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自作小説倶楽部 第12冊/2016年上半期(第67-72集)  作者: 自作小説倶楽部
第69集(2016年3月)/「龍」&「卒業旅行」
10/35

01 奄美剣星 著  龍 『炎竜洋菓子店』

挿絵(By みてみん)

挿絵/深海様より御拝領


 そこのオーブン窯はかなりでかかった。

「あんた、なかをのぞいちゃだめでしょ」

「えっ、掃除を手伝おうと思ったんだけど」

「掃除を手伝う? 窯をのぞこうとしたくせに。そういうことはね、女の子のスカートのなかをのぞくのと同じことなのよ、このド変態野郎!」

「ド変態って……姉さん、そりゃいくらなんでも言い過ぎだろ!」

 姉の嫁ぎ先に遊びにいったとき、厨房の窯の煤掃除をしようとしたら、耳を引っ張られたうえに罵られ、喧嘩になったことがある。

 雪国の店舗玄関には寒気を防ぐため二重構造になっているところがある。昭和初期のアールデコを意識したような古びたモルタル二階建ての建物で、そこを改装したところで、一つめのドアと二つめのドアの間は小部屋のようになっていて、観葉植物とイーゼルが置いてある。イーゼルに立てかけてあるのはキャンバスではなくA3サイズの黒板で、「今日のお努め品は洋梨のタルトです」と書いてあった。――閉店十五分前。仕事帰りの僕は、ドワーフ親爺の店で修理した中古自転車に乗って、息を切らしながら店に飛び込んだ。

 続いて、夫人である姉が言葉をかけてきた。

「こないだ、置き薬の副作用でできた角は?」

「まあ、なんとか……」

「診療所のエルフ先生は美人なくせに名医だから、どんな病気だってイチコロだよね」

 僕が住んでいる渓谷の町にはローカル線が通っている。無人駅の前にはしょぼいながらも雪国式のアーケード〝がせんき〟で連結された店舗からなる〝銀座通り〟なる商店街がある。パッとしないところだが一つ自慢できることがある。――ミシェランガイドでも紹介されたパテシエ・ジークの店があることだ。

 北欧出身の義兄ジークがこの町にいる理由は、たまたま大学卒業旅行で彼の母国を訪れた姉に捕まって来日する仕儀となり、ひなびた、商店街空き店舗を借りて、商売を始めたからだ。そんな義兄には秘密があった。パテシエをやるまえは、――なんと勇者様だったのだ!

.

「――炎竜ファブニール、卒業旅行中の日本人女性をさらう。州警察および国防軍が奪還にむかったが被害甚大、炎龍は洞窟に立て籠もった模様……」と書かれた夕刊をみた義兄は、先祖から受け継いだ竜殺しの剣バルムンクを取りだし現地にむかった。

 姉は誰からも美少女といわれものだ。――すらりとのびた四肢、雪のような肌、みどりなす黒髪。切れ長の双眸に生えたまつ毛はながく、唇はめくれ上がっている。小学生時代の学芸会はとより、中学・高校時代に所属していた演劇部で、プリンセス役は必ず姉がなった。大学時代の文化祭では学園女王となり、密かに所属していた暴走族グループHIMIKOでもクィーンと呼ばれていたほどだ。

 炎竜がなにゆえに姉をさらったのかといえば、洞窟に財宝やら美女をしまいこむ習性があるからにほかならない。――長い尻尾をもった四肢で立つトカゲのような巨体。全身を鱗で覆われ、背中にはコウモリのような翼、頭にはサイのような角が二本生えていた。

 洞窟の奥深くに突入した義兄ジークは、姉を取り込むような格好で眠る炎竜をみつけ、早速斬りこんだ。

 下り坂の途中を懐中電灯で照らすと、中世以来築き上げられた白骨の山。そこに警官やら兵士やらといった真新しい遺体まで加わり転がっていた。――食われたあとがあった。

 竜殺しの剣バルムンクとともに、義兄の祖先が滅ぼしたニーベンゲルン氏族からの戦利品〝氷の盾〟が、ファブニールの吐き出す火槍を弾き返す。義兄ジークは盾をさぐって前進した。

 そこを火竜が突如、トカゲのような尻尾でなぎ払って洞窟の壁に義兄をぶっ飛ばした。

 義兄は、のびたふり、食らいつこうと大口を開けたところに、バルムンクを突き刺す。

 しかし両者ともボロボロになっているわりに死なない。並んで肩で息をしていた。

「オマエ、強イナ。殺スニハ惜シイ」

(おまえも強い。しかしそういう台詞は、躬を半殺しにしてからいえ)

「人ト炎竜トガ共存スル道ハナイモノカ……」

(無理だな。炎竜は人を食らう。それがさだめというものだ)

 そのとき、炎竜に囚われていた姉が不意に口を挟んだ。

 ――人を食べたくないのならケーキを食べればいいのに。

(なに?)

 ほどなく。

 義兄ジークは焼き菓子屋に弟子入りして修行を始めた。炎竜は義兄のゆくところついて回り、家のカマドに棲んで、炎を吐きだした。主食は義兄がつくるケーキ。炎竜の火加減は絶妙で、義兄がパテシエデビューすると、各種の焼き菓子は絶賛され、世界的な権威の各賞を総なめにしていったという次第である。

.

 以上が姉の話だ。

 まだ僕は厨房のカマドを巣とする炎竜ファブニールを僕はみたことがない。――というのは、そこをのぞきこむと、姉に怒られるというよりは、魔が差した炎竜が僕の頭をガブッと噛みついてきそうな気もするので、あえて試みようとは思わない。

 そういうわけで、義兄と姉とがやっている炎竜洋菓子店は大繁盛で、県内はおろか首都圏からも客が押し寄せている。また昨今オンラインショップにも加盟して、全国・全世界に商品が配送されているとのことだ。

     了

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