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キラキラ輝く太陽とチョウチンアンコウ

作者: パパSE

キラキラ輝く太陽とチョウチンアンコウ


 海の深い深い底の方。

 そこは太陽の光もわずかしか届かない暗い世界。

 そう、深海と呼ばれる未知の世界。

 すぐ先も見ることができない暗い水の中を覗くと、ゴツゴツした岩と濁った砂が見つかります。いえ、それしか見つからないと言ってもいいかもしれません。もちろん、そこに転がる岩はさまざまな大きさがあり、形もいろいろな物があります。でも、岩は岩です。砂も砂でしかありません。

 そんな深海の底を旅しているとゆらり、ゆらりと光が揺れているのを見つけられることでしょう。薄暗い世界に、誘うように光が揺れているのを。

 それはアンコウ、チョウチンアンコウが放つ光です。

 アンコウはとってもまるまるとしています。体の半分が顔を占め、頭だけが泳いでいる様に見えます。そして、その大きな顔もほとんどが口で、常に笑っている様に見えるため愛嬌があります。その顔のオデコからヒゲの様な物が生えており、その先端が光ってゆらり、ゆらりと揺れているのです。

 暗闇の中、光を求めるのは魚も同じです。特にここは太陽の光が届きにくい深海。その愛嬌のある顔も手伝って、アンコウの周りにはたくさんの魚が集まってきます。

 しゃくれた顎に鋭い牙を持った魚に、とてつもなく大きな瞳を持った平べったい魚と、骨まで透き通る体を持った長い魚まで、アンコウの光に集まる魚たちはとても個性的でした。

「やぁアンコウくん。君のその輝きはいつも見ても癒されるねぇ」

 平べったい体のネムエソが笑いながら言います。

「本当にそうだね。ここじゃぁ、なにも見えないからいつも自分が一人だと思ってしまうが、こうして君の所に集まって話ができると安心するねぇ」

 そう言ったのは、とっても大きな顎を持つフクロウナギです。

 みんながみんな、アンコウの事が大好きで、こうやってアンコウの光に集まって話をする時間が一番の楽しみなのです。アンコウもみんなが集まってくるのが待ち遠しく、いつみんなが来てもいいようにおもてなしの準備をしているのでした。

「みんなよく来てくれたね!さぁ、今日の出来事の話をしてよ!」

 アンコウはそう言って、チョウチンの輝きを更に強くし、みんなで楽しい時間を過ごすのでした。

 でも、いつまでもみんなが居てくれる訳ではありません。

 時間がくればみんな、自分の巣へと帰っていってしまいます。みんなが居た時間が楽しければ楽しいほど、一人残されたアンコウはとても寂しい思いをしました。しばらくは自慢のチョウチンを何度も点滅させたりして、みんなの事を見送るのですが、その後ろ姿が見えなくなると明かりを消し、静かに砂のベッドに戻るのです。

 ただ、その日は違いました。

 みんなが帰った後も明かりを消さず、誰もいない暗闇を眺めているのです。

 それは、リュウグウノツカイが不思議な事を話してくれたからかもしれません。

「太陽?」

「そう、太陽さ」

 リュウグウノツカイは体を休める様に砂のベッドに横になりながら答えてくれました。

「太陽ってなに?」

 アンコウはその名前を知りません。

「太陽ってのは海の遙か上の方で輝いている光のことさ。そう、まるでアンコウ、君のチョウチンの様にね。でも、君のチョウチンなんかよりもとっても大きくてね。海のほとんどを照らしてくれるんだよ。浅い海に行くとね、その明かりでとっても眩しいんだ」

「でも、そんな強い光が常に輝いていたら眠れないじゃないか」

 自分のチョウチンより大きな光と言われて、アンコウはいい気分はせず思わず明かりを強くしてしまいました。でも、目の大きなホウライエソが強すぎる光に目を白黒させたのを見て慌てて戻します。そして、「自分は明かりの強さを調整できるんだ」とみんなに言いました。

