ヒーロー
コタツの中で足を温め、窓の向こうの夕焼けと街の灯りを見つめながら。
一日の終わりに、二人は他愛ない会話を始めます。
「滅亡しませんでしたね、人類……」
「なぜそんな残念そうに。早まった真似しなくて良かったね」
「別に早まってくれても良かったんですが。実際に人類は滅亡しているけれど、私は一人だけ仮想現実世界で観察対象として生かされている、という展開はないんですか?」
「SFの読みすぎだ。どうとでも考えられてキリがないだろ」
「あなたは本物のあなたですか?」
「なにげに証明しようがない問題を投げかけてくるな」
「証明ならできます。本物のあなたなら身長178センチで痩せ身ながら筋肉質、お金持ちでよく気が利いてファッションセンスもあり、私のどんな要求も受け入れてくれるはず」
「鍵穴を歪めるな。鍵が入らなくなる」
「無理矢理ねじ曲げれば入ります」
「鬼か。とにかく僕は本物だし世界は滅んでない」
「もしかしたらどこかのヒーローが人知れず世界を守ってくれたのかもしれません」
「まだ続くのかその下らない妄想」
「私は救世主たる彼もしくは彼女に心の中で感謝するのです。そしてそんなことは露知らず、今日も平和な日々をのうのうと享受しているあなたたち一般人を見下して優越感に浸ります」
「なるほど、宗教ってそうやって生まれるんだね」
「おそらく世界を救ったヒーローは自分の記憶すらも消去し、周りの人間と同じように世界滅亡をネタにしている……はっ! 実は世界を救ったのは私だったという可能性が!?」
「ないよ。強引に自分を祭り上げようとするな。百歩譲ってそんなやつがいても、それが君ってことはあり得ない」
「むぅ……普段の言動が言動ですから信じてもらえないかもしれませんが、あなたが知らないところで私は活躍しているのです」
「へえ、例えば?」
「あなたの外出中に掃除したり」
「帰ってきて部屋が片付いてたことなんて一度もないぞ」
「あなたのベッドの下にアダルティックな本を突っ込んでおいたり」
「余計な真似するな。お母さんの逆バージョンか」
「あなたが寝ている間にこっそりおやつを食べたり」
「こっそりの意味ないよね。犯人は一人しか考えられないから」
「私を好きになるよう熟睡中のあなたに暗示をかけたり」
「最近疲れが取れないと思ったら君か。何の効果もないから安眠妨害はやめてくれ」
「私に突っ込みたくなーる。私に突っ込みたくなーる」
「あ、効果あるかもしれない。僕の脳は意味取り違えてるっぽいけど」
「ね? まさに縁の下の力持ちでしょう?」
「家鳴的な意味でなら」
日は山に隠れ、星々が輝き出しました。
月が今日を急かしていますが、二人の一日はまだ少しだけ続きます。




