第二話『過去からきた殺人者』プロローグ
忌まわしい事件から一ヶ月が経ち、日常へ戻った千夜。そんな彼女の前に再び水上が現れる。
プロローグ
忌まわしい事件から一ヶ月ほどが経ち、千夜の生活は日常に戻ったかに思えた。
「千夜、なんかすげえことになってる」
授業が終わり帰ろうかというとき、秋葉が後ろの席から千夜の肩を叩いた。
「ん、なに?」
「どうしたんだよ」
千夜と共に高石も彼の方を向く。
秋葉が二人に見せたのはスマートフォンの画面だった。どうやら大型掲示板サイトのようだ。
「こなになに、『晴常高校の事件、解決したの女子高生ってマジ?』『マジ、高校生が先に解決するとか警察マジ無能www』『ソースは』『俺晴常生』」
高石が声に出すのに合わせて秋葉が画面をスクロールさせていく。そんな書き込みの途中、晴常高校の生徒手帳とIDが書かれた紙切れの写真がアップされた。
「『女子高生探偵の詳細キボンヌ』『イニシャルはSK。可愛くて巨乳』……。って、どう考えても千夜のことじゃん!」
「だろ?」
その後も『巨乳美少女SKちゃんペロペロ』『女子高生萌え』など下世話なレスが続いている。
「うわー、すごいネタにされてる感じだね」
千夜は笑いながら言ったが、いい気はしない。二人もそれに気付いていた。
「ネットの噂なんてすぐ飽きられるけど、一応気を付けた方がいいぜ。晴空高ってバレてるし」
「そうだよな、模試一位でイニシャルSKって、調べたら簡単に分かるもんな」
「そっか」
千夜は「ふむ」と息をつく。
「なんなら俺が送り迎えしようか?」
高石の申し出に、千夜は「いいよいいよ」と手を振った。
「大体君は部活あるでしょ」
「どうせ補欠だし」
「まあさ、毎日じゃなくても帰れるときは一緒に帰ろうぜ。その方が安心だろ」
「それもそっか。じゃあお願いしようかな」
千夜はそう言うと、鞄を持って立ち上がった。
「明日土曜日だけど、どっか行く?」
「お、いいね。私、新しくできた本屋行きたいな」
「いいじゃん、そこってアニメ雑誌多そうか?」
友人に挟まれて校門へ向かう千夜の姿は、至って普通の高校生だ。
――まあネットのことはあるけど、こうやって日常に戻っていくのかなあ。なんだかんだ言って、もう水上さんに会うこともないのかも。
ふと、先日の事件で知り合った殺人鬼のことを思い出す。
『俺たちは長い付き合いになるぜ。きっとな』
彼が別れ際に口にした言葉も、真剣に捉えていたわけではない。
だが、彼女は間違っていた。
「よう、千夜」
校門前には見慣れた中古車。そのボンネットに腰をかけ、煙草を吸うアゴ髭にサングラスの大柄な男。
「え、水上さん?」
千夜をその名を口にするが早いか、水上は彼女の腕を掴んで引き寄せる。
「ちょっとこいつ借りるぜ」
「え、あ?」
高石と秋葉が止める暇もない。水上はそのまま千夜を助手席に押し込むと、運転席に乗り込んでエンジンをかけた。
「ちょ、ちょっと待てよ!」
我に帰った二人が追おうとしたときには、もう車は走り出していた。
「千夜がさらわれたー!」
高石は頭を抱え、その声を聞いた下校中の生徒たちの間でざわめきが起こった。
「な、何なんですか、いきなり!」
住宅街を駆けていく車の中で、千夜は水上を睨み付けた。
「おじさんと一緒に楽しい週末を過ごそうぜ」
水上は前を向いたまま、冗談めいた口調ではぐらかす。
「はあ? とにかく下ろしてください」
「その前にシートベルト締めろよー、危ないから」
「締めたら降りられないじゃないですか」
「降ろさねえから」
千夜は溜め息をついた。
「せめて理由と行き先を教えてくださいよ。それにメールでもしないと、高石くんたち警察呼んじゃうかも」
「理由はまあ、そのうち分かる。行き先は別荘だ」
「別荘って、水上さんのですか?」
「俺がんな金持ってるように見えるか? ダチの別荘だよ」
「はあ……」
「その高石君とやらには、恋人と旅行に行ってきますって言っとけ」
「恋人?」
千夜の顔がカッと赤くなる。
「誰が恋人ですか、誰が!」
「いいじゃねえか。俺はお前のこと気に入ってるんだぜ? 好きだと思ってんだ」
「どうせ、同類意識の履き違えでしょ」
吐き捨てるように言った千夜を横目で見て、水上は苦笑した。
「同類って認めちまうのかよ、俺みたいな殺人鬼と」
「それは……。と、とにかく、理由があるなら行きます。もう結構遠くまで来ちゃったし、毒を食らわば皿までと思うことにしますよ。――高石君と秋葉君には、親戚に急用で呼ばれたってメールしておきます」
千夜はこれ以上の会話を無駄――水上の方が一枚も二枚も上手だ――と考え、シートベルトを締めるとスマートフォンを取り出す。
――心配かけてごめん、と。
メールを送ると返事は直ぐ様帰ってきた。
とりあえず安心したという旨が書かれており、千夜は息をつく。
「大事にならなくて良かった」
「ほんとにな」
「誰のせいだと思ってるんですか」
「悪かったよ。さて、じゃあ前置きを」
水上は車を運転したまま咳払いをした。
「大学時代、俺はミステリーサークルに所属してた」
「ミステリーサークル?」
「ああ。つっても、真面目なサークルじゃねえよ。お気楽な学生が遊ぶ口実作るためにやってたようなもんだ」
「そう、ですか」
ミステリーという単語に食い付いた千夜は軽く落胆した。
「で、俺が三年の時、十年前だな。同じサークルのダチが死んだ」
「え?」
「これから行く別荘で、死んだんだ」
千夜の中で警鐘が鳴り響く。
――ああ、きっとこれは……。
非日常の世界への鍵となるだろう。




