

「そりゃまたずいぶん、入れこんでたんだなぁ」

「ひとめぼれ、でしたからね」


 わ。なんでだろう。ふしぎ。

 どうしてわたし、ほっぺた赤くしてるんだろう。

 鍛冶場が暑いせい……かな?

 

「師匠にも感謝してます。この韻鉄ほんと、高かったですからね」

「いやいやぁ、気にするなってえ」

「ありがとうございます」


 あ……


『ありがとう』


 いい顔。

 いいことば。

 ほっこり、あったかい……。





「カーリンお手伝いありがとね。お皿ぴかぴかだ」 


 その日のお昼ごはんのあと。わたしは塔の厨房にいるパパを手伝った。

 きれいに洗ったお皿を布で拭きながら、そうっとお願いしてみる。 


「あのねパパ。パパみたいに、おいしいもの作ってみたいの。あのね、お菓子みたいなのとか……」

「ほうほう。じゃあ簡単なお菓子、一緒に作ってみる? ドーナツがいいかな? 蒸しケーキ? いやいや。初心者には、マシュマロがいいかな」


 マシュマロ。

 塔に来た日に食べたのは、すごくおいしかった。

 ニンジン入ってるとは思えないぐらい、甘くてふわっ。


「それつくる! マシュマロつくるー!」

「よし、じゃあ卵もってきて」

「はーい」


 ゼラチンっていうのをお水でふやかして。

 卵の白身をお砂糖入れてひたすらかきまぜて。

 メレンゲっていうのをいっぱいいっぱいつくったら、あまーいイチゴのシロップと、ゼラチンをいれて……


「腕つかれたー」

「混ぜ混ぜがんばったなぁ。すごいぞ。さて、これを型に流しいれて、冷やせば……」


 わぁ。固まった。わたしはほのかに桃色のマシュマロを小さく切りわけて、練乳の粉をふりかけた。こうしたら、ひっつかないんだって。

 わたしがひとりでその作業をしてる間に、隣のパパは、余った卵の黄身と生クリームと牛乳でプリンをつくってた。

 牛乳で煮出されたバニラの香りが、もうたまらなくおいしそう。

 

「このプリンは夕飯のデザートに出そうかな。おお。マシュマロ、できたねえ」

「味、どう?」


 パパの口にひとついれてあげると、パパはたちまち、にっこりしてくれた。


「おおっ。おいしいよ! イチゴに練乳ってやっぱりいいね」

「ほんと? パパ、あのね、あのね、ありがとう!」


 わたしはもうひとつパパの口にマシュマロを入れると、大きなお皿にマシュマロをこんもりのせて、厨房から飛びだした。


「イチゴ味なの。たべてー」


 塔の中と外を走り回ってお菓子を配ってまわる。

 友達になってくれた赤毛の女の子たちに。

 塔を修理してくれてる騎士のおじさんたちに。

 塔をぐるっとかこんで守ってくれてるママとオオカミさんたちに。

 

「うほ」「うま!」「ふわふわだねー」「がうがう」

「ほんと? ありがとうー!」


 ウサギさんにも、食べてもらった。


「ニンジンじゃないけどうまいな!」

「ほんと? わあ、ありがとう!」


 それから。

 勇気を振り絞って、鍛冶場にいる人にも――


「おや? それは?」


 ネコメさんがにっこりしてくれる。

 ボボッと顔を赤くしたわたしは、のこりひとつになったマシュマロのお皿を両手でバッと差し出した。


「ど、どうぞっ」

「ありがとう」

「いえ! とんでもないですっ! ありがとうございますっ」

「いやいや、そんなに深くお辞儀してくれなくても。この修理作業は仕事なんだし」

「いえっ! うれしいです! ありがとうございます!」

「お。イチゴ味なんだね。おいしいな」 


 ネコメさんが笑ってくれた。

 きれいな金色の目がきらきら輝いてる。

 とても澄んでて、吸いこまれそう。

 ああでも、マシュマロひとつだけじゃ、お礼にはぜんぜんたりないよ……。

 もっともっと、作らなくちゃ。

 明日も。あさっても。

 


『ありがとう』


 もっともっと。みんなに言いたい。

 ここにはいない人にも。

 ほんとうのパパとママや、王様や、お妃様にも。

 


 みんな。みんな。

 

 

 ありがとう。



 

――ありがとう・了――

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