皮剥き
コタツの中で足を温め、窓の向こうの夕焼けと街の灯りを見つめながら。
一日の終わりに、二人は他愛ない会話を始めます。
「前から気になってたんですけど」
「何?」
「みかんをそうやって剥くの、やめてくれませんか?」
「え? 下に指突っ込んで剥く方法のこと?」
「はい。なんか汚ならしいというか、マナー違反な感じがします」
「周りの人に訊いてみるといい。この剥き方がスタンダードだって言うよきっと。僕には君の、ヘタの側から剥いていく方法こそマナーに反してると思うね」
「ヘタから剥くとスジがよく取れるんです。ひょっとしてご存知なかったのですか?」
「スジの部分には食物繊維が豊富に含まれてるんだよ。もしかして知らなかった?」
「そんなに食物繊維が欲しいなら、私の分をあげましょう。ほれ」
「こいつ……!」
「でもみかんの剥き方っていろいろあるみたいですね。りんごみたいに剥く方法とか、皮ごと割く方法とか、上下二つに分ける方法とか」
「食べられればいいと思うけど、いろいろ試行錯誤してみるのも面白いかもね」
「私たちも新しい剥き方を考えましょう」
「もう出尽くしてる感じがするけど」
「おしりで剥く臀部剥き」
「剥き方ってそっち? 無理だろ。人体の構造的に」
「ティーバックでも使えば真ん中から真っ二つにできるのでは?」
「食べたくないよそんなん」
「丸ごと口に入れておいて、舌と歯を上手く使って実だけ食べるドレイン剥き」
「マナーはどこへ行った。そうまでして個性を出したいのか」
「その場で飲みほす絞り剥き」
「オレンジジュースって知ってる?」
「みかんの皮を剥くことだけに命をかける――」
「ひた向きとか言うなよ。つまらないから」
「腕の筋肉だけで――」
「ムキムキ?」
「切片bが4の直線がX軸と交わるとき――」
「傾き?」
「コントローラーで――」
「ゲーム機?」
「風情のある――」
「おもむき?」
「霧吹きで――」
「噴霧器?」
「古代の――」
「ペルム紀?」
「……なんで全部先に言っちゃうんですか」
「君の思考がわかるようになってきて悲しいやら情けないやら」
日は山に隠れ、星々が輝き出しました。
月が今日を急かしていますが、二人の一日はまだ少しだけ続きます。




