押しかけ
コタツの中で足を温め、窓の向こうの夕焼けと街の灯りを見つめながら。
一日の終わりに、二人は他愛ない会話を始めます。
「ふぅ、やっとゆっくりできます。さすがにこの大荷物でここまで来るのは骨が折れました」
「パンパンのリュックサックなんて背負ってきて……登山にでも行く予定が?」
「違いますよ。二人暮らしに備えて雑貨を少々持ってきたんです」
「少々じゃないから。え、じゃあそれここに置くつもりなの?」
「はい。新居が目と鼻の先ですから、ここに置いておけば引越し当日にすぐ運び込める、という完璧な計算です」
「やめろよそういう無駄なこと。引越し屋さんに頼めば済む話だろ」
「お金がかかりますから、引越し屋さんに頼る気はありません。親にもらった体があります」
「突然体育会系キャラになるな。第一、部屋が狭くなる」
「ただでさえ狭いのに」
「やかましい。わかってるなら持ってくるな」
「日用品がほとんどですよ。そんなに場所は取りません。あと服とかはダンボールに入れて持ってきて、外に置いてありますけど」
「盗まれるぞ。って、それまで運び込んだら結局めちゃくちゃ場所取られるじゃないか」
「ほんの二日の辛抱です。頑張りましょう」
「他人事だと思って……」
「他人事じゃありませんよ。頑張りましょうって言ったでしょう? 日用品持ってきちゃったので、私もう自分のアパートじゃ暮らせないんですよ」
「馬鹿じゃないの」
「馬鹿じゃないです。全て計算のうち」
「もっとタチ悪い。……このやり取り前にもしたような」
「そんなわけで今夜と明日の夜はここに泊めてください」
「荷物持って帰れ。僕は床で寝たくない」
「そもそも人が寝られるほどスペースありませんよ、ここの床。まあ特別にベッドは一緒で構いません」
「なんで問題の原因が譲歩してるの? なんで昨日のネタを繰り返そうとするの?」
「何もしないでくださいね。絶対に何もしないでくださいね。何もしないと約束してください」
「フリにしか聞こえないけど安心しろ何もしない」
「それじゃ、汗かいたのでお風呂入ってきます」
「うん、完全にもう君の家になってるね。そうやってだんだん乗っ取ってく感じなんだ……」
「あ、タオルと替えの服忘れました」
「裸で出てくるな! わざとだろ!」
「あ、そういえば服はダンボールの中」
「外に出るな! 取ってくるから待ってなさい。……重いな。このダンボールの中身本当に衣類か? って、本じゃないか!」
「あちゃー、間違えちゃいました」
「いや気づくだろ普通」
「仕方ありませんね。あなたの服を貸してください」
「どんどん深みに嵌っていく気がする」
日は山に隠れ、星々が輝き出しました。
月が今日を急かしていますが、二人の一日はまだ少しだけ続きます。




