ボイスレコーダー
コタツの中で足を温め、窓の向こうの夕焼けと街の灯りを見つめながら。
一日の終わりに、二人は他愛ない会話を始めます。
「せっかくですから、お部屋のレイアウトを弄ってみましょう」
「これ以上変えるところなんてないと思うけど、まあ好きにすればいいんじゃない?」
「テレビとかコタツとかの位置は別にいいんですけど、納得いかない点が一つあるんです」
「どこ?」
「洋室のベッドです。どうして私とあなたで別々なんですか」
「僕としては一緒の部屋って時点で、かなり譲歩したつもりだったんだけど。第一ベッドの高さからして違うんだから、くっつけるとか無理だろ」
「じゃあ今のを捨てておっきいやつ買いましょう。イエスノーまくら付きの」
「無駄遣いはやめなさい。イエスノーまくら付きである必要性もわからないし」
「あなたさっき好きにすればいいって言いましたよね? ほら」
『まあ好きにすればいいんじゃない?』
「……いつの間に録音したんだ」
「こないだ買ってから常に持ち歩いてます。ボイスレコーダー」
『愛してるよ、ハニー』
「おい、僕そんな頭悪そうなこと言った覚えないぞ」
「入れ替わったときに録ったやつです。こんなのもありますよ」
『ハァ……ハァ……ごめんなさい女王様……。もうしませんから、そこだけは……!』
「やめろォ! 鬼畜か君は! そこってどこだよ! いや聞きたくもないけど! 目覚まし用だけじゃなかったの?」
「録ってるうちに楽しくなってきちゃって。他にもいろいろありますよ。九割あえぎ声入りですけど」
『うぅ……男なのに、赤ちゃんできちゃう……』
「死ねよ! 頼むから死んでくれよ! というか僕が死にたい! どんな状況だよ! なんかもう別の世界のセリフだろ! ドン引きだよ!」
「さあ、これを私の友人たちに広められたくなかったら、ベッドを一つにするのです」
「最低な女だな。本気で別れを切り出したくなってきた。やっていいことと悪いことがあるだろ」
「え……あ、すみません。やりすぎました……」
「消しなさい」
「え……?」
「いや、どうしてそこで世界の終わりみたいな顔をする? ボイスレコーダーに入ってるやつ、バックアップも含めて全部削除しろ」
「そんな……。私の宝物が」
「そんなもん宝にするな。とにかく全部消せ。……これからは、たぶん僕が毎日起こすことになるんだろうから、それでいいでしょ?」
「……考えてみれば確かに、本物に起こしてもらえるんですもんね。こんな自作自演、必要ないですね」
「寝坊していいって意味じゃないぞ。基本自分で起きてね」
「わかりました、全部消します。……でもせめて『赤ちゃんできちゃう』だけは」
「それ一番ダメなやつ」
日は山に隠れ、星々が輝き出しました。
月が今日を急かしていますが、二人の一日はまだ少しだけ続きます。




