06 かいじん著 卒業旅行 『出奔の事』
挿図/深海様より御拝領
「お館様が出奔なされたじゃと?」
齢80をとうに過ぎ滅多な事では驚かない曹洞宗林泉寺住持、天室光育は太い眉を開き大きな眼を瞠った。
冬の間、深い雪に閉ざされるこの越後にようやく春が訪れた頃から時折、その様な事を口にしてはいたが、くさぐさの事の煩わしさから出た戯言だと思っていた。
今は夏の盛りで、澄んだ青さの海も深い緑の春日山も灼熱の日に照り輝いて、春日山山麓にある寺の境内には耳を圧する様な蝉時雨が降っている。
「私は越後守護代の勤めを全うすべく、懸命に励んで参りましたが、家中の者は守護代の私を軽んじ、私の言を蔑ろにして専横に振舞い、国内で争いが絶えません。最早、私には守護代は勤まらないので、隠退して高野山に入山しようと思います。後の事は家中の者達が相計り然るべく定め置く様にすれば、良いかと思います。恐れながら、師の方からこの事を家中にお伝え下されば幸いです」
年若い守護代からもたらされた書状から目を上げると天室光育は嘆息をもらした。
(あの男は威を備えた風貌をしておるが、その内面は物に感じやすい気質で、
その上、聡明過ぎるが故に人より多くの物事が見え過ぎてしまう)
(苦心の末に越後一国をひとつにまとめあげたものの、あの一途で表裏のない性質では国の政事に気苦労が絶えなんだのであろう)
城にあっては、一人毘沙門堂に篭る事が多く、大の酒好きであったが宴は好まず側に誰も置かずに一人手酌で杯を干す事を好んだと聞く。今の世……変転極まりなく、人心定かならぬこの乱れた世で一国を治める事はあの男には苦しい事なのかも知れぬ。されどあの男には天賦の才と言うべき類稀な軍略の才がある。陣中にあって地の利と敵の動きを見極め、機を捉えて決断する事が迅速で兵を進退させると神懸り的な強さを見せた。あの男がいなくなればこの越後は再び大いに乱れるであろう。
「この国はあの男を失ってはならぬ」
天室光育は思った。
・・・
「よもや越後守護代ともあろうお方が自ら城を退転致すとは」
春日山城で、一門の長尾政景(後の上杉景勝の父)はうろたえた。
(お館様が高野山に入ったとなれば、もはや越後は一つにはまとまらぬであろう。
箕冠城の大熊朝秀などは早くも不穏な動きを見せていると聞く。
甲斐の武田や小田原の北条らも必ずこの機に乗じて来るであろう。
「何としても、連れ戻さねばならぬ」
政景は春日山を出て守護代を追った。
大和国の村で見つけ出す事が出来、言葉を尽くして説得した。
携えて来た天室光育からの書状も披見させた。
「先年、上洛の折、帝(後奈良天皇)、公方(足利義輝)より謁を賜り、天下静謐に勤むる事、承りながら今、国中の股肱の臣や民を捨て、一人弓矢を逃れんとするは、不義理、不忠の至り也」
長尾政景は膝を進めて懇願した。
「国の者達には、以後は二心を抱かぬ様、起請文を出させまする。何卒、何卒越後にお戻り下さりませ」
「……」
結局、高野山を目指していた男は説得され越後に戻る事になった。
男は後に主筋の山内上杉家の当主から、上杉の家名を譲り受け、甲斐の武田、相模の北条、織田信長等と幾多の戦いを繰り広げ(越後の龍)の異名を取った。毘沙門天の毘の一字旗が翻る本陣に「懸かり乱れ龍」の旗が掲げられた時、一斉に寄せて行く上杉の兵たちは無類の強さを誇った。
了