「いや、その太陽って言うのは常に動いているんだよ」

「動いている?」

「ああぁ、いつも決まった時間に海の上にやって来て、そしてまた、決まった時間にどこかへ行ってしまうのさ。浅い海に住んでいる魚はその太陽に合わせて生活しているんだよ」

 リュウグウノツカイは一度頭上を見上げて、そしてみんなを見回します。

「私も一度、浅い所に行った事があって、それは海がすごく荒れた時でね、いつもと違う変な流れに捕まって運ばれてしまったんだ。どれくらい流されたのか正直見当もつかない。今まで経験した事もない流れで、右も左も、上も下も分からないぐらい激しいモノだったよ。体のあちこちが痛くなって、もうダメかと思ったら、急にあたりが明るくなったんだ。ちょっと見上げてみると、海の上の方に何か、とっても大きな物が輝いている。後からそれが太陽だと知った。その太陽と言うのは本当に眩しくって、最初は何も見えなかった。でも、だんだんと眩しいのになれてきて、あたりを見渡すことができたんだ!」

 リュウグウノツカイはそこで一息、間を空けてもう一度見上げます。

「そこに何があったと思う?」

「なに?何があったの?」

 話を聞いていた魚全員が身を乗り出しました。

「何百、何千という魚たちさ!信じられない程の魚がそこら中を泳いでいるんだ!それだけじゃない、珊瑚という不思議な岩があたり一面を覆っていて、それは太陽の光を浴びて、色とりどりに輝いているんだよ!その美しさといったら!もう言葉にできない程さ!」

 リュウグウノツカイは他にも何かを話してくれたようでしたが、アンコウの耳には入ってきませんでした。みんなが別れの挨拶をして、自分たちの巣に帰っていくことさえ気付かず、ただチョウチンの明かりを灯したまま、見たことのない海を思い描いていました。

「色とりどり…」

 アンコウはそれがどんな物か分かりませんでした。

 彼が知っている色は黒と白と、後は茶色ぐらいです。そして、それらの色は自分のチョウチンの光を浴びても輝くという事はなく、ただ不気味な沈黙を続けるだけなのです。ましてや、自分のチョウチンに集まってくれる魚はせいぜい十匹いるかいないかという程度。百匹の魚が泳いでいる姿も想像がつきませんでした。

「太陽…」

 本当にそれは自分のチョウチンよりも明るいのでしょうか。

 頭上を見上げて見ますが、もちろん見えるはずがありません。そこにはただ、深い闇が広がっているだけです。明かりの一つもないのでした。

 ただ、その深い闇の中に、更に黒い点がある事にアンコウは気付きました。

 不思議に思い身を乗り出そうとしてよく見てみると、その点はだんだんと大きくなっているようでした。ゆっくりと、でも確かに底の方へと落ちてきているようなのです。

 アンコウは慌てました。

 それはアンコウが知っているどんな物より大きいのです。しかもどうやら、一直線に自分に向かって来ている様ではないですか。もう、その黒い物体は視界の半分近くを覆っています。

「潰される!」

 恐怖を感じたアンコウはみんなが帰っていた方へと急いで逃げ出します。その小さなヒレを懸命に動かして、そのお尻についている尾ビレで夢中で水を掻きながら、全速力で泳ぎ出しました。

 黒い物体は動き出したアンコウにびっくりしたのか一瞬動きを止めましたが、やはりアンコウに向かって方向転換し追いかけて来ます。しかも、そのスピードは更に加速がかかっています。

 アンコウもそれを感じ取ってもっと急ぎました。

 もうそれは泳いでいると言うよりも、海の底を転がっている様です。

 海底の砂を巻き上げ、体のあちこちを岩にぶつけながら逃げ続けます。でも、黒い物体はそんな事お構いなしです。巻き上がる砂も、尖った岩もあることさえ気付かない様子で追いかけて来ます。

