01 奄美剣星 著 桜&切符 『夜桜登坂鉄道』
挿図/深海様より御拝領
「夜景をみにこいよ!」
田舎町で小さな観光会社を起こした旧友が、季節ごとに送ってくる葉書にそうかいてあったので、僕は四月下旬の休みを利用し、登坂鉄道のある田舎町を訪ねることにした。
四角い革鞄を収納庫から引っ張りだし、縞シャツに紐ネクタイ、春ジャケットといった格好で散髪にゆき、帽子屋でパナマ帽を新調、その脚で乗車切符を窓口で受け取り改札をくぐって列車に飛び乗った。――一両編成なので列車というよりはバスのようなディーゼル式だ。
レールは、煉瓦の工場や倉庫、寄せ棟平屋の街並みをぬってゆき、それが途切れるや水を張ったばかりの田園地帯に続き、渓谷に入ってゆく。すると、いくつかの駅と橋梁とトンネルを越してゆくことになり、やがて列車が線路一線について一面しかない、単式ホームに入線した。
着いた在来線駅は、かつてターミナルだったところで、機関車用の転車台や扇形車庫が存在した。また、駅周辺のあちこちには、レールを撤去した煉瓦積みホームの遺構があり、ほかに大勢の鉄道職員が寝泊まりしていた宿舎ビルや工廠施設が、朽ちかけツタに覆われた状態で佇んでいる。……木造寄棟平屋である無人駅舎改札口をでて、駅前案内板をみると、登坂鉄道は現在地から一キロ先だと書いてあるのが何気に目に入った。
在来線駅に出迎えにきた、長髪をうなじのところで束ね、カウボーイハットを被りジーンズとスニーカーといういでたちの旧友は、小学校から大学まで一緒で、卒業すると別の町に勤めた。学生時代の彼は背が高くノッポさんと呼ばれていたものだが、対して僕といえば、肩幅がなくてうっかり髪の毛を伸ばしてしまうものなら、まつ毛も長いため、女の子に間違えられてしまう。それゆえ、ホソミさんと呼ばれていた次第。
急斜度をしたトタン屋根の古民家が臨んだ石敷きの街路は自動車一方通行で、バー、食堂、新聞屋、雑貨屋、床屋が一つずつある。バスやタクシーなんて気の利いたものはない。一分も歩くと集落は途切れ、石垣で段をつくった菜の花畑を両脇とした坂道になった。
数時間、列車に揺られたので身体がエコノミー症候群になりかけている感じがした。なので、身体を動かさねばとつぶやいた僕は、ノッポさんを追い越し、先を小走りして坂道を駆け上がった。旧友がだいぶ下にみえたところで、クルっと振り返り大声で、「おおい、早くこい、ケーブルカーがでるぞ!」と呼んだ。その際、霞がかった屏風のような山々の谷底が田園地帯となっていて、麓に寄ったところに集落と在来線駅とがみえた。
坂道の行き止まりに赤い大鳥居がズデンと立っていた。七段からなる石段を上り拝殿境内に着く。すると笛と鼓の音がして、柱梁に竜やら獏やらといった神獣にその他もろもろの鳥獣が彫られた建物のなかで、白装束に赤袴姿の巫女二人が鈴を手にして舞っているのがみえた。――本殿はそこからさらに一キロ奥にある。
拝殿の後背に烏帽子山というのがある。烏帽子というのは、時代劇に出てくるお公家さんや大名が被る縦長の帽子だ。確かに烏帽子そっくりで、ノッポさんによると、神社の名はそこからとっており山体自体が御神体なのだという。彼はこうも続けた。巨神ダイダラボッチを、この辺では訛ってタイタンと呼んでいる。――偶然の一致かギリシャ神話にでてくる巨神みたいだ。
観光ガイドブックを開くと、名前の通り急斜度の山で、麓の拝殿裏にある下ノ駅で、山頂にあるテッペン駅に至る約一キロをケーブルカーが往来している。いつもは閑散とした町だが、桜の季節と六月大祭、それに紅葉の季節は賑わうと書いてあった。
