傘パク
土手に座り込み、沈む夕日と川のせせらぎを見つめながら。
一日の終わりに、二人は他愛ない会話を始めます。
「朝方、傘を盗まれました」
「ああ、安物の傘使ってると日常茶飯事だ。災難だったね」
「コンビニで買い物するほんのちょっとの間で……信じられません。いくら雨が降ってるからって他人のものパクりますか? 犯罪ですよ犯罪」
「よくないよね。それで、君はどうしたの?」
「もちろん傘なしで帰りましたよ。悪の連鎖は誰かが断ち切らねばなりません」
「そこまで大袈裟な話じゃないけど、まあ偉い偉い」
「なんとかして予防できませんかね、傘パク。畳んだ傘に胡椒を詰めておくとか」
「自分が差せないだろ」
「決まった手順で差さないと爆発するとか」
「危ないよ。逮捕されるぞ、君が」
「パスワード付きにしておくとか」
「効果的かもしれないけど、逆に珍しくて盗まれそう」
「じゃあ盗みたくないほど悪趣味にすれば! 豹柄とか金ぴかとかキャラものとか」
「君がいいならそれでいいんじゃないかな。ただ僕の横は歩かないでくれ」
「あ、単純にあなたが一緒にいて、私が買い物してる間持っててくれればいいんですよ」
「さりげなく傘立てになれと言われた気がする」
「いえ、傘立てではなく傘そのものになれと言ったんです」
「なお悪い」
「なんかプロポーズの言葉みたいですね。『私の傘になってください』きゃー」
「きゃーじゃないよ。雨の日しか役立たないところに凄まじい都合の良さを感じるよ」
「傘のような男性こそ女性は必要としているんです」
「なんか横からパクられそうな関係だね」
「あなたなら大丈夫です」
「え、どういうこと? 盗みたくないくらい悪趣味ってこと?」
「盗むと爆発するので」
「それはそれで怖いよ! あと予防になってないからそれ!」
「私が目を光らせてればふぇ……ふぇ……ぶぇっくしょいチクショウ!」
「大丈夫? あと女の子にあるまじきくしゃみやめてくれないかな」
「なんか頭がボーッとして気持ち悪いです。これが悪阻ですか?」
「ただの風邪だ早く帰れ」
一人が腰を上げると、もう一人も立ち上がります。
そうしてどちらからともなく手を繋ぎ、今日に背を向けて、去っていきました。




