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第一話

男子家を出ずれば七人の敵あり、と言う。


…本当だろうか。

それは侍が生きていた昔の話で、今やそんな世界で生きている男は、ごく一握りにすぎないのでは無いかろうか。


男の戦いとは何か。

それは「どちらの方がより強いか」という、男の根源的価値を競う戦い。

それ以外の財力だの知力だのは、所詮は力という根源的価値を得られなかった脱落者の戯言に過ぎない。

だがほとんどの男はその脱落者である。


勝ち残ったごく一握りだけが、街で出会った瞬間

「やるか」

「やろう」

と、そういうことになって、

ぐにゃ~っと空間が歪んでいく…

刃牙や餓狼伝のような真の戦場で生きているのだろう。


ま、そちらの事情はそちらで語っていただこう。



今回は翻って女はどうかを語りたい。

女こそ、七人程度の敵では済まない、日々戦場の中に生きる修羅なのだということを。


女の戦いとは何か。

それは「どちらの方がより美しいか」という、女の根源的価値を競う戦いだ。



「…油断していたわね。まさかこんなところで…出会ってしまうなんて」

ちょっと近所のコンビニまで。

その程度の軽い道のりでも、人目につけば会敵は免れ得ない…それが女の宿命なのか。

まあ私の地元はかなりの繁華街なので、人に会わないのはほぼ不可能なのだが。


コンビニからの帰り道…横断歩道。

行き交う車を挟んで道の向こうとこちらで、一人の女と出会ってしまった。


遠目でもオーラでわかる。

奴は派手な外見をした美人…いわゆる『イイ女』だ。強者だけが纏うオーラを纏っている。


私は無駄な争いを避けるために変装していた。

帽子にメガネにラフな男装…と、一見すれば地味な女にしか見えないだろう。

だが、奴は確実に私の変装を見抜き、オーラを感じ取っているようだった。

私が…飛び抜けた『イイ女』であるということを。


イイ女とイイ女が出会った時、…戦いが始まるのはもはや必然であった。


誰が呼んだか、これは戦闘ならぬ、美闘。

美闘の戦場に生きる者は美闘士と呼ばれる。(誰によって?)


「…やる気?」

「ええ、やりましょう」

そんな会話が瞬時にかわされた。(ような気がした)

別に本当に口を開いて言葉をかわしているわけじゃない。

少年漫画でバッテリーやライバル同士が以心伝心会話するような、例のアレだ。

戦う男達同様、戦う女達の間でも、あのテレパシー地味た会話は可能なのである。


「そんな地味な格好で逃げる気だったなら、悪かったわね。でもこの三木悠里は、強者を求めて普段は激戦区渋谷で美闘を繰り広げている身…。こんな下町で出会った獲物…逃す気はないわ」

