食べ物の恨み
コタツの中で足を温め、窓の向こうの夕焼けと街の灯りを見つめながら。
一日の終わりに、二人は他愛ない会話を始めます。
「あのー……」
「いただきます」
「非常に美味しそうなカレーライスなんですが、私の分のご飯はどこでしょう? お昼ご飯もまだ……」
「浴槽にカップ麺が入ってるよ」
「……本気で言ってます? さすがにお腹を壊すというか、まだ片付けてなかったんですね」
「僕が片付けるわけないだろ。君が食べるつもりで作ったんじゃなかったの?」
「あわわ……謝りますから、どうかそれだけは。私なりの配慮だったんです」
「どんな判断だ。カップ麺ドブに捨てたようなもんだってわかってる?」
「もうしませんから。私にもご飯を……。もうペコペコで、今ならお腹の音でジャンケンできますよ」
「それグーしか出せないだろ」
「腹の虫がおさまりません」
「それ僕のセリフ。君は一度飢えることで食べ物のありがたさを知るべきだ。前から思ってたけど、自己中心的すぎる」
「個人主義的と言ってください」
「個人主義なめるな。ここでいう自己中心は自分の中の尺度でしか物を考えないって意味だよ。君はカップ麺風呂で喜ぶのかもしれないけど、僕はそうじゃない」
「私だってカップ麺の入ってるお風呂なんて嫌です。ただ単に面白いかと思って」
「こいつ平手打ちしてやろうか」
「きゃあドラスティックバイオレンス!」
「ドメスティックね。そこまで過激な暴力じゃないから。とにかく、ボケるならせめて常識を考えろってこと」
「常識的なボケなんて面白くないです。そこは私とあなたの漫才性の違いですね」
「音楽性の違いみたく言うな。僕は君と漫才してるつもりなんてない」
「たぶん周りから見たら夫婦漫才にしか見えませんよ」
「うるさい。いいから反省しろ」
「ごめんなさい。今後食べ物を粗末にしたりはしません」
「それだと君の場合料理できなくなるけど……。はい、カレーライス」
「ああ、やっといただきますと言えます」
「美味しい?」
「もちろん! まずいわけないでしょう」
「良かった。手間かけた甲斐があったよ」
「具の中の麺みたいなものが、カレーとよく合いますね。なんですかこれ?」
「秘密」
日は山に隠れ、星々が輝き出しました。
月が今日を急かしていますが、二人の一日はまだ少しだけ続きます。




