05 らてぃあ 著 桜 『桜の下の殺人』
挿絵/深海様より御拝領
(1)
「死体が埋まっているんです」
女がぼそりと言った。
「その場所はわかりますか?」
老巡査は女を観察しながら言った。酒に弱いのか自分で節度を守りながら呑んでいたのか、あまりアルコールの臭いはしない。会社の花見でここに来たらしく暗めの色のパンツスーツで眼鏡をかけている。普段はさぞかし知的な美人だろうが、そんな彼女が髪を振り乱して、化粧が崩れるのも構わず泣いている。
「場所はわかりません。わからないんです。あの大きな桜の下かもしれません」
「申訳ありません。そこは以前も調べました。何も出ていません。なんでもいいです。思い出したことを話してください」
「首を絞められました。そして死んだ私を誰かが埋めたんです」
「相手の姿はわかりますか。どんな服装だとか」
「着物? 袖が大きかったような気がします。ああ、私何を言ってるんだろう」
女が涙をぬぐっていたタオルから顔を上げた。目から靄が取れて急に光が戻ったように見えた。
「あのお、先輩。大丈夫でしょうか」
交番の入り口で様子をうかがっていた後輩OLが気配を察したのか恐る恐る中に入ってきた。
「はい。落ちるのが早かったですね」
老巡査が調書を挟んだファイルを閉じるのと同時に女は自分の醜態に気づき悲鳴を上げた。
(2)
「だーかーらぁ。死体が埋まってるんや。探すのが警察の仕事やろう」
真っ赤な顔で酒の臭いをぷんぷんさせた白髪交じりの親父はいくつかの不祥事を引き合いに出して、警察が怠慢だとまくし立てた。なだめられるとパイプ椅子が壊れそうな勢いでどっかりと腰を落とす。自己主張は強そうだが、他人にうるさがられて相手にされず日ごろから不満を溜めるタイプのようだ。
「警察は以前から真剣に死体を探してます。しかしとても手掛かりが少なくて見つけられないんです」
若い刑事は酒の臭いと唾に顔をしかめながら聞いた。これも仕事。と心の中でつぶやく。
「こんなに善良な市民のワシが訴えてるっていうのに、警察は事件が起こらな何にもしてくれんっていうことやな」
「ですから手掛かりが無いんです。何でもいいので事件にかかわることを話してください」
「山道を歩いとって首絞められて殺されたそれだけや」
「あ、そこ、もっと詳しく知りたいです。どこへ行こうとしてましたか? 」
「女に会いに行こうと。はあ、えらい別嬪で」
「どんな女性でしたか? 」
刑事がペンを調書に走らせようとした瞬間、「浮気者! 」と叫んだ親父の妻の拳が親父の頬にめり込んだ。親父が床の上に引っ繰り返る。妻もかなり呑んでいたので止めに入った刑事まで容赦のない肘鉄を喰らった。
(3)
そのヒヨコ頭から聞いた男の身分を確認する。近くの芸術大学の学生で舞台芸術科。脚本家志望。刑事の前で男はさらに延々と話し続けていた。
時計が午前0時を回り、酔客が少なくなると老巡査と二人の刑事は交番で膝を突き合わせてコーヒーを啜った。
「今日は五人ですか。少ない方ですな」
落ち着いた声で老巡査が日誌を確認する。
「目新しいものは何も上がりませんでしたよ」
若い刑事が言った、目をつむれば寝てしまいそうな疲れた顔をしている。
「何もなくて良かったと思うしかないですね。ところでこの交番への人員補充はどうなってますか?」
「我々も何も聞いてません」
「困りましたな。儂も来年には定年ですから」
やりたがる人間がいないからという言葉は呑み込んだ。
このT村の山地が切り開かれ、広大な公園になったのは5年前になる。もとからあった古木の八重桜を中心とした公園は観光スポットとしてかなり注目を集め、一般的なソメイヨシノより開花が遅いため実際に花見客が殺到した。
しかし公園横の交番には当初からありがちな酔客とは違う酔っ払い方をする人間がやって来た。いずれもその客たちは、『死体があるから探してくれ』と言うのである。屈強な警官たちも次第に気味悪がり、何人もがこのままこの交番にいるくらいなら辞めると言い出した。やむなく調査もし、お祓いもされたが効果もなく現在に至っている。
お祓いの効果が無いのは酔客に憑りついた霊の正体がわからないからだというのが霊能者たちの主張である。
「こういう事件って獏田さんの専門じゃないですか」
年長の刑事に声を掛ける。
「いや~。ラスボスの姿が全く見えずにスライムの相手させられてる感じなんだけど」
「よくわからない例えですが、大体の意味は表情でわかりました」
美しく散っていく桜を眺めながらも三人の警察官ははるか昔に死んだと思しき被害者を恨みながら溜息をついた。
了
4月期はここまでです。
では5月下旬にまたお会いしましょう。
ご高覧ありがとうございます。