奴は舌なめずりする。

より美しい女と闘い、そして勝利する。それこそが自分の美をより高く証明する唯一の方法だと言うように。

しかしそれが美闘士のサガなのだ。

「問題ないわ。身にかかる火の粉は…払い落とす」

だが私もそんな美闘士の一人だった。強者と出逢えば戦わずには居られない。



ラフな格好で外に出たのは、無駄な闘いをしないためだったのだが…。

いざ戦うとなればラフな格好は不利にしかならない。だが問題はない。このまま…戦える。

背筋を伸ばして、前に組んだ手を横に下ろした。

美闘準備…完了。

それだけで、瞬時に私のオーラの量は数倍に跳ね上がった。



「く…わかるわ、私ほどの超一流には、隠していても貴女の強さがわかる。

でも、所詮は下町の女。この三木悠里の敵では無いわ…!」

私のオーラに呼応して、三木もオーラを高めている。

「…それはどうかしら。一般常識を一つ教えてあげる。『上には上がいる』ということを」

ピキ…と空気が凍りつく。三木は私の態度にイラッときているようだ。

絶対に…勝ってやる。そう決意したのがありありと見て取れる。

だがそんな決意、私はとっくに完了済みだ。


これ以上は言葉はいらない。

いや別に最初から喋ってないけどね。




青信号になった瞬間、世界が変わった。

幅10mほどの横断歩道。そこが私達の戦場となる。


私達は同時にまっすぐ歩き出した。

お互いの姿を視界の真正面にとらえられる位置。つまりこのまま進めば5秒後には衝突してしまう。

つまりはどちらかが道を譲るしかない。

どちらが譲るか、それは美闘の勝敗によって決まる。


この道を私の花道にできるか、奴の花道となるか…

美闘はそういう勝負だ。


…始まる。

そして、私達は息を合わせたかのように同時に、お互いの足へと、互いに目線をぶつけ合った。



Round1 足


目線の動きは下から上。それが不文律だ。

故にまずお互い足を下から見る。当然目に入るのは靴だ。

三木の靴はブランド品らしい、高価そうなエナメル質のハイヒールだ。

ややケバくて派手だが元々ギャル系のケバくて派手な三木には良く合っているのだろう。


一方私の靴はスニーカーである。

これから高校生、という年齢を考えればそうダメな選択でもないが、動きやすさは満点だが美しさは皆無に等しい。

これはもう言い訳のしようもない。初手は私の負けだ。

三木のジャブが決まった状態と言えるだろう。


足自体はサンダルならまだしも、互いに靴に隠れているのでチェックのしようもない。

一般的に小足の方が可愛いとされるが、バランスがとれていれば問題無いと私は思う。

一応靴のサイズ的に小足なのは私の方だが、奴の方が身長が高いのでバランス的にはそう代わりはなく、その程度で勝ち誇るわけにも行くまい。靴での負けの方が大きいだろう。

指の形、足爪の整い方など、細かく見ていけば決して負けないとの自負もあるが、スニーカーでは全くそれが見えないので加点にはならない。

せめてサンダルを履いていれば、愛らしく整った小指の爪の形なども加点になったのだが…。

こんな路上で靴を脱ぐのはさすがに頭がおかしいと思われる。

ま、足勝負は素直に負けを認めておく。



Round2 足首


続いて足首。

きゅっと引き締まった足首か、ゾウのようなだらしない太い足首かは極めて大きい。

私の足首は引き締まってアキレス腱のバランスも良くなかなか自慢の逸品なのだが、

残念ながら今日の私は綿ソックスとジーンズ。これでは自慢の足首も隠れてしまって台無しだ。

ハイヒールにストッキングで足首を露出している三木とは雲泥の差である。

奴の足首もなかなかに綺麗と言えよう。

細すぎて不健康にも思えるが、美闘において基本的には細さは正義であり、強さなのだ。

美闘が始まってからいきなりズボンの裾をまくり上げる、なんてのは美しくないので論外。

これで2連敗である。

ビシッ ビシッ とジャブ2連発を食らった状態。



Round3 脚


次はふくらはぎからふとももに賭けてのライン…脚をチェックする。

私は野暮ったいジーンズではあるが、股から脛までのラインが綺麗に出るという点では利点である。

私の身長158cmに対して股下80cmの、座高より長い脚が余すところ無く見えているだろう。

脚の長さにおいては私が上回っている。奴は身長165cmに股下は78cm程度。世間的にはスタイルの良い長い足と言えるが、ハイヒールで足を長く見せることでバランスを補えるレベルだ。

