02 柳橋美湖 著 御節 『北ノ町の物語』
【あらすじ】
東京にある会社のOL・鈴木クロエは、奔放な母親を亡くして天涯孤独になろうとしていた。ところが、母親の遺言を読んでみると、実はお爺様がいることを知る。思い切って、手紙を書くと、お爺様の顧問弁護士・瀬名さんが訪ねてきた。そしてゴールデンウィークに、その人が住んでいる北ノ町にある瀟洒な洋館を訪ねたのだった。
お爺様の住む北ノ町。夜行列車でゆくその町はちょっと不思議な世界で、行くたびに催される一風変わったイベントがクロエを戸惑わせる。
最初は怖い感じだったのだけれども実は孫娘デレの素敵なお爺様。そして年上の魅力をもった瀬名さんと、イケメンでピアノの上手な小さなIT会社を経営する従兄・浩さんの二人から好意を寄せられ心揺れる乙女なクロエ……。そんなオムニバス・シリーズ。
挿絵/深海様より拝領
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20 御節
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鈴木クロエです。
クリスマスに、彫刻家のお爺様が住んでいる北ノ町にやってきて、そのまま会社のお休みをとり、お正月も過ごしています。年末は、お手伝いにきて下さる近所の小母様に教えて頂いて御節料理をつくりました。
黒豆、数の子、佃煮、たたきごぼう、かまぼこ、伊達巻、栗金団、お多福豆、鰹節・鯛・海老・鰻の焼き物、紅白なますなどの酢の物、昆布巻、椎茸、豆腐、蒟蒻、蓮根、里芋、金柑、梅の形にした人参……。
輪島塗の赤い重箱に詰めていましたら、厨房にいた小母様が、北ノ町での、御節料理はどうして始まったのかというと、こんないわれがあったとお話をしてくださいました。
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平安の昔、百合ノ中将なる貴紳は、和歌を詠ませれば当代随一といわれる一方で、鋼の強弓をして一里先の的を射るという強者としても知られており、ときに都に押し入らんと試みる邪鬼をことごとく平らげたとのこと。
ある年から、北ノ国では豪雪でなかなか春がこないことがつづき、このままでは人の住まうことかなわず、土地から離れざるを得ません。人民が嘆き悲しんで朝廷に訴えましたので、帝は百合ノ中将に兵三千を与えて彼の地に送りこみました。
中将が山河に住まう土地の神々に事情をうかがいますと、見目麗しい豊穣ノ姫神に懸想した冬ノ大神が、しつこく追いかけるものだから、恐れおののいた姫神は「人知れずの谷」に隠れてしまわれたとのこと。
「なれば、『人知れずの谷』の城門を開けるまでのことだ」
剛毅な百合ノ中将は、北ノ国の奥深くにある、「人知れずの谷」にむかう、森の中の道ならぬ道を手勢とともに彼の地へ。ところが、途中、邪魔立てすると予想していた冬大神があまりにも静かなので、首を傾げていました。
谷の入口には重厚な土塁と城門で守られ、冬大神とてこじ開けて中に入れるものではありません。そこに陣を張った百合の中将のところに、紅白の巫女姿をした姫神の神使が現れ進言なさいました。
「――冷ました馳走をご用意くださいませ。冬ノ大神は温かい料理を嫌うのです。おもてなしをなさった後に、弓の腕比べをしようと持ちかけて下さい。冬ノ大神もあなた様同様に弓の使い手。勝負に勝ったら姫神を諦めて欲しいと切りだすのです」
「あい分かった」
神使のいうとおり、中将は重箱に御膳を準備、冬ノ大神を招待して宴を催しました。ほろ酔いになった大神が、「弓比べを所望か」とおっしゃいます。――勝負は十二本の矢を二里先の的のど真ん中に当てるというもの。一里先の的になら百発百中の中将ですが、二里先となれば自信が揺らぎます。しかも相手は四海に名を轟かす冬ノ大神。勝負はといえば、中将が九本を、大神が三本を的に当てる結果となりました。
ゆえに春夏秋冬のうち、豊穣の姫神は、春から秋までの八か月を百合ノ中将が鎮守府を置く北ノ町の大社でお過ごしになり、冬の間三か月だけ大神のおわす樹海奥宮でお過ごしになる和約が結ばれました。――以来、春を待ちわびる北ノ国の民は、お正月になると、冬ノ大神の嫌うカマドの火を消し、「早く姫神をお返しください」と御節をつくってお供えをするようになったとのことです。
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新年あけましておめでとうございます。今年も宜しくお願い申しあげます。
元旦・初詣でのあと、みんなで朝餉の御節を戴きました。
「クロエがつくった御節はとっても美味しいよ」従兄の浩さんが箸でつまみます。
「百合ノ中将のモデルは先生だな。姫神はクロエ自身。それなら、冬ノ大神は誰だ……。それにしても話をつくるのが上手い。絵本を描くといい」というのは、ぐい飲みを手にした、お爺様の顧問弁護士・瀬名さんのコメント。
お爺様はニコニコしながらパクパクと私の料理を平らげました。
END
【シリーズ主要登場人物】
●鈴木クロエ/東京在住・土木会社の事務員でアパート暮らしをしている。
●鈴木三郎/お爺様。地方財閥一門で高名な彫刻家。北ノ町にある洋館で暮らしている。
●鈴木浩/クロエの従兄。洋館近くに住んでいる。
●瀬名玲雄/鈴木家顧問弁護士。
●小母様/お爺様のお屋敷の近くに住む主婦で、ときどき家政婦アルバイトにくる。
●鈴木ミドリ/クロエの母で故人。奔放な女性で生前は数々の浮名をあげていたようだ。
●寺崎明/クロエの父。母との離婚後行方不明だったが、実は公安委員会のエージェント。