猫被り
「この街はすごい積雪量ですね。長靴がないと歩けないなんて……。お嫁にきたら大変そうです」
「…………」
「たまにはこうして雪を踏みならしながらお話するのも良いものですよね。最近はずっと家の中にいましたから、運動不足気味でしたし」
「…………」
「あなたのご両親、とても優しそうな方々で安心しました。私たちのためにお部屋まで用意してくださって」
「…………」
「あの、さっきからどうして何も喋らないんですか? 私、何か気に障るようなこと言ってしまったんでしょうか? 独り言みたいで寂しいので、なにか返事してください」
「えーっと、誰?」
「はい……? 私は私ですけど、どうかしましたか?」
「いやいやいやいや、どうかしてるだろ。なにその変わり身、いつもの君と全然違うじゃん。そりゃ僕んちの親も恐縮するよ。良家のお嬢様か何かと思われてるよアレ」
「ああ、そういうことですか。少し窮屈に感じるかもしれませんが、こちらにいる間はこの性格で通させてください。ふとした拍子で素に戻るのが恐いんです」
「猫被るってこういうことを言うのか。素とか以前に君が恐いよ」
「第一印象というのは大切ですからね。始めからありのままの私を見せるわけにはいきません」
「うん、とても好印象だった。欲を言うなら普段からその貞淑な感じでいてほしい」
「あはは……それは無理な注文です。今の私は、例えるなら拳法の達人が関節を外して老婆に変装しているようなもの。ずっとこの状態が続けば本当にこの性格になってしまいます」
「それでいいよ。むしろそれがいいよ」
「もう、酷いこと言わないでください。ふぇ……っしゅんっ!」
「大丈夫? そろそろ暗くなってきたし、家に戻ろう。っていうか、くしゃみもいつものどへっくしょちくしょいじゃないんだ」
「い、言わないでください。なんだか恥ずかしいです」
「会ったばかりの頃の君みたいだな。あの時も猫被ってたのか」
「もちろん初対面の方に対してはこの性格で接していますよ。別に騙しているわけではなく、礼儀としてです。でも今回はなんだか騙しているようで、少し気分が悪いですよね」
「どの口が言うんだ。と本来なら言うところだけど、普段とギャップがありすぎてなんて突っ込んだらいいかわからない。僕もこっちにいる間は君に優しくしようかな」
「ふふ、無理しなくていいですよ。そのままでも十分あなたは優しいですから」
「……あれ、おかしい。違和感で胸が押し潰されそうだ」




