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自作小説倶楽部 第12冊/2016年上半期(第67-72集)  作者: 自作小説倶楽部
第69集(2016年3月)/「龍」&「卒業旅行」
12/35

03 柳橋美湖 著  卒業旅行 『北ノ町の物語』

【あらすじ】

 東京にある会社のOL・鈴木クロエは、奔放な母親を亡くして天涯孤独になろうとしていた。ところが、母親の遺言を読んでみると、実はお爺様がいることを知る。思い切って、手紙を書くと、お爺様の顧問弁護士・瀬名さんが訪ねてきた。そしてゴールデンウィークに、その人が住んでいる北ノ町にある瀟洒な洋館を訪ねたのだった。

 お爺様の住む北ノ町。夜行列車でゆくその町はちょっと不思議な世界で、行くたびに催される一風変わったイベントがクロエを戸惑わせる。

 最初は怖い感じだったのだけれども実は孫娘デレの素敵なお爺様。そして年上の魅力をもった瀬名さんと、イケメンでピアノの上手な小さなIT会社を経営する従兄・浩さんの二人から好意を寄せられ心揺れる乙女なクロエ……。そんなオムニバス・シリーズ。

挿絵(By みてみん)

挿絵/深海様より御拝領


   22 卒業旅行

.

 鈴木クロエです。

 三月になりました。公園に並べて植えられた椿の花が落ちてゆくのと入れ違いに、梅の花が咲きだし、緋寒桜、染井吉野と続いてゆくのにあわせ、アトリやノスリがいなくなって、鶯がさえずりだし、燕もやってきます。

 さて、三月といえば卒業式……。中高生のころは、卒業式の季節で、憧れの先輩から制服ボタンの争奪戦となったのを憶えています。そのあたりのことは、(恥ずかしいので)伏せておくことにします。

 短大の卒業旅行といえば、恋人ではないところの仲よしさん四人と連れ立ってパワースポットの一つ・日光に一泊したのが思い出です。卒業式翌日、浅草駅に集合。早くついた私は駅に近いベィカリーで珈琲とスコーンを注文して朝食をしていると、ちらほら、お友達がやってきて、女子会のはじまりはじまり……。メンツ全員がそろうと、東武線の改札口をくぐって、ホームにとまっていた列車に乗りました。そこでもワイワイ。走りだす列車。席からみえる光景が、都会の風景からだんだんと田園のものとなり、やがて山林になり、地方小都市の風景となったところ今市で列車を降りました。

 みんなと肩を並べホームを歩く私の格好は、アーミーカラーのジャケットにジーンズ、ショートブーツ。背中には小さなリュックを背負った格好の私。長く伸ばした髪を春風がふわりと弄んできます。

 旅行代理店のオプションで、駅をでてすぐのところにあるレンタカーショップでナビつきの自動車に乗りこみ、観光スポットを周ることになりました。――皆、運転免許はもっているにはもっていたのだけれど、ペーパードライバーばかり。けれど、たまたま、自宅から学校まで自家用車で通っていた、桜子さんがいましたので、御茶や御食事代を周りがだすという条件で、商談成立。彼女がドライバーになりました。

 今市は、日光のひとつ手前の町で、江戸の街並みを再現した映画ロケ地とか、世界遺産級の建造物をミニチュアで再現したアトラクション施設とかがあって、楽しめました。

 旅館では皆で浴衣におめしかえ。シーズンオフなので一万円を切るくらいのお手頃なお値段の割にお料理がたくさんでてきました。

「私、お酒が飲めるようになりました」

 ――クロエさん、可愛いぃっ!