通常女性は男よりも胴長短足だ。それを隠す道具、ハイヒールを有効活用できるのは羨ましい。

私のように本当に脚が長い者がハイヒールを履くと、それこそコンパスみたいで逆に見栄えが悪くなっちゃうからね~。

…とはいえローヒールで可愛い靴などいくらでもあるので、スニーカーのいいわけはできないが。

自慢の足の長さで優位に立ったが…


しかしもう一つ重要な要素がある。それは脚の細さだ。

「…細っ」

一瞬動揺してしまった。三木の脚は細い。拒食症一歩手前かというくらいの細さ。

膝を閉じても手のひらがすり抜けるほどの隙間ができる。


私の健康的でむっちりした太ももとは大違いだ。

私だって別に太っているわけではない。筋肉と脂肪のバランスが良く、柔らかさと張りを兼ね備えた良いふとももだと自負している。

男が見てエロいのはこっちだと断言できる。


しかし美闘は女の闘い。女が見て美しいか、格好良いかが重要なのだ。

男が見てエロいかどうかなどどうでもいい。

女の価値観からすれば圧倒的に価値を持つのは、細さだ。


むっちりした健康美より病的な細さ、というのは客観的にはアホな価値観かもしれないが、

明日をも捨てた刹那の美への追求というのは、憧れを感じないでもない。

ま、「そう思うならアンタも拒食症レベルのダイエットをして細くすれば?」

と言われても、自分は嫌だが。

「いいなー。格好いいなー。まあ成りたいかと言われればノーセンキューだけど」

と言う感覚はわかってもらえるだろうか。


と、細い脚についてくどくど美点を説いたが、長い脚はそれだけで圧倒的な魅力だ。

細さで三木、長さで私なら脚勝負は互角と言って良いだろう。

奴の3発目のジャブは私のジャブで迎撃した。



Round4 ボトムス


むせる、ではなく下履きである。スカートやズボンの勝負だ。

とはいえ、奴のブランドっぽいミニスカートと私の安いジーンズでは…。


値段が高くても似合っていない、ちぐはぐな格好なら、安モノでも似合っていておしゃれに見える格好で十分対抗できる。

しかし奴は値段は高い上に自分のギャル系の雰囲気に良く合わせた着こなしで全く問題ない。


こうなると値段勝負でまず話にならない。そもそもとして私のジーンズは安物で、本来は美闘に使えるような代物ではない。

…だがしかし。私の美尻、美脚を包んでいると思うと十分対抗できる逸品に見えると言えないだろうか。


…あーいいですよ。素直にボトムス勝負は負けでいいですよ。

ち、ボトムズ勝負なら負けないのに…。あのコピペくらい素で言える。いやエヴァにガンダムもマクロスも普通に説明できちゃいますけどね。

次、次。



Round5 尻


さて、尻には私はちょいと自信がある。85cmの私の尻は、むっちりしたふとももからそのままぷりんとしたお尻のラインにつながる。十分な脂肪に包まれつつも、余分な脂肪は一切なく、垂れるなど論外。きゅっと切れ上がっていながら女性らしい丸みは十分で…、格好良さとエロさを併せ持っている。

三木の尻は76cmといったところか。私より7cmは背が高いだろうに、その尻は薄すぎる。

女は細ければ細いほどいいんじゃ無いかって?

胸と尻は例外だ。

尻はまあでかければでかいほどってほどではないが、セックスシンボルであるし、ある程度の厚みは必要だ。

細すぎると骨盤が無駄に浮き出て格好悪いし形も良くないものになってしまう。

奴の尻はそれだ。ダイエットは良いが、必要な肉までそぎ落としてしまうのは良くない。

というわけで、尻においてはまあ余裕で、私の丸い桃尻の勝ちだろう。

ようやく私のジャブが一閃した。



Round6 ウエスト


余勢を駆ってウエストへ。


調子に乗ってウエストへ。ウエスト58cmの私のウエストは見事にくびれている。

ま、ウエストにくびれのない美闘士など論外だが。

だぼっとした大きめTシャツを着ているのでウエストラインは隠れているが、日光の下で多少透けているし、腕を下ろせばウエストラインを強調するようにもなるので、足のようなハンデはない。


奴のへそ出しルックの方が、確かにウエストラインは良く見えるが。

しかし奴の魅力はそれだけではなく、ウエストは私を上回る53cmほど。全体的に薄いだけなのは間違いないが、ウエストの世界は細さが正義。細ければ細いほど偉い。

よってここは素直に私の負けだ。まあヒップからの落差は三木の方が少ないので私のくびれの方がはっきり見えるとかの言い訳もあるが。

しかしヤツのへそ…ちょっと形悪く無いですかね。横広だし。

私の綺麗なたて型へそ出していなかったのはむしろ残念だった。

私もへそ出ししていれば勝てたかもしれない。今からでもTシャツの裾を胸の下で結べば…

いや、そこまですることもないか。

奴の左フックが決まる。そろそろダメージが蓄積してきた。



Round7 トップス


奴の上着もブランドっぽい、ウェーブのかかったふわっとしたケープ状の衣装である。

虎柄っぽい派手な感じだが奴のギャル系雰囲気には良く似合っている。

ふわふわしているのにへそ出しというのもおしゃれ感がある。

値段は軽く数万だろう。おそらく買いたてで、今日が初披露。これから美闘を行うために用意した戦闘服だ。


対する私はラフなTシャツ…値段も知っている。たった1500円。まあはっきり言って勝負にはならない。

だが、奴なら気づくだろう。

ダボッとした大きめTシャツ…これが男物であるという事実を。

「…!」

奴の顔が苦痛に歪む。

朝からラフな服装で、男物の服を着ている女…。

そんなもの、彼氏の家にお泊りして、翌朝着る服が無いから彼氏に借りたという理由しかあり得ない!