ロッジ風の駅舎に据えられた券売機で切符を買い改札口を抜ける。ホームに立つとレールは斜面にあわせた坂道になっているのが判った。レールのまん中にはロープが張ってあって、紅塗装の車体を山頂まで引っ張る仕掛けだ。車内にいる乗務員は運転士ではなく車掌。実際の操縦は駅で行っている。
車内中央は階段になっていて両脇にある客座席の一つに座ると自動扉が閉まった。
車窓から外の景色をみやる。
若葉萌えるという言葉は、冬の裸木に綿毛様の薄い緑がモフモフと生えてくるからなのだろうか。首都圏が桜・染井吉野が開花するのは三月下旬だが、高地にある登坂鉄道の町でも、下旬に入ればさすがに散ってしまう。しかし山桜はいまが盛りというところ。それは生命力が強く、山林に一本が生えると多種を押しのけ、半世紀も経てば自生地をこしらえてしまう勢いだ。
下ノ駅同様、やはりロッジ風のテッペン駅を降りて、参道をしばらく歩くのだが、五、六歩間隔で並んだ桜の並木を電柱代わりにして配線し提灯がぶらさげてあった。
御手洗、石段、鳥居、境内に入ると参道の両脇には奉納された雌雄一対の狛犬に続き、拝殿ほどは大きくもない檜葺きの本殿があった。鐘を鳴らし二礼二拍一杯してから賽銭箱に百円玉をそなえる。特に祈ることもないので久しぶりに旧友と再会できたことを山の神様に感謝した。
テッペン駅ホームで帰りのケーブルカーがくるまで僕と旧友は、薄桃色のワンピースを羽織った幼い姉妹が、キャッキャッといって、そろいの革リュックを背負った両親の間で8の字に駆け回っている様を、なんとなく眺めていた。
するとノッポさんが唐突に切りだした。
「そうだ、夜景をみよう。今夜は臨時便があるんだ」
ほおっ、夜桜見物ではなく夜景観賞ですと? 山裾はガスがかかっていて集落はみえない。晴れたとしても、こんな小さな町の夜景をみて面白いものなのだろうか?
ノッポさんと下山してから、古民家を改装した宿にチェックインして、二階部屋窓際のリビングテーブルでサーモンマリネを肴に安物のウィスキーを何杯かひっかけ夜になるのを待ち、再度登坂鉄道に乗った。
駅前集落にこれほどの人など住んでいるわけがない。きっと近隣の町から押し掛けてきたのだろう。夜桜見物客たちは老若男女の家族連れで、浴衣の上にドテラを羽織っているのだが、祭りの趣向か一様に狐面を被っているのが引っかかる。
本朝一の色好みたる在原業平が老いて山里草庵に籠り、亡くなると荼毘にふされ墓標としたのが桜木で、毎歳毎歳、華やかな歌詠みの魂を宿したそれは言霊を花びらに変え風に遊ばせているのだという。
提灯の淡い光が皆を妖艶に照らしていた。ゆえに与謝野晶子の短歌一節、「今宵あう人みな美しき」よろしく、モテない男二人連れとて少しはマシにみえたに違いない。
風が吹いて花が舞い散った。
拝殿に着いて麓をみると昼間の霞こそなくなってはいるのだが……。
「やっぱりだ。――田舎町の夜景なんてショボすぎる」
だが、ノッポさんからは意外な答えが返ってきた。
「なにをいっているんだ、ホソミさん。田舎で夜景をみるといったら星をみることなんだ」
そこで頭上に、花びらではないところの、尾を引く光が夜空を横切ってゆくのがみえた。
「あっ、流れ星!」
「いまが見ごろの琴座流星群……」
なんて綺麗なんだ。言葉にできないくらい美しい!
振り返った恋人の肩に手をやってささやくかのようなロマンチックな会話をした後、急に……、そう急に……、視線が重なった僕らは押し黙った。そっと口づけを交わすような妙齢女性が不在で、代わってそこにいるのは……。
野郎だけだった。
とても残念なことに……。
野郎だけだった。
了