「あ!」

 アンコウは体の半分以上を砂に潜り込ませながら止まりました。

 目の前に断崖絶壁が立ちふさがっていたのです。むちゃくちゃに泳いだ所為で、道を間違えてしまったのでした。

 振り返ると、黒い物体はすぐそこに迫っています。もう逃げられそうにありません。アンコウは岩に背中を押しつけ、震えながら祈り続けることしかできませんでした。

 視界のすべてに黒い物体が映り、鼻が触れそうな所でそれはピタリと止まりました。もう、何がなんだか分からず、アンコウは目をつぶりただ震えます。

 そして…、

「なんだぁ、アンコウ…か…」

 と野太い声が聞こえて来たのです。

「え?」

 目を開けてみると、黒い物体は少し距離を離してこちらを見下ろしていました。そう、黒い物体に目、そして口があったのです。

「あなたは、誰?」

 アンコウは勇気を奮って聞きました。

「わしかい、わしはぁクジラだよぁ」

「クジラ?」

「そう、クジラさぁ。いつもはこんな深くまでこないんだけどねぇ。なんか底の方に光っている物があったから気になって潜ってみたのさ」

 そう言われて初めて、自分が明かりをつけっぱなしだったのを気付きました。逃げている間でさえ、消すのを忘れていたのです。

「ああぁ、でも君を驚かせてしまったねぇ、アンコウくん。どうも最近目が悪くって、近くまでこないとよく見えないんだよ、すまないねぇ」

 そういうクジラの目は少し濁っている様に見えました。

 それだけではありません。

 クジラの体のあちらこちらに傷があり、そうとう長い間生きているのが分かりました。

「ねぇ、クジラさん?」

「ん、なんだい?」

「あなたも浅い海から来たの?」

 一瞬、クジラは首を傾げました。

「浅い海…?ああぁ確かにここよりは浅い所から来たがねぇ」

「ほんと?そこはどんなところなの?」

 アンコウは先ほど聞いたリュウグウノツカイの話が本当か確かめたかったのです。

「そうだねぇ綺麗な所だよぉ。太陽がサンサンと輝き、その光を浴びてみんなが輝いているんだ。魚も、サンゴも、そして水もねぇ。いつもすぐ近くに誰かがいる。ああぁもちろん、みんながみんな友達ではないよぉ。でもねぇ確かに誰かがいるんだぁ。ここの住人も個性的だけど、太陽の下の生き物たちもいろんな姿で個性的だよぉ。赤や青、黄色に緑、縞々模様に水玉模様…。ほんと、みんな個性的だよぉ、色とりどりでねぇ」

「色とりどり…」

 クジラもリュウグウノツカイと同じ事を言いました。どうやら、リュウグウノツカイが言っていた事は本当のことだったようです。


 あの年老いたクジラと会ってから、アンコウは浅い海が気になって仕方がありませんでした。色とりどりの世界がどんな物か見てみたくなったのです。クジラが言った赤や青という色がどんな色なのかアンコウは知りませんし、縞々模様も水玉模様もどんな物か分かりませんでした。もちろん、太陽の光も気になって仕方がありません。

 いつもは誰かを呼ぶ為にチョウチンを灯していましたが、今はそれもせず、誰かが近くを通りかかっても、ろくな返事をしないで、来る日も来る日も頭上を見上げているだけでした。

 リュウグウノツカイには分かりました。アンコウはもう旅立つしかないと。そしてそっと「あの断崖絶壁を登り、壁の方を背にしてまっすぐ行けば浅い海にたどり着くよ」と、教えてあげたのです。

 アンコウはビックリしました。

 この海から離れるなんて今まで考えた事がなかったからです。でも、もう後には戻れません。太陽の光がどんな物なのか、赤や青がどんな色なのか知らなくては、もうどうすることもできないのです。アンコウはみんなに挨拶をして周り、旅立つ事に決めました。もちろん、みんな引き留めてくれましたが、アンコウの決意が揺らぐ事はありませんでした。

 アンコウは一通り挨拶を終えると、あの断崖絶壁の前に再び来ました。

「この壁の上に浅い海があるんだ」

 しかし、実際に見上げてみると心が挫けそうでした。

 とても泳いで登りきれると思えなかったのです。確かに壁の所々に岩棚があり、登ってはそこで一休み、登ってはそこで一休みを繰り返せば何とかなりそうな気がしましたが、岩棚と岩棚の間隔はとても大きく、その間を泳ぐのも大変そうです。

