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56/2024

アイデンティティー

 コタツの中で足を温め、窓の向こうの夕焼けと街の灯りを見つめながら。

 一日の終わりに、二人は他愛ない会話を始めます。




「タイヤ交換お疲れ様です」


「そろそろ雪が降りそうだからね、冬支度始めないと」


「ガソリンスタンドとか車屋さんとかに頼まないんですね。意外です」


「自分でできることなら自分でする。君とは違うんだよ」


「うぬ、なんかカチンとくる言い方ですね。私にだって一人でできることくらいあります」


「例えば?」


「あなたの料理を食べられます」


「僕の料理が君くらい酷ければ自慢できることなんだろうけど」


「一人でも寝られます」


「子供か。食うとか寝るとかじゃなくて、君のアイデンティティーはなんなんだと」


「そんなものありません。人間なんて中身はみんな似たり寄ったりです」


「アフォリズムっぽいけど君が言うと説得力のかけらもないね。君って本当に何もできないんじゃないかって気がしてきた」


「……料理とか」


「自信ないなら言うな。それと君のは料理じゃなくて食材の廃棄」


「他にはえっと……タイヤ交換はできなくても、あなたと愛の交歓ならできます」


「やかましいわ」


「言い方を変えれば、あなたと付き合うことができます」


「泣いてもいいかな? あとそれ君が言えたことでもないから」


「じゃあ、あなたにできないこととか、不得意なことを教えてください。きっとその中に私にできることがあるはずです」


「うーん、できないことなんて意識したことないからわかんないな」


「あ、私、妊娠できます」


「性別を盾にするな」


「最近困ったこととかあれば」


「君が鬱陶しいことかな」


「……わかりました。では、今から礼儀正しい淑女になります。あなたと出会った頃の」


「唐突に新しい設定出てきた! え、君って昔はそうだったの?」


「忘れたんですか? あなたが私のような性格のネジ曲がった人間と付き合ってるのは、惚れた弱みというやつです」


「さも伏線回収みたいに辻褄合わせてくるな」


「出会った頃の私は、周囲の人間を完全にシャットアウトするほど心を閉ざしていたのです」


「なんか始まった」


「そんなとき出会ったのがあなたでした。あなたの優しさに、頑なだった私の心は雪解けのようにほだされていったのです」


「ほだされるの使い方間違ってるぞ」


「とまあ、こんなふうに妄想にふけることができます」


「生産性のかけらもない」




 日は山に隠れ、星々が輝き出しました。

 月が今日を急かしていますが、二人の一日はまだ少しだけ続きます。

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