…美闘の世界は男が入り込めない女の世界。

しかし男の存在は決して否定されない。むしろ男の存在は女を高めるステータスとなるのはもはや摂理。

同じ服やアクセサリーでも彼氏のプレゼントか自分で買ったかは全く違う。

男の服を着るというのは、中でも最上級のアイテムを身につけていると言っても過言ではない。

オートクチュールでも身につけているならともかく、自分で買った市販品では価格差など問題にならない。

私のフックが奴の脳を揺らした。


…まあ本当はお兄ちゃんのお古をもらって着ているってだけですけどね!



Round8 バッグ


ま、これはコンビニ袋とブランドバッグでは話にならない。完全に論外で私の負けでいいだろう。

…しかし、私が男物の服を着ていることを考えれば少し事情が違う。

コンビニ袋に入っている2つのアイス、2本のジュース…。

それは彼氏と一緒に食べるために、ちょっと買い物に出た彼女の姿に他ならない!

そのプレッシャーに奴もやや気圧されているようだが…、それでも、奴はブランドバッグを強く握った。


その使い込まれながらも手入れの行き届いたバッグを見た瞬間…、奴とそのブランドバックの思い出が、まるで見てきたように鮮明に流れこんでくる。

奴が慣れないバイトに苦労して、先輩にいびられ苦労して、そしてやっともらった初任給では全然足りず、何ヶ月か貯金して…やっと手に入れた初めてのブランドバッグ。

大事に大事に使っている、大切なアイテム。

…それが一瞬にして理解できた。

美闘士同士の共感覚である。


十分バイトに慣れて余裕を持って買ったであろう、新品の上着とは思い入れのレベルが違う。

これは彼氏云々は関係なく、私の負けだろう。異存は無い。

もちろん本当は彼氏なんていませんけどね! 勉強中のお兄ちゃんへの差し入れですけどね!


とはいえ負けは負け。奴のアッパーカットをまともに食らった感じだ。



…さて、ここまでのラウンドでは私は 2勝4敗2分け。

ボクシングならいい加減ダウンしていてもおかしくはない。


…とはいえ、私はダウンはしない。めった打ちにされながらも、私はダメージを受け流しているからだ。

本番はここからだと思っているからだ。



Round9 胸


さて。なぜTシャツ・ジーパン・スニーカー・コンピニ袋という、おっさんもかくやというダサい格好の私が、渋谷系ギャルと美闘を繰り広げられているのか、その理由を説明する頃合いだろう。

なぜ背筋を伸ばし、手を下ろせばそれだけで戦闘準備完了なのか…。


その一つは胸にある。

要するに私のおっぱいは…サイズ92センチ、Gカップのド迫力バストだ。

本来ダボダボであるはずの男物の大きめTシャツ…にもかかわらず、ぐーっと持ち上げてパツンパツンにするそれは、もはや圧倒的な凶器。

非常に大きいながらも胸筋と背筋を十分鍛えているので完璧な張りを保っており、ツンと上を向いた乳首がアクセントとなり魅力を演出している。


やつの胸は76cm程度か。

胸はでかい方が正義であり、強者である。細さが正義の美闘においても胸と尻は例外であるが、小尻という言い訳も存在する尻と違い、胸はさらに顕著だ。でかいほうが正義。強者。この絶対的法則は誰にも覆せない。

男オタクの世界には貧乳こそ正義でありステータス、なんて言葉も存在するがそんなのは所詮少数派。

巨乳こそ社会的正義なのだ。


ちなみに私は乳首についても自信がある。

巨乳には乳輪がでかすぎるなどのがっかり乳首が多い。

だが私の乳首は美しい桜色で、巨乳に対して小さすぎず大きすぎずでバランスも申し分なく、我ながら惚れ惚れする美しさなのだが、さすがにこんな公衆の面前で公開しては美闘どころではなく公然わいせつである。

