母娘
土手に座り込み、沈む夕日と川のせせらぎを見つめながら。
一日の終わりに、二人は他愛ない会話を始めます。
「帰ってきたのに顔色が一向に回復しませんね。ゆうべ何があったんですか?」
「オトウサン、コワイ。オトウサン、コワイ」
「朝からそればっかり。運転も覚束ない感じで少し怖かったですよ」
「だってさ、なんでお父さんと同じ部屋で寝るはめになるの? 拷問?」
「私もそこは納得いきませんでしたよ。あなたと一緒の部屋になるべきなのは普通私でしょう? で、昨夜は私の話に花を咲かせたわけですか」
「うん、まあそんな感じ。君に関するクイズ100問とか」
「修学旅行の中学生みたいなことしてたんですね。全部答えられましたか?」
「『娘が生まれて初めて喋った言葉は?』なんて分かるかっ! しかも答えが『アジャパー』ってなんだよ! こじつけだろ!」
「赤ん坊がそんな死語喋るわけないですからね」
「間違えるたびにお父さんからの呼び名が変わっていったよ。最終的に『虫ケラ君』になったからね。泣きたくなったね」
「私の胸で泣いてもいいんですよ、虫ケラ君」
「慰める気ないだろ。……お父さんから見て僕って、そんなに君にふさわしくないのかな?」
「私と釣り合う男なんてそうそういないですよ」
「黙れ小娘」
「人見知りが激しいタイプなんです、お父さん。そのうち仲良くなれますって」
「そうだといいけど。そういえば途中耐えられなくなって抜け出したとき、君が勇気付けてくれたのはありがたかったよ。少し気が楽になった」
「はて? 私そんなことをした記憶がないんですが」
「え?」
「ずっと自室で寝てましたもん。それ、本当に私でしたか?」
「暗くてよくわかんなかったけど、声は確かに……いや、聞いてないな」
「聞いてない? 喋らずに勇気付けるなんてどうすれば?」
「……あ、ああー、もう僕疲れた。眠いから家帰って寝るよ。うん、それじゃ」
「ちょっと待って」
「ハイ」
「その『私』に、何をされたんですか?」
「テヲニギツテクレマシタ」
「それだけですか?」
「ハイ。ソレダケんっ」
「っ! これは、おふくろの味……!」
「それはそういうふうに使う言葉じゃない」
「他に言うことがあるでしょう?」
「すいませんでした……え? 僕が悪いの?」
「気づかないあなたの過失です。キス程度で済んだということは、からかわれただけ。早く進展しろというお母さんなりの激励でしょう」
「君ん家の常識についていけない」
一人が腰を上げると、もう一人も立ち上がります。
そうしてどちらからともなく手を繋ぎ、今日に背を向けて、去っていきました。




