他人の空似
土手に座り込み、沈む夕日と川のせせらぎを見つめながら。
一日の終わりに、二人は他愛ない会話を始めます。
「さっき少し恥ずかしい思いをしてしまいました」
「へえ、どんな?」
「あなたに似た人が歩いてて、私に手を振ってきたように見えたんです」
「ああ、それで手を振り返したら、勘違いだったわけか」
「いえ、抱きついたら勘違いでした」
「盛大な勘違いだな。え、なんでよりによってそんなときに? いつも僕にはそんなことしないじゃん」
「いつもよりイケメンに見えて抱きつきたくなったんです」
「なるほど……いやなるほどじゃないよ。それ僕のイケメンバージョンが現れたから抱きついたってだけだよね?」
「あなたに似てなければ抱きついてないです」
「素直に喜べない」
「おかげでおいしい思いができました」
「……分かっててわざと抱きついたんじゃないよね?」
「さてどうでしょう。故意かもしれませんね、恋だけに」
「やかましい」
「そのあとちょっと話し込んでしまったんですけど、トークがすごく面白かったです」
「うん完全に僕の上位互換だね。え、何これ、恥ずかしい話と称した浮気の暴露?」
「もしや昨日見た未来のあなたは、実はあなたではなくて――」
「何それ怖い。皆まで言わないで」
「今思い返すと未来の彼はあまりあなたに似てなかったような」
「やめて。老けたとか言ってたじゃん」
「今日会った彼はどことなく大人びていたような」
「あー僕もね、最近なんか老けてきたかなーって。ちょっと大人っぽくなってきたかなーって」
「心配しないでください。浮気なんてしませんよ」
「だよね、しないよね」
「そもそも私とあなたの関係程度なら浮気になりません」
「そっち!? そんな浅い関係だったの僕ら!?」
「土手に座って喋ってるだけじゃないですか」
「お、おう。おうおうおう。恋人同士とかじゃなかったんだ。そっか、違うのか……」
「恋人同士だったらもっと愛に満ちた会話を繰り広げてますよ」
「例えば?」
「今夜の晩御飯を何にするか相談しあったり」
「そもそも同棲してないし」
「給料の三ヶ月分の指輪をプレゼントしたり」
「気が早い。そしてなんか古い。しかも会話じゃない」
「好きだよと耳元で囁いたり」
「あー……」
「好きだよと耳元で囁いたり」
「……なんで二回言ったの?」
「さて、なんででしょうね」
「…………」
「…………」
「す、好きだよ……」
「……ふ、案外ちょろいですね」
「貴様謀ったな!」
一人が腰を上げると、もう一人も立ち上がります。
そうしてどちらからともなく手を繋ぎ、今日に背を向けて、去っていきました。