お見せする機会がなくて残念だ。

奴の苦虫を噛み潰したような顔を見れば大ダメージを与えたことは一目瞭然だった。


私は持たざる者から嫉妬を浴びることは良くあるのだけど、胸に対する持たざる者の嫉妬が一番激しい気がする…何故かしらね(笑)。


私の第一の反撃が始まった。

あまりにも鮮やかな一撃は一瞬で三木の意識を刈り取り、あっさりワンダウンを奪ったようだ。

さあ次だ。



Round10 髪


ぐるりと視点を回して髪を見る。最後に顔を見るので、次は髪だ。

奴の頭は良く手入れされている。ロングヘアを綺麗にバランスよく茶色に脱色して、アップスタイルにまとめて編みこんである。

私にはあのヘアスタイルの名前はよくわからないが、価値はわかる。

美容院で相当金をかけて作り上げないとあれはできない。

維持するのも大変だろう。苦心の後が見える。


対する私の髪は…さて、丁度いい頃合いだ。そろそろ披露するとしよう。

私は帽子を…とった。

これくらいの仕草ならば歩きながらでも自然に行えるので、あえて事前準備はしなかったのだ。

その瞬間。


ふぁさ…!


黒く艶やかな長い黒髪が舞い踊り、降り注ぐ。

黒髪ストレートロングである。

そう一言で言い表せる単純な髪型…だが。


思い知るがいい。

黒とはいかに深い色なのかを。

黒髪の美髪をなぜ緑の黒髪と呼ぶのかを。


黒はただ深く、沈み込むように重い。

だがそれは清純さ、純粋さ、和の美を示している。


だが、一度光が指すと…。


その瞬間、雲が切れて一筋の光が刺した。

まるでスポットライトのように。


日光の中で…。

黒は光を吸収する色だが、強い日光の中では光は反射される。

それは翠にも藍にも、まるで虹のように輝く。

光を放つその様…まるでそれは天使の輪のように、天使の羽のように。

完璧な瑞々しさと潤いを保った私の髪は、天頂から毛先までその光に満ちている。


時が止まった。周囲が凍りついた。

これまでの美闘は所詮は二人の世界。チラチラと横目に見る者はいても、気がつかない者は気がつかない。

そんな世界の片隅の出来事だった。

…だが、美しい黒が流れ落ちるその姿は、一瞬でその場のすべての人々の目を釘付けにした。

他を圧する美が降臨した。


奴の髪は苦心されているだろう。高い技術で作り上げられているだろう。

だが、銀細工がいかに精巧でも、数倍の量の100%の黄金のインゴットより価値が出せるだろうか。


真の美を持たぬが故に脱色するしか無かった女と、手を加える余地もない黒の美髪。

たとえギャルでも日本人ならばその価値の差くらいはわかるだろう。

私の圧勝だ。


三木がふらふら起き上がってきたところに、これ以上無い角度と破壊力で叩きこまれた2撃目は最高のジョルト・カウンター。

三木の体力を根こそぎ奪い、ツーダウンを奪った。


Round11 顔


二人の距離はだいぶ近づいてきた。やっと私は正面から三木の顔を見る。

視線と視線がぶつかった。

奴はなかなか美人だ。もう少し大人かと思っていたが、高校2年生くらいだろうか。

学生の割には化粧の技術が高く、リップ、マスカラ、アイシャドウなどのバランスも良い。

日焼けした肌も引き締まって見える。

ギャルなので明らかに派手目だが渋谷ではさぞ映えるだろう。

どこの学校に行っても、クラスで一番の美人ないしはトップカーストの美人グループの地位は揺るぐまい。


対して私はどうか。ここまで来たら、伊達メガネも外すとしようか。


三木の顔が凍りついているのがわかる。目は驚愕に見開いている。

人はたいてい、美しすぎるものを見るとそんな顔をするものだ。

三木だけではなく、横目に見ている周辺の通行人達も同じ顔をしている。


大きな瞳と長いまつげ。その深い瞳の輝きが印象的だとよく言われる。

肌は雪のように白い。その中に黒い瞳のコントラストは見るものに強烈な印象を与える。

バランスよく整った鼻と口、リップもつけていないのに潤いに輝いている。

頬のラインから顎のラインは絶妙で精緻なたまご型を描いている。

眉毛も特筆すべきだろう。整えるまでもなく細く整っている。