 やっぱり引き返そうかとも思いましたが、「がんばれ」と自分に言い聞かせ登る覚悟を決めました。別れの挨拶をして周ったのに引き返すのはとても恥ずかしかったのです。

 アンコウはまず、一番近くの岩棚に向かって泳ぎ始めました。でもすぐに、底の方に落ちてしまいます。何回やっても高く泳げないのです。それはそうです。アンコウは底の砂に隠れて生活をしているのです。高く泳げる様な体はしていなかったのでした。

 それでもアンコウは諦めず、何度も何度も挑戦をします。それこそ、壁にかじり付きながら登ろうかと思いましたが、岩から口を離した途端、ずるずると下に落ちてしまいましたし、岩にかじり付いたままでは休むこともできません。

 アンコウは一度、泳ぐのを止めて考えました。

 そして、リュウグウノツカイの話を思い出しました。

「それは海がすごく荒れた時でね、いつもと違う変な流れに捕まって運ばれてしまったんだ」

 そうです。

 リュウグウノツカイも自分でこの壁を登った訳ではありませんでした。

 アンコウは壁伝いに進み、どこかに上へと登る流れがないか探して回ることにしました。するとどうでしょう、思ったよりも早くそれは見つかったのです。

 不思議な光景でした。

 クジラたちです。あの日会ったクジラと同じ種類のクジラが何頭も群をなしていたのです。しかも、その中には子供のクジラも居るようでした。

 そのクジラたちは最初、頭を下に向けて潜って来ましたが、ゆっくりと反転し、上を向いたかと思うと潜って来た時以上の早さで登っていったのです。しかも、その大きな尾ビレをほとんど動かさず、まるで大きな手で運ばれている様な姿でした。

 アンコウはすぐに向かいます。そして、その部分だけ壁が縦に削り取られている事に気付いたのです。それだけではありません、その一帯だけ底に溜まっている砂が巻き上げられ、水がほかの所以上に濁っているではありませんか。間違いありません。上へと登る流れが、そこにあるのです。

 アンコウは一度、来た道を振り返りました。でも、振り返るだけで戻ろうとはしません。そして、流れの方へ向き直ると、一気にその中へと飛び込んだのです。


 上へと登る流れはとても激しい物でした。アンコウはまっすぐ正面を見ることができません。クルクルと回転し、右へ流され、左へ流され、上がっているのか下がっているのかもう分からないぐらいです。しかも、何度も何度も体が壁に当たり、体にどんどん傷がつき、休むこともできないので体力も奪われていきます。

 アンコウはそれでも耐えました。目をギュッと閉じて、ひたすらに耐えました。

 耐えるしかないのです。

 もちろん、流されながら「どうしてこんなことをしているんだろう」と疑問に思いました。しかし、その度にリュウグウノツカイが話してくれた太陽の事。クジラが話してくれた赤や青の色の話が心をよぎるのです。

「見てみたい。太陽と色々な物を」

 自分にそう言い聞かせて、お腹の方に力をグッと入れ、流れに逆らわないようにします。するとどうでしょう、少しだけ右へ左へ揺られるのも、壁に当たるのも、楽に感じられたのです。

 それから、断崖絶壁を登りきるまで時間はかかりませんでした。

 急に流れが緩やかになったと思ったら、ふっと体が軽くなり、ゆっくりと下に自分が落ちていくのが分かりました。そして、ちょっと堅い岩の感触を全身に感じたのです。

 アンコウは勇気を振り絞って、ゆっくりと目を開けました。

 そして、驚いたのです。

 先程の流れに巻き上げられ、多くの砂と岩がまだ水中を漂っていましたが、遠くを見渡せる程、あたりが明るかったのです。さらに、見上げてみるとどうでしょうか。今まで見上げると暗い世界しかありませんでしたが、そこは白くわずかに輝いていたのです。

 アンコウは口を開け、ただそれを見上げる事しかできませんでした。

「あれが…太陽?」

 そう口にして、思わず我に返りました。そして、ちゃんと自分のチョウチンがオデコから生えている事を確認し、それに明かりを灯したのです。

 確かにあたりは明るかