ジョギング
コタツの中で足を温め、窓の向こうの夕焼けと街の灯りを見つめながら。
一日の終わりに、二人は他愛ない会話を始めます。
「趣味探し、まずはジョギングから試してみようということで、昨日ひとっぱしり行ってきました。五キロ」
「健康には良さそうだね。でも初めから走りすぎじゃない? あんまり無理すると続かないぞ?」
「筋肉痛すごいです。死にそう」
「死にはしないだろ。でもやっぱりか」
「うぎー、じっとしてても足がジンジンします。ちょっとマッサージお願いしていいですか?」
「仕方ないな……。やる気になるのはいいけど、のっけからそんなに頑張るもんじゃないよ」
「オリンピックに出ようと思ったので」
「目標がジョギングの域じゃない。そこで見栄はってどうする」
「どうせやるなら一番になりたいじゃないですか」
「その真剣さは別の場面で発揮しろよ。息抜きでも気分転換でもなくなるから」
「あ、太ももの内側のほうお願いします。ふくらはぎも」
「はいはい」
「もっといやらしくこねくりまわしてください」
「なんだその言い方。こう?」
「ああ、そうです。でももうちょっと右……あ、行き過ぎです……ああ、そこっ……あんっ……あんっ……ああん!」
「変な声出すな!」
「いやぁ気持ちよくって。あなたマッサージのセンスありますね。趣味にマッサージなんてどうですか?」
「百パーセント君の都合じゃないか。僕に何の利益もない」
「女性の体を思う存分触れることが利益ではないと? 今だって別に関係ないとこ揉んでもいいんですよ?」
「……確かにこれ、精神の鍛練にはなるかも」
「カーマ・スートラとか読んで勉強したらいいと思います。たぶんもっと気持ちよくなれるので」
「それマッサージの本じゃない気がする。で、今日は何キロ走るの?」
「この筋肉痛で走ったりしたら足が千切れ飛びます」
「オーバーにもほどがある。まあ今日は休めば? 夕飯にするから運ぶの手伝って」
「うぐぅっ……一歩も動けません」
「おい。五キロ走ったくらいでそこまで酷いわけないだろ」
「この分だと一人でお風呂に入るのも無理そうです。あとで一緒に入ってください」
「じゃあもう今日は風呂に入るな」
「これで筋肉痛が治ったらまた五キロですねー。一日おきに動けない日がくるわけですかー。大変ですねー」
「……もうジョギングするな」
「あなたが言うなら仕方ありません。他の趣味を探しましょう」
「僕をギブアップの口実にするな」
日は山に隠れ、星々が輝き出しました。
月が今日を急かしていますが、二人の一日はまだ少しだけ続きます。




