里帰り
土手に座り込み、沈む夕日と川のせせらぎを見つめながら。
一日の終わりに、二人は他愛ない会話を始めます。
「寝坊しました」
「結局寝たのか」
「あなたのせいで計画が狂いました。責任とってください」
「どうしてそうなる。一体何に遅刻したの?」
「電車です。実家に帰ろうとしてたんですけど、朝一の電車でいかないと1日で着けないんです。なんせ遠くて」
「ああ、そういうこと。え、今って帰省するような時期か?」
「曾祖母の法事が明日あるんです。電車だともう間に合わないので、連れていってください。車持ってますし、ちょうどいいでしょう」
「ちょうどよくない。どさくさに紛れてご両親に会わせる気満々じゃないか」
「だからちょうどいいんですよ。この際一緒に行きましょう。でないと明日は一人でこの会話することになりますよ? いつかの私みたいに」
「明日の会話はどうするの?」
「向こうの土手でやればいいんですよ」
「ご都合主義だな。未来には行けたりするくせに、なんでこういうときはパッといけないんだよ」
「ご都合主義だからです。あ、ちゃんとお父さんたちへの挨拶、考えておいてくださいね」
「急展開過ぎてついていけない。そんな急にお邪魔するわけにも……」
「その点は心配ありません。あなたには私を実家に届けるという大義名分があります。挨拶はついでです」
「君にとってはそっちがメインだろ。ひょっとしてわざと寝坊したんじゃないよね?」
「まんなそさか。そんなことより、両親への挨拶ってなんて言えばいいんですかね?」
「娘さんと付き合わせてもらっています。よろしくお願いします。でいいんじゃない?」
「普通過ぎてつまらないです。仮にも私と付き合っている男がそんな凡人ではお父さんたちもガッカリするでしょう」
「そういう期待はいらないんだけど。一発芸でもやれっていうの?」
「台詞がありきたりなのがダメなんです。ここは思い切って、娘さんご馳走さまでした、とか」
「思い切りすぎだ。嘘ついてまで喧嘩売ってどうする。それとも君のご両親ってそういうギャグが通じる人たち?」
「さてどうでしょう? それも含めて試してみる価値ありです」
「ないよ。あれ、でも明日までに行かなきゃいけないなら、今ここでこんなことしてる暇ないんじゃ……」
「大丈夫です。今から出発すれば明日の朝には着きます」
「それ、僕が不眠不休で運転する前提だよね?」
「お父さんにアピールするチャンスですよ。僕は娘さんのためにこれだけ尽くせますって」
「なるほど……いや、いいように使われてるようにしか見えないだろ」
「ちゃんと色をつけて紹介しますから。この人が私のアッシーです、と」
「張ったおすぞ」
一人が腰を上げると、もう一人も立ち上がります。
そうしてどちらからともなく手を繋ぎ、今日に背を向けて、去っていきました。




