いい風呂
コタツの中で足を温め、窓の向こうの夕焼けと街の灯りを見つめながら。
一日の終わりに、二人は他愛ない会話を始めます。
「今日はいい風呂の日ですね」
「十一月ってなにかしら記念日が作れるよね。『いい』で始められるからだろうけど。いい夫婦だとかいい風呂だとかいい肉だとか」
「残念ながらいい夫婦の日は逃してしまいました」
「そもそも夫婦じゃないし」
「まだ夫婦じゃないことが驚きですよ。思えばあの日に入籍しておけば良かったんです」
「急展開……でもない気がするのが恐ろしい。なんだこの外堀を埋める早さ」
「さぁ、そのぶん今日はいい風呂の日を満喫しましょう。というわけで、一緒に入浴しませんか?」
「そうくると思った。二人で入ったら狭くなっていい風呂にならないからヤダ。一人で入れ」
「狭いのがいいんじゃないですか。意図せず密着してしまう感じが」
「明確な意図が見えるよ。僕はもっとゆったり入りたいの。それじゃ疲れが取れないだろ」
「むしろ疲れますかね。明日は腰痛で起きられないかも」
「風呂に入るだけが目的じゃないよね、君」
「そりゃあ若い男女が一緒に入浴してなにもないわけないでしょう。水の掛け合いに始まり、ふざけあっている内にだんだんエスカレートしていくのです」
「妙に生々しい妄想やめろ」
「洗いっこしている内にエスカレートしていくパターンがいいですか?」
「一人ずつ入浴してエスカレートしていかないパターンがいい。いい風呂の日だから。風呂が主役だから」
「いい風呂の日? 違いますよ。今日はいいセカンドシックスの日、略して」
「略すな。セカンドは序数詞だ」
「いつも通りのノリの悪さですね。すぐそこに未開拓の女体があるというのに」
「未開拓とか言うんじゃない耳年増」
「風呂だけにフロンティアって」
「やかましい。二日連続で似たような話の運び方するとネタ切れだと思われるよ」
「私は別にジャングルじゃないです。花園くらい」
「だからってすぐ下ネタに持ってくのやめろよ! 知ってるよ!」
「おいでよ私の花園」
「最低だ。法務部に訴えられる。勝てない」
「とびだせあなたの森」
「この部屋から飛び出したい」
日は山に隠れ、星々が輝き出しました。
月が今日を急かしていますが、二人の一日はまだ少しだけ続きます。