剃って書いただけの眉毛と違い自然な陰影を描いてい上に、故に無駄な毛穴の後すら存在しない。

それらは無論整形などではなく、整形のような不自然な整い方はしていない。あくまで自然だ。

私は天然100%の完璧な美少女だった。


良く男は化粧が派手な女より、すっぴんやナチュラルメイクの方がいいと言う。

それは化粧しなくても美しい女を希望しているのであり、一般の女がそれを真に受けてすっぴんで男に会えばドン引きされることこの上ない。奴らは所詮化粧して美しく着飾った女しか美しいと思わない。

だが私ならば150%その需要を満たせる。満たすどころか明らかなオーバーキルだろう。

生まれながらにして美しすぎるが故に、美を高めるあらゆる努力すら卑怯と思えてしまう、美界の花山薫。それが私だ。


もはやそこらのアイドルレベルでも相手にならず、二次元で勝負できるレベルである。

もはや勝敗を論じるのがかわいそうになる次元である。


これまでの敗戦もひっくり返る。

こんな美少女がこんなラフな格好で街を歩いているなんて、と、ギャップ萌えが発生する。

美少女なら何を着ても美しいという法則が容赦なく牙を向く。


最後の一撃…。

私の美貌は戦闘力で言えば、狂的な握力で握り込めた、鋼鉄の拳による殴打に相当しよう。

三木悠里は花山を前にしたユリー・チャコフスキーのように吹っ飛ばされることとなった。



「…」

ここまでの所要時間はほんの2~3秒。

それで勝敗は決した。

三木はもはや完全に絶句し…がっくりとうなだれた。


もし勝負をまだ続ける気なら続けても良い。だいぶ二人の距離は近づいてきたので、さらに二の腕の太さや指の長さ、爪の形と手入れ具合など、まだチェックできる項目はあるのだ。

そうなれば、さらなる追撃…握撃でも食らわせて再起不能にするまでだ。

しかし…


す…


三木が真正面から来る私を避けて、道を譲る形になった。

敗者が勝者に道を譲る…。それこそが、最もわかりやすい美闘の結果の証明だった。


ユリー・チャコフスキーと違って心が折れた、などとバカにする気持ちは全くない。

私は三木悠里を深く尊敬した。

美闘は負けを認めるのが一番難しいのだ。

所詮美など相対評価、お互い自己申告にすぎない。

負けたくない、が高じれば『私はまだ負けていない』と頑固に固執することにもつながる。

お互いの目にも、第三者の目にも、勝敗は全く明らかなのに、負けていないと主張する。

暴力で争うならば、ボコボコにされ気絶させるか、最後には殺してしまえばそんな主張を続けさせることは不可能だが、体が傷つくわけではない美闘ではそれは可能だ。

だが、そんな醜道に陥った者はもはや二度と美闘士と呼ばれることはない。


三木悠里…敗れたりとはいえ、彼女もまた一流の美闘士であった。

私もいつか私を上回る者に出会ったならば、その時は敗北を受け入れるつもりだ。

…少なくともその覚悟で美闘を行っている。


「貴女…名は?」

通り過ぎる時、悠里が問いかけてくる。

「葉崎薫子」

私は答えた。


「渋谷に…来なさい。貴女なら通用するかもしれない。でも…渋谷には貴女よりイイ女はいくらでも居るのよ」

「…ええ、いずれ行くわ、悠里さん」

そう答えると、悠里はふっと笑った。ギャル系できつい容姿に思えていたが、笑うと愛嬌が湧いて一層魅力的であった。


私達はなぜ戦うのだろうか。

戦いさえしなければ、敗者も生まれないというのに。

そうすれば、『女の子は誰もがみんな世界で一番のお姫様』なんて、そんなあり得ない欺瞞をお互い抱いていられるのに。

…だが、それでは満足できない女達が確実に存在するのだ。

それこそが美闘士。


私はこの修羅の道を歩み続ける。

美の頂点に立つその日まで…。



終わり。


初投稿です。手始めの一発ネタです。続きもありますが一話完結でも良いかなと思っています。

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[一言] すごく好きです!! ジョ○ョ的なノリというか、こう、独特な雰囲気がとても好きです!
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