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人生形成の幼児編 前編

別に何てことなかった。ただ、みんながいつの間にか、「りんご」とか「ごりら」とか本当にいつの間にか覚えたように私の中にもいつの間にか存在していた“記憶”があっただけ。


それを言葉に出そうとすると、何故か誰にも言うことができなくて、声にならなくて、私は無意識にそれを心にとどめておきながらも知らないふうに装って生活していた。


まわりからよく達観していると言われて育ったけど、前世の何年分かの“記憶”があるのならそんなものでしょ?


▲△▲△▲△▲△▲△



「なにしてるの?」


スリランカの複雑な国旗を見つめ、まるでライオンか何かのように唸っていた私に話し掛けてきた少年、新藤くん。


幼いながら将来有望だなと思わせる整った顔立ちをしている。


少し釣り上がり気味な瞳がちょっと意地悪な彼にぴったりで、艶やか黒髪は天使の輪を浮かべ、まあ、とにかくイケメンなのだ。


「スリランカ描いてるの」


新藤くんには見向きもしないでぽつり。


丁度私はスリランカ民主社会主義共和国と枠の中に文字を書き入れたところだった。

私の保育園は結構、子どもに教育をしてくれる。それは私が今やっているように国名を覚えたり、他には裁縫だとか茶道だとか、種類豊富広く浅く色々なことにチャレンジしている。


しかしながら字を書くというのはなかなか神経がすり減らされる。私は両利きになろうとひたすら左手で文字を書く練習をしている真っ最中なのだ。


ちなみに国旗にも色をつけて描かなくてはいけないのだが、そこには手をつけていない。あのライオン難易度高過ぎだろう。


だがしかし。

私はライオンが好きだ。描いてみせようぞ。


「ふーん。楽しい?」


「うん」


スリランカの首都名はスリジャヤワルダナプラコッテという。覚えておけば役に立つはず、きっと。


ちなみにスリランカが主に知られている(多分)一番長い首都名らしいが真実は違うらしい。


タイの首都はバンコクなのだがバンコクは日本がそう呼んでいるだけで正式名称はかなり長い。


それはクルンテープマハーナコーンアモーンラッタナコーシンマヒンタラー「おまえよわっちいんだから少しは外であそべよ」


「やだ」


ちょっと乱暴な新藤くんの言葉遣い。新藤兄の影響らしい。教育上よくない。女の子にはモテるらしいけど。


あ、バンコクはまだまだ長いんだよ。ユッヤーマハーディロックポップノッパラットラーチャターニーブリーロムウドムラーチャニウェートマハーサターンアモーンピマーンアワターンサティットサッカッティヤウィッサヌカムプラシット、でおわり!


もとから知っていたわけではなく本を見た。これは覚えていても仕方がないような気がするのでスルーだ。


アモーンとピマーンの語感がなんとなくお気に入りである。


「新藤くん、私は気にしないで外で遊んで来なよ」


まだ近くにいた彼にそう話しかけた。元気に遊んできなさい!今どきブランコ乗りません、お姉さんは。今どき鬼ごっこしません、お姉さんは!今はたしかに園児ですが精神年齢はお姉さんなのよ、新藤くん。


「…お前がいないとつまんないんだよ」


思わず文字を書く手をとめて、彼を見た。

デレた。デレた!新藤くんが、デ・レ・た!


生意気で今どきの好きな子にはちょっと意地悪してしまうような男の子の新藤くんがデレた。これはビックニュースだ。もぅ、かわいいな!


思わず手のひらを彼の艶やかな髪の毛に伸ばし撫でそうになったところで私の肩が、やわらかくとんとんと叩かれる。


「お花、あげる」


温かな陽の色に満ちたふわふわの髪の毛は自然にセットされ、穏やかなブラウンの瞳を際立たせる。


私を見つめる瞳。癒し系男子。


「私にくれるの?」


「ん、もらってくれる?」


「ありがと、葉月くん」


新藤くんの後ろから顔を出してきた男の子、名前を葉月 ルカという。美幼女フェイスを持ち合わせたハーフの少年だ。


入園時には様々な男の子を虜にしたうえに女の子たちの大事に育て上げられた自尊心を打ち壊した伝説を持つ。


その所為でみんなからはちょっと距離を置かれているという可哀相な子でもある。


ルカはLouisと書く。フランス人の祖父母から付けられたそうだ。


詳しくは知らない。ちょっと家庭事情は複雑っぽい。


葉月くんから貰ったたんぽぽ。つまり雑そ、げふんごふん花である。荒野でも絶えず咲く勇敢で我慢強いやつである。あとシロツメ草。シロツメ草。シロツメ草についてはよく知らないので何も言うまい。


ブーケのようにまとめられ、葉月くんと同じ色の陽の色のリボンが結ばされていた。


花束を同年齢の男子(しかし園児)からいただくなんて。


こいつもこいつでませてるな。と思う。最近の子どもは成長が早いよ、お姉さんさびしい。


「…、ルカ邪魔」


「いきなりなに、オトヤ」


ちょっと遠目に見られていた彼、葉月くんにも生まれたときから一緒だという幼なじみがいた。それが新藤 音弥、黒髪の彼であった。


だがしかし。


今の雰囲気は険悪そのもの。なんだおまえら、目の前で喧嘩すんな、おい。

しらーっと最初から傍観に徹し、眺めていた私はいつのまにか彼らよりスリランカに目を向けていた。繊細にライオンを書くことばかり考えていた。ちなみに葉月くんからいただいた草たちは押し花にしてしおりを作ったよ。マイママンと一緒に。助かったよ、ママン。



私は保育園に通いつつ、習い事をいくつかこなすような生活を送っていた。習い事は母や父がやれと言ったものではなく、自主的にだ。

前世の私にはこれといった特技というものはなかったので今のうちに何かを極めておこうという不純な動機である。特技というものは面接で結構役立つだろう。


「とりあえず今日は素振りから」


目の前で威圧感をバリバリ放つ初老が言う。白いお髭がとてもダンディである。


私たち“門下生”は元気良く返事をした。


「構えがブレているぞ」


「はい!」



しかしなんというかどこまでも厳しいのだ。この老人は。

とっくに現役は引退しているものの毎日15キロは走っているという化け物じみたじいさん。


不純な動機で入ったとはいえ、どうせならどこまでも強くなってやるよ!とスポコンものもびっくりの決意を私は固めているので精一杯取り組んでいる。良い汗かくぜ。


「外周の時間だ」


「はい!」


うむうむ。まずは基礎や体力作り。基本ですね。


“剣道”それは今のスポーツ界では少しばかりマイナーな競技だった。



そしてもう一つ。


「もうちょっと情熱的にタッチ出来ないのぉ?」


まったくもお!彼…、うーん、彼女?が怒った。いつも言うが情熱的ってどんなだろう、と思いつつ鍵盤から手を離した。

情熱的っていうのだからちょっと熱くなって弾いてみればいいのか、と思ったが「乱暴に扱わないで!」と以前言われた。なんなんだ一体。これ、たぶん向いてないな。


体は男、心は女、そんな先生はがたいのいい見た目に反し、とても繊細な音を奏でる。陳腐な言い方しか出来ないがうっとりするくらい綺麗なのだ。


見学に来て聞いたときに一目惚れをした。それで入ることを決めたくらいに人を魅了することの出来るものなのだ。


「ほおら、ぼーっとしてないでちゃっちゃか動く!」


ちゃっちゃかって不思議な擬音語だなぁ。私は再び、それに向かって集中することに努めた。もっとがんばろ。


二つ目の習い事は定番も定番、ピアノである。


他には近所のそろばん教室に行き、通信教材で習字、英会話をやっている。なかなかにハードな毎日である。英才教育と言えど、やりすぎ感が否めない。

私的には幼いときほど時間があると考えているし、幼いときほど頭は吸収しやすくなっているため、これだけの習い事に通わせてくれる親には感謝申し上げる。ありがと、父ちゃん母ちゃん。感謝感謝の毎日だ。



「ん?ここ間違えてるよ」


そう言ってプリントを指差した隣の住人。小学3年生の山瀬くんだ。


「あ、ありがと」


私はそろばん教室で異例の大出世を行い、かけ算をぶっ飛ばしてわり算をやっているため周りには小学3年生などが多い。

幼稚園からでもそろばんを習う子たちはわりといるので小学生辺りはあまり年齢には拘ってないようだから私が異端視されるようなことはなかった。

読み・書き・そろばんとはよく言ったものだ。最年少は四歳で九九を覚えた子すらいた。凄いなー。


しかし記憶があるというのもまたそれなりに厄介なものだった。


そろばんを使い、慣れる前に頭で暗算をしてしまう。始めは簡単な計算を行うから尚更だ。つらい。


「山瀬くん、お母さん来てるよ」


「あ、本当だ。なんの用だろ」



山瀬くんはもう足し引き算かけ算わり算は完璧の域の数字に強い男である。ついでにわりと整った顔をしている。そして私にショタコン趣味はない。


しかしまあ、子供の脳ってのは立派なもので。するする頭は覚えていく。知識や感覚から何から何まで覚えていくのだ。

そして結果が伴うので達成感や満足感がすごく多い。たのしい。


それに私は理性が働いて知的好奇心というものは人一倍なため、この幼少期の向上量は半端なものじゃなかった。


武道(剣道)をやっているため体は強いし風邪は引かないが、しばしば知恵熱でくらりとすることがあるけれども。



幼稚園でも然り。

「…先生、少し図書室開けてもらっていいですか」

「あら、大丈夫?お母さん呼ぼうか?」

「少し休めば大丈夫」


頭痛い~。積み木で空間図形の復習していたのが駄目だったのか。いや今までの積み重ねかな。


「こっちが温かいわね。少し肌寒いからここら辺で座ってて?」

「ありがとうございます」


図書室といっても私がそう呼んでいるだけでただの資料室だ。


少しの本が収納されているが、それは園児達があまり読まないものばかりなので奥に追いやられた。そんな本たちが置いてあるため私はここを図書室と呼んでいた。


そんな静かな空間は結構お気に入りである。

最初に頭が痛くなったときにばら組の先生が連れてきてくれた場所でもあった。


それから頻繁に訪れる私に気を使ってばら組先生は小さな私サイズの椅子を陽がやわらかく照らす窓際に設置してくれた。


「はい、これどうぞ」


渡された膝掛けを受け取りぐったりしたまま再びありがとうと口にした。動きづらそうにしている私に気を遣い、先生は膝掛けを広げてかけてくれた。そして静かに、自分用の椅子に腰掛けて私の頭を撫でていた。


私はばら組の先生が一番ここで好きな人間である。


少し言い方がおかしいけれど、一番好きな性格をしているのだ。そして美人さんなので見た目も好きだ。

子どものことを人一倍見ている人。

あまり話し掛けず、ただ隣にいてくれる。ほんと、やさしいなあ。

彼女は他人を思いやる気持ちが俄然強い。叱ることも褒めることも上手い。子どもの扱いも立派に出来ている。保育士は彼女にとって天職だろうと思うほど。こんな子どもらしくない私の扱いもしっかり心得ているし。


柔らかく頭を撫でつつける手のひらが、じんわりと心まで温めてくれた。


知恵熱というものは厄介だが、彼女を独り占めできるこの空間を与えられていることはとても幸運に思った。


「横になる?」


ふるふると首を振りながら、窓の外に目を向けた。

いつも外で遊ぶ新藤くんと今日は砂場で遊ぶらしい葉月くん、鉄棒で逆上がりを練習すると言っていた宮崎さんがいないことに気が付いて私は口元を緩めていた。



あまり時間も経たないころに聞こえた騒がしい音。


それに気付いたのはどうやら先生も同じらしく「あら」と呆れた声をもらしながら微笑んだ。

ごんごん、と控えめとは言い難いノックがされる。


迎え入れる言葉をかける前に扉は勢いよく開かれた。おい待て。


「大丈夫!?」と騒がしく入ってきたのは予想どおり宮崎さんを筆頭とした4人組。新藤、美作、葉月である。たぶんお見舞いの類だろう。そうは見えないけど。


しかしだなあ。


「ドアを乱暴に扱っちゃだめよ?」


そうそう。私のかわりにそう言ってくれた先生。それに宮崎さんが不貞腐れたようだったので私から軽く説教しておいた。軽く。

でも私のために来てくれたらしいのでありがとうと言っておく。一応。別に照れているわけではない。うむ。

しかしまあ友人たちのおかげか大分頭の痛みが和らいだ。むしろなんで。


「私戻りますね、先生」


「悪くなったらすぐ言うのよ?」


こくりと頷いて私は扉でにこにこと待ってくれている友人たちのもとに向かった。


私は友人たちのことを大分他人行儀で扱っているけれど、友人たちは私のことをしっかり見ていた。


幸せだ、と思う。



「鉄棒しようよ!」


「おにごっこしようぜ」


「あっちに綺麗なお花咲いてたんだ、見に行こう?」


「お絵描き、しよ?」



上から宮崎、新藤、葉月、美作。

おまえら少しは協調性を身に付けろ!とも思う。和やかな日々である。


ちょっと騒がしい私の園児生活はそんな四人とともにある。実は結構たのしいとか。そんなことは秘密だ。


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