第四話 ここの設定
俺は転送時の光のせいで閉じた目を開く。
とりあえず視覚は問題ないな。
体とのリンクができたことに安堵する。
眩い光は既に消えている。
どうやら手続きが完了したらしい。
まあ、体に魂が定着しているところからも分かるのだけど。
えっと、転生した奴らはまず、現状が理解できずに慌てるんだっけな。
自分は死んだはずなのに何故だ、とか、チート能力あるんじゃないか、と。
元の世界での常識を思い出しつつ、自らの体を確認する。
この体に元々居た魂には突然の人生終了を謝っておこう。
突然体から追い出されたんだもんな、謝っても謝り足りない。
まず顔は鏡でも見つかったら見てみるか。
とりあえずは手に目を移す。
もみじの葉みたいだ。
つまり赤ちゃんだと? と、馬鹿なことを考える頭を振って足を見てみる。
ちっせえ!
あきらめも大事だよな。うん。
ため息混じりに髪の毛を引き抜く。
色、質、長さを確認したかったしな。
頭皮がピリッと痛み、涙腺が緩む。
日焼けした肌みたいな茶色。
神の頃と同じなのか。
他にわかることといえば、涙腺の緩みやすさからして、まだ幼少期なのだろうという事。
念のため手を握ってみたり、魔法を使おうとするが、力は弱いし、魔法は出せない。
魔力は結構有るけど、神だった頃には大きく劣るな。
うん、最高。
カサエルのやつ、いい仕事してくれるな。
適当に評価を下し、部屋を見回す。
ランプが壁に二つかかっていて、ベッドは子供用にしては妙に大きい。
机は普通だな、窓にはガラスがはまっている。
つまりそれだけの階級であることは確かだな。
俺の記憶が正しければ、ガラスは庶民には手が出せない代物だったからな。
意味もなく軽く頷く。
やっと貰った(ぶんどった)休暇だ。
楽しまなくてはならない。
その為に当面動けるだけの情報は集めておくべきだ。
俺のいた部屋は天界の自室よりはかなり貧相なものではあったが、見た感じそこそこの家のようだ。
少なくとも俺のイメージよりは良かった。
「ローラン様! 髪をむしらないでください」
その証拠にメイドが青い顔をして俺の右手を優し目に押さえる。
少し反応が遅すぎやしないか?
でも、言葉が理解できるのはいいな。
てっきり何を話しているか理解できない物だと思っていたが。
その手を見ながらメイドを査定する。
態度は大人びているというか、子供が必死に背伸びしました、みたいな感じだな。
年齢は十五歳前後ってところで、髪はセミロングの茶髪。
俺より明るい茶髪だ。
「お姉ちゃんの好きな人はだれー?」とか無邪気に聞いて、おちょくりたいなあ。
メイドの赤面する姿を想像できるぞ。
いやあ、夢が広がる。
こういう事もメイドさんがいるところならではですよねぇ。
おっと、俺は変態な神様なんかじゃない。
純粋なショタだ。そう、ショタ、なのだ。
ショタ紳士なんだ。
しかし、何万年も生きていると子供の頃を忘れてしまうな。
無邪気な子供を想像できない。
気を紛らわす為にまた、左手で髪を抜く。
うん、やっぱり焦げ茶色だな。
こりゃ、癖になる痛みだ。
髪の色を再確認し、自分なりに頑張って作った純粋な子供の目でまた小言を言おうとするメイドを見上げる。
「ローラン様。そんなことをしても無駄ですよ」
メイドは怯みもせずニコリと笑って左手を押さえる。
さっきと違って力がこもってるよ。
このメイドは何なんだろうと思い、俺の両手を押さえて立っていたメイドを見上げる。
貧相なものだった。
俺は首を振って邪念を振り払う。
紳士のショタよ、何をしているんだ。
「分かりました。髪の毛は抜きません」
そう言って立ち上がる。
手も離してもらう。
気を取直して情報収集といこう。
「屋敷を案内してくれませんか」
自分の口調を変えると言うのは辛いが、俺が知っていた転生者たちはみないろいろ苦労していたんだからな。
しみじみと感じながらメイドの手を取る。
にしても声がキンキンしてうるさいな。
さすが子供だ。
自分で自分の声がやかましいと思う時がくるとは思わなかった。
メイドは怪訝そうな顔をしていたが、やがて、顔を綻ばせる。
「今までは部屋から出たくないと言っていたのにどういう風の吹き回しかしら」
メイドはポツリと呟き、俺の手を引きその部屋を出た。
廊下は窓から太陽の光が入るようになっているのか明るくて暖かかった。
ここもガラスだ。
羊皮紙でなくガラスなところにリッチさを感じるねぇ。
木造の廊下をキシキシ音を立てつつ歩く。
「メイドさん。あなたは何と言う名前なんですか」
先を歩く俺はくるりと回ってメイドを見る。
メイドは俺に笑いかけながら答える。
心なしか先ほどよりテンションが上がっているように見える。
「私はカレッドと言います」
メイドはもう俺の態度に慣れたのだろうか、それとも元の人間がこう言う人物だったのだろうか、メイドの動作はそう思うほどスムーズだった。
「カレッドさんって言うんですね。今まで知らなかった」
「なんだかローラン様にカレッドさんって呼ばれると変な感じがしますね。今まで聞かれませんでしたからね」
「ダメでしたか?」
今回は普通の目でカレッドを覗き込む。
可愛い目はしばらく封印だ。
カレッドさんには効かないようだしな。
「いや、ローラン様がそう呼びたいのでしたらどうぞ」
「ではそうさせてもらいます」
そういえば、俺はローランって名前なのか。
結構重要な事なので頭に叩き込んでおく。
「そうだ、庭でも行きませんか?」
カレッドさんは窓の外を指さして提案する。
庭には太い木が一本と、その他の草花が辺りに散っている。
カレッドさんは何か企みを感じる笑みを浮かべて外を見ている。
「何かあるのですか」
「それは、行ってからのお楽しみです。大丈夫。ご主人様の許可は頂いておりますゆえ」
よし、乗った。
なにかわからないが、チャレンジ精神は大事だ。
「そうですね。行ってみますか!」
外に変な竜とかがいるとか、エルフがいたりするのかな。
いや、本当にいい仕事をしてくれる。
窓からは見えなかった外の情景を想像してうっとりしている俺の手をまた引いてカレッドさんは外へ向かう。
ふうう、寒いな。
今の季節は冬なのかな。
草木の様子からは、秋の終盤であることがわかる。
俺が手をこすっているとカレッドさんが俺の肩を叩き、庭を指差す。
ご主人様の息子叩いていいのかよ。
別に痛くないけどね。
カレッドさんが指差す方を見てみると愕然とした。
今の俺より少し大きい少年が大木に向かって木刀を振っている。
これは、本当に剣の世界に来てしまったのか。
興奮してくるな。
しばらく二人でその少年を見ていると少年はこちらに気づき、練習を中断する。
少年はカレッドさんを見ていたようだが、やがて俺にも気づいた様子だ。
慌てた顔をして木刀を投げ捨て走ってくる。
足速いんだな、と思う間に少年はこちらにたどり着く。
「ど、どうしたんだ。なんでローランが外にいるの?」
「なんでも何もございませんよ。ようやくローラン様が自室から出ようとしたので、手伝っただけのことです」
今まで外へ出ようとしないとか……体から見てもう二、三歳だろうに。
元は貧弱だったのか臆病だったのか。
「そうか。それならいいや。もし、いやいや連れてこさせたりしたら、僕の木刀が黙ってないよ……」
木刀を掲げようとしたのだろうが、練習していた木の下に木刀は置きっぱなし。
少年は軽く赤面する。
カレッドさんはその姿を見てくすりと笑う。
よく笑うなあ。
「お兄さん? かっこよかったですよ。もう少し早く出れれば良かったんですが」
お兄さんかどうか分からないので疑問形で、小さめの声で言う。
従兄弟とか、幼なじみとかだったら困るしな。
「僕のことお兄さんって呼ぶの初めてだな。いつもはクリスって呼ぶのにな」
お兄さんで正解らしい。
いやしかし元の魂君は礼儀がなってない奴だな。
俺ですら元の世界でも兄はお兄様よびだったのに……あれ、お兄様の名前何だっけ。
俺がお兄様呼びの弊害を案じているとお兄さんの背後からごついおっさんがやって来た。
「おう、お前がローラン様か」
一人でお兄さんが練習しているだけかと思っていたが、剣を腰に差したおっさんが木の後ろから見ていたらしい。
うーん、口調と様付けが合わないな。
「カルタグルさん、今日はもう終わりでいいですか?」
クリスは申し訳なさそうに苦笑しながらカルタグルさんと呼ばれるおっさんにたずねる。
「おう、良いだろう。その代わり明日は素振りの回数百回増やすぞ。そいえば、ローラン様は剣やらねえのか?」
カルタグルさんと呼ばれたおっさんは俺に剣をやらないかと誘いをかけているのか。
俺は愛想笑いで返した。
「少し考えてみますね」
「おう。俺は待ってるぜ。お坊ちゃまよぉ」
おっさんことカルタグルさんは何となく有る門を通り帰っていった。
門番とかはいないのか。
「それで、何しに来たの?」
お兄さんは俺に向き直る。
「屋敷、の探検です」
カレッドさんを見上げる。
屋敷って呼んで平気だろうか。
カレッドさんも俺に見られているのに気づき、少し詳しく言う。
「ローラン様は屋敷を探検したいそうですよ」
「へぇ、僕が案内しようか?」
クリスは興奮したように身を乗り出す。
「案内してくれるんですか!?」
少し面倒くさいが好意を無げにする訳にはいかない。
俺は目を輝かせる。
「おう。ちょっと木刀片付けてくるから待ってろ」
そう言って木刀の置いてある木の下まで行き、木刀をもって家の裏へ駆けていった。
「私も、ついて行きますよ?」
「当たり前じゃないですか」
グッと親指を立てる。
まあ、他愛もない秘密を三人で共有というのも憧れるしね。
俺の世界ではそういう奴が居なかっただけに。