第六話 密会
なんだかんだで俺たち三人は書庫、いや、書斎を後にする。
にしても、異世界には魔法に階級なんてあるんだねぇ。
初心者ってのは本当に楽しいものだ。
俺がそんな事を魔法の本を見ながら考えているとカレッドさんは俺に話を振ってくる。
「いいえ。それくらいなら知ってますよ。ねぇ、ローラン様」
「え、なんですか?」
「トイレの説明はいるかいらないかってはなしなんだけど、僕は必要不可欠だって言っているのにカレッドさんは要らないって言うんだ」
「いや、する必要性がないんですが、もししたければ私が案内すれば事足りるでしょう。しかも今までもローラン様は散々トイレは行っているんですし何を今更」
「ここには何個もトイレがあるんだから説明してあげた方が良心的だと思う」
「はぁ、だから私が案内するって言っているでしょう? 分からないのー!!」
「「で、ローラン(様)はどちらがいいんだ(ですか)」」
カレッドさんの言葉遣いが時々気になるがまだ俺の推定だと十代前半だし仕方ないか。
あと子供に振らないでくれ。
そこは振られたら一番困るところじゃないか。
まあ、トイレの場所は知らなかったので教えてもらえて有り難い。
有難いんだけども、元ローラン君は知っていたであろうから……我慢するしかないな。
「トイレくらいは知ってますよ。大丈夫です。お兄さん」
俺がそう言って二人の言い合いを止める。
喧嘩は両成敗なはずだけど、こういう時もあると思う。
うん。
カレッドさんはやったぜと言いたげな顔をしているのに対してクリスは不服そうだ。
カレッドさん、大人気ねー。
仮にも年上だろうが。
「ほら、だから説明しなくてもいい所もあるんですよ。ふふふ」
「分かったよ。じゃあ次は僕のとっておきを紹介しよう」
大人気ないカレッドさんに敗北したクリスはため息一つですぐに立ち直り、次へ案内をしようとする。
こりゃ大人だ。
ミハエルも裸足で逃げ出す精神の強さだな。
そういえばミハエルのやつどこにいるのやら。
一緒に転送されたはずなんだけどな。
俺たち三人は再度屋敷の外へ出て、今度は家の裏に回る。
先ほどクリスが木刀を片付けに行った方だな。
「何があるのですか?」
今回はカレッドさんも知らないらしく目を輝かせている。
一応少女というくくりにも入る年齢だろうから、年相応の態度であるとは……言えるか?
そして、そんな風に冷静を装っている俺も何となくワクワクしていた。
「気になりますね」
「へへん、特別に教えてあげるだけだからお母様やお父様には言うなよ? これは三人の秘密だ」
その言葉にカレッドさんはより一層目を輝かせる。
三人の秘密とかよくある事だろうよ。
そう思いながらも何があるのかと周囲を注意深く見ている俺も同類か。
「ここだ」
クリスは木箱を指さす。
箱の横には網が張ってあり、毛のようなものがちらりと見えた。
動物がいるということは容易に想像できるわけだ。
「まさか動物ですか?」
「とりあえず見てみましょうよ」
カレッドさんが急かしてきて少し鬱陶しいので木箱に手を伸ばす。
後ろでワクワク、ワクワクとか声に出さないでほしい。
「レッツオープン」
クリスの掛け声に合わせて箱をオープン。
「みゃー」
中身は案の定動物だった、品種としては三毛猫。
クリスは三毛猫の腹のあたりを両手で持ち、箱から出してやる。
この品種の猫のほとんどはメスでレアなオスは高値で取引されるというあの?
俺の目は$マークになっていたのだろう。
三毛猫は毛を逆立てる。
毛を逆立てている三毛猫をクリスは癒されるという面持ちでなでる。
手つきは動物愛好家そのものだ。
「こいつはオスのミレーニャのミレだ。僕が名付けたんだ」
安直なネーミングだが本人が気に入っているのに水を差すのはまずいだろう。
子供の小さな幸せを奪うほど俺は落ちぶれていない。
またカレッドさんが誰かに告げ口をしないか心配だったがその心配もないらしい。
勝手に飼ってたら怒られるのがお決まりだからな。
「さ、触ってもいいですか」
カレッドさんは手を震えさせながら言う。
「もちろん。はい」
クリスも安心したのかミレを抱き上げカレッドさんに渡す。
ミレは怯えているように見えるが。
「ひゃぁ、かわいいいいですね。天使だよ、そのものだよ」
カレッドさんはミレを撫でくり回す。
というか頭をつぶしに行ってる。
天使と同じにされるミレはかわいそうに。 そんなかわいい天使なんか人間の想像にしかいないんだよ、と教えてやりたい。
「ローランは触らないのか?」
カレッドさんからミレを取り返し俺に向ける。
「見ているだけで癒されるので大丈夫です」
俺はミレをいじりまわすカレッドさんを見て目を細める。
「そうか」
何となく残念そうにミレを木箱に戻す。
「夜になったらご飯上げるからな」
ミレに別れを告げてから屋敷の裏から出る。
ミレもなんだか寂しそうだったな。
「こんなところだな」
「そうですね」
屋敷の庭に出てきて二人は言う。
探検は終わりか。
どこに何があるかわかって良かった。
これで明日から何をするかじっくり考えられる。
「場所がよく分かりました。有難うございます、お兄さん」
何があろうと好意で案内してくれたのだから感謝だ。
「当たり前じゃないか! これからは外で遊ぼうな 」
クリスも少年の無邪気な笑顔で自分の部屋へ帰っていく。
案内によるとクリスの部屋は俺の部屋とは真逆の位置にあるらしい。
「では自室へ戻りましょうか」
カレッドさんが部屋へ促す。
それに頷き、部屋へ帰る。
もう夕方だ。
ふああ、眠たい。
屋敷探検から帰ってきた俺は魔法の教本を捲りながら欠伸をする。
読めない文字の解読は神経を使うのだ。
その上、子供の体だから体力の減りも早い。
文字を読めない元ローラン氏には憎悪すら湧いてくるな、この野郎。
八つ当たりをしても読めないし、疲れるだけ。
神様特権無しなのはなかなか辛い。
「文字、読めるのですか?」
カレッドさんが本を覗き込む。
そう言えば読んだことがあるって言ってたな。
教えてくれないかな。
俺は苦笑いで言う。
「いや、まだまだです。文字はなかなか難しいですね」
「ふふっ、こう見えても私メイド道を極めたメイドなので文字を教えることなど朝飯前です。文字を覚えたいですか?」
文字を覚えられれば魔法の勉強がはかどるだろうし、のちのち楽だろう。
これは甘えない手はない。
「え、教えてくれるんですか!」
鉄は熱いうちに打てだ。
教えようと思っているうちに言質を取らなくては。
表情をやる気のある生徒に変更。
「もちろんです。しかし今日は夕食準備の時間になりそうなので、明日からでいいですか」
「有難うございます。僕も眠いんで今日はできそうにないです」
カレッドさんはふっと微笑み、やるぞー! と言って部屋を出ていった。
元気なことだ。
「僕もやりますか」
再び本を捲りはじめる。
あくびを噛み殺しながら、伸びをしながら。
眠さはこの時にはピーく……に達……して、い……た。