寿司
コタツの中で足を温め、窓の向こうの夕焼けと街の灯りを見つめながら。
一日の終わりに、二人は他愛ない会話を始めます。
「今日も私が料理ですか。いい加減飽きてきました」
「まだ三日目なんだけど。それに練習なんだから飽きる飽きないは関係ない。一人でできるようになるまで続けるの」
「えー、展開的な意味で飽きてきました」
「急にメタるな」
「で、今度はどんな失敗作を作ればいいんですか?」
「自分で失敗作って言うな。今日は寿司」
「す、すし? あのちょっとリッチなリーマンがザギンで食べてテクシーでドロンするシースーのこと……?」
「いつの時代の人間だ。テクシーのくだりいらないしリッチならタクシーに乗れ」
「やる気が湧いてきました」
「それじゃ酢飯作るぞ。熱いから気をつけて」
「うわ、本当にお寿司なんですね! ネタは何があるんですか?」
「キュウリと納豆と卵焼きとツナマヨ。それから一応カニカマもある」
「……それシースーじゃないです。魚要素はどこに?」
「ツナはマグロだし、カニカマはタラだけど」
「加工済みではなく」
「贅沢言うな。ほぼ確実に失敗する料理にそんな高級食材使えるわけないだろ」
「高級って……単に買いに行くの面倒なだけでしょう……こんなとこまでネタ切れじゃなくても……やる気なんて幻想でした……」
「ぶつくさ言いながら混ぜるな。さいわいご飯が熱くても問題ない食材ばっかりだから、アツアツを食べられるぞ」
「お寿司って人肌の温度でいただくものだと思ってたんですけど……」
「酢とご飯がムラなく混ざったら、まずはカッパ巻きから作ろうか。キュウリ切って」
「あの子はもう私の子供じゃありません!」
「久離を切る必要はない」
「ただご飯にキュウリ埋め込んだだけの食物が大層なお名前ですね。なんでカッパなんでしょう?」
「カッパの好物がキュウリだからじゃないの? きつねうどんとかと同じ系統だろ」
「なるほど。カバの好物がうなぎだったとは」
「蒲焼きは違う。うなぎに限ったもんでもないし」
「ハトの好物がサブレだったとは」
「それも違う。いや、実際食べるだろうけど」
「チェリーボーイは」
「もう意味わかんなくなってきたからそのへんにしてカッパ巻きに戻れ」
「尻子玉も好物でしたよね、カッパ」
「カッパ巻きの話に戻れって意味じゃない」
「おらに尻子をわけてくれー!」
「尻子玉作ろうとするな」
日は山に隠れ、星々が輝き出しました。
月が今日を急かしていますが、二人の一日はまだ少しだけ続きます。




