物音
土手に座り込み、沈む夕日と川のせせらぎを見つめながら。
一日の終わりに、二人は他愛ない会話を始めます。
「昨日の夜はひどい思いをしました」
「何かあったの?」
「あれはお風呂からあがって、ココアを飲んでいたときのことです」
「語りに入るのか」
「あなたへの不満を日記につづり、明日はどうやってからかってやろうかと考えながら」
「いろいろ突っ込みどころはあるけどスルーしといてあげるよ」
「ふと手元を見ると、ココアに波紋ができてたんです。地震かと思って身構えたんですけどそうでもない。微かな揺れがずっと続いてるんです」
「知らないうちに貧乏ゆすりでもしてたんじゃない?」
「いえ、なんだかアパートの部屋そのものがガタガタ揺れてる感じでしてね。おかしいなーおかしいなーと思って」
「なんで稲川淳二風」
「そしたらね、そのうち女の人のむせびなくような声が上から聞こえてきたんですよ」
「え、ホントに? それはちょっと怖いな」
「あん……あん……あん……あん……」
「ああ、全然怖くなかった。しかも色っぽく言ったってことは君もわかってるよね?」
「それはまあ少し考えたらわかりましたけど……本当に最初はびっくりしたんですって。うわぁオバケがセックスしてる!って」
「直感でほぼわかってるじゃないか」
「おかげで寝つき最悪です。そういうのはするべきところへ行ってしていただきたい」
「まあ、普通に迷惑だからね。周りに住んでる人にとっては騒音以外の何物でもないし。誰かと一緒だと気まずいし」
「これが若い男女ならまだ、私とあなたに置き換えて妄想もできるってものなのに……」
「僕のセリフが台無しだ」
「二階に住んでるの、中年のオジサマなんですよ。いや、オジサマというよりオッサンと言ったほうが正しい風貌なんですが」
「知らないよ。とにかく災難だったね。これからも続くようなら大家さんに連絡したら?」
「その人が大家さんなんです」
「お、おう、そっか、ごめん。じゃあ普通に文句言いにいけばいいんじゃ……」
「なんて言えばいいんですか? 『喘ぎ声がうるさいのでホテル行ってください』とでも?」
「そんなストレートに言わなくても……いや、そうでも言わなきゃ伝わらないか。いっそ新しい物件探したら?」
「あなたの部屋に住めば万事解決です」
「問題だらけだ」
「大丈夫ですよ。私は声出さないように我慢しますから」
「そこは問題にすらしてない」
一人が腰を上げると、もう一人も立ち上がります。
そうしてどちらからともなく手を繋ぎ、今日に背を向けて、去っていきました。




