鼻水
土手に座り込み、沈む夕日と川のせせらぎを見つめながら。
一日の終わりに、二人は他愛ない会話を始めます。
「いつまで土手で会話してればいいんですか」
「初っぱなから何を言い出すのか」
「いい加減寒いんです。クリスマスも土手でやるつもりですかこの作品は」
「ああ、そういう行事もあったっけ。そろそろ雪も降ってきそうだしね。前にもこの話題やったけど」
「もうそろそろ屋内に移りましょうよ。じゃないと私、これから毎日寒いしかいいませんから。防寒具と体調の話題しか出しませんから」
「それは困るな……。でもこの土手での会話って、何かこだわりがあってやってるわけじゃないの? ここが二人の思い出の場所とか」
「知りませんよ。どうせ『土手でたそがれる二人のほのぼの会話』みたいな感じにしたかったんでしょう? ここまで長続きするとは思ってなかったんです、きっと」
「見事にそんなんじゃなくなったからね。明日からは屋内かな」
「それじゃ、あなたのアパートで……へ、へ、ドヘクショチクショイッ!」
「くしゃみするときはもうちょっと上品にしろって前も言ったはずだ」
「うぇ、鼻水垂れちゃいました。舐め取ってください」
「ふざけんな。ティッシュ持ってないのか」
「持ち歩いてません。好きな人に鼻水を舐めとってもらうという、私的萌えシチュエーションを体験してみたくて」
「キモいだけだよ変態バカ。ほらティッシュ」
「ちぇ、ありがとうございます。ちーんっ! こ」
「付け足すな。普通にかめ」
「ふぅ、むしろ愛する人の鼻水も舐められずして何が愛ですか」
「君の歪んだ価値観を僕に押しつけないでくれ」
「私はあなたの鼻水くらい平気ですよ。まあ鼻水どころか――」
「もうこの話汚いからやめよう。君のレベルの高さはよくわかったから。じゃ、明日から屋内で会話しようか」
「あなたのアパートでね。いやぁ、燃料費が節約できて助かります」
「最初からそのつもりだったんだろ? もう勝手にしろ」
「あ、せっかくなのでお夕飯もご一緒していいですか?」
「それも計画通りか。別にいいけど、毎日続けるなら食費払ってね。僕だって楽な生活してるわけじゃないんだから」
「お風呂もご一緒してあげますから、それでチャラに」
「ならん」
「どうしてですか? ウィン・ウィンな関係だと思うんですが。気合いの入った夕飯であればこちらも気合いを入れるので、ニャン・ニャンな関係にもなりえますよ?」
「ならん」
一人が腰を上げると、もう一人も立ち上がります。
そうしてどちらからともなく手を繋ぎ、今日に背を向けて、去っていきました。