 そのころ、なんでお友達のみなさんが、可愛いといってくださったのか、意味不明でしたが……。お酒は嗜む程度のほろ酔いコース。コップ一杯飲みほしただけで、大人ぶった気になっていたところをいっていたのだと思います。

 翌日は、東照宮をはじめとした、いろは坂、華厳の滝、戦場が原を巡りました。中禅寺湖では遊覧船に乗って、湖から湖畔の風景をみんなで楽しみました。舗装された道路や周辺にあるホテルやペンション街と同様に、湖の氷は解けてはいましたが、周囲の山並みにはまだまだ雪が残っています。

 湖畔にある長さ十メートルくらいの桟橋に横付けしてある、三十人乗りの小さな白い遊覧船の渡し板を渡って乗船すると、すぐに階段があって、下った甲板下の乗客室と、カーキ色の幌屋根がかけられた甲板上の双方に、長椅子が置いてありました。

 船員用のスーツと制帽で決めた年配の男性ガイドさんが、船上から望める男体山と女体山にすまう神と女神の恋物語、固定に眠る縄文時代の森の木を引き上げて豪邸を建てた地元・森林王の話とかをしてくださいます。さらに船が湖のなかほどに進むと、モーターボートが近づいてきました。

 桜子さんはショートカットが似合う方で、短大卒業後は、銀行に就職して、少したら結婚するっていう話。黒を基調にした革コートにパンツ、パンプスといった装い。――その桜子さんが私の袖をひっぱりました。

 鯉が水上に跳ねるかのように、湖のなかから、謎めいた生き物が姿を現し遊覧船デッキに飛び乗ろうとしています。四肢の先に水掻きがあり、全身を鱗で覆われた、魚のような大きな目をしている河童というか半漁人というか、ラヴクラフトのスペース・ホラー『インスマスの陰』にでてくる人外生物が、襲い掛かってくるではないですか。 ――全部で五体。

 しかし。

 モーターボートを操縦する運転士の後ろコクピットには、まるで刑事ドラマにでてくる警部さんみたい、パナマ帽にトレンチコートを羽織った紳士が拳銃を構えていました。

「これはただの弾じゃない。おまえたち専用だ!」

 モーターボートの手にしている拳銃はスミス&ウェストン。小回りの利くモーターボートから、五発の銃声とともに、船体をよじ登っていた魚眼人たちは、また湖に落ちていくではありませんか。

 ――映画アクションみたいだ。この余興、最高!

 倒されたモンスターが落ちて水柱があがるたびに、何も知らない遊覧船の乗客たちは大ウケです。

 ダンディーな紳士は胸ポケットのサングラスをかけてから、シガレットケースをとって、葉巻を取り出し口にくわえ、「お嬢さん方、困ったことがあったら、俺を呼んでくれ」といわんばかりに、軽く片手をあげると、ボートが速力をあげて遊覧船がいるところから、離脱してゆき、湖の彼方に消えて行きました。

 帰りの列車ではその話題で持ちきり。桜子さんなんかは、しっかりと携帯のカメラで写真をとっていて、「あの小父様のファンになっちゃったわ」といっていたくらい。

 でも、そのダンディーな紳士というのが、母と別居していた公安委員会の父・寺崎で、河童に似た人外・魚眼人たちこそ、北ノ町に住んでいるお爺様以下、私たち一族の宿敵だったということを、就職後ほどなくしての母の他界を機に、知ることになるわけですが……。

 では、みなさん、ごきげんよう。

     By Kuroe

【シリーズ主要登場人物】

●鈴木クロエ/東京在住・土木会社の事務員でアパート暮らしをしている。

●鈴木三郎/お爺様。地方財閥一門で高名な彫刻家。北ノ町にある洋館で暮らしている。

●鈴木浩/クロエの従兄。洋館近くに住んでいる。

●瀬名玲雄/鈴木家顧問弁護士。

●小母様/お爺様のお屋敷の近くに住む主婦で、ときどき家政婦アルバイトにくる。

●鈴木ミドリ/クロエの母で故人。奔放な女性で生前は数々の浮名をあげていたようだ。

●寺崎明/クロエの父。母との離婚後行方不明だったが、実は公安委員会のエージェント。

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