風邪
土手に座り込み、沈む夕日と川のせせらぎを見つめながら。
一日の終わりに、二人は他愛ない会話を始めます。
「治りました、風邪。薬飲んだらすぐでしたよ」
「大事にならなくて良かった良かった。今度は僕が一人で話さなきゃいけないところだったよ」
「これが凡人と私の差です。お腹壊したくらいで休む人とは違うんです」
「うん、病み上がりのところ申し訳ないけど殴っていいかな?」
「昔から身体だけは丈夫でしたからね。回復力の高さはパーティーナンバーワンです」
「なんのパーティーだ」
「私とあなたです」
「ワンとツーしかいないし。井の中の蛙のほうがまだ凄い気がする」
「お前がナンバーツーだ!」
「サイヤ人の王子っぽく言うな。嬉しくないから」
「しかし人は井の中から抜け出せるんでしょうか? 上を見始めたらキリがないと思うんですが」
「いや、自惚れるなって意味のことわざだろうこれは。そういうインフレーションとか関係なく」
「人に向かって自惚れるなとは何様ですか。自惚れないでください」
「何に怒ってるんだ」
「こっちは井の中で満足してるんですから水を差さないでください」
「一理あるけど……なんか含みのある言葉だな」
「井の中から出ればもっと良い人がいることくらい知ってます」
「はは、君の言いたいことはよくわかったよ。僕も井の中から出てみていいかな?」
「冗談ですよ。ちょっと寒いのでくっついてもいいですか?」
「手のひら返し早いよ。風邪まだ治ってないんじゃない?」
「あれ、思ったより冷たい」
「熱っ! めちゃくちゃ熱い!」
「うふ、そうですね。私たちはいつだって熱々です」
「何言ってるのこの人。治ってないどころか悪化してるじゃないか」
「あ〜、川の向こうにおばあちゃんが見えます。オーイ」
「オォォォイ! それ違う川! 僕には見えないからおばあちゃん!」
「実家にいるはずなのにどうしてこんなところに……?」
「生きてるのかよ! 罰当たりな幻覚見るなよ!」
「なんだかあなたもいつもよりたくさん見えますね」
「それじゃ普段から僕がたくさんいるみたいだろ。馬鹿は風邪に気づかないらしいけど、こういうことか」
「馬鹿じゃないです。これだって計算ずくなんですから。こうして限界まで具合悪くなることで、あなたに看病してもらおうと」
「ああ、要するにただの馬鹿だね。とりあえず病院行こう」
「インフレかもしれませんね」
「インフルな」
一人が腰を上げると、もう一人も立ち上がります。
そうしてどちらからともなく手を繋ぎ、今日に背を向けて、去っていきました。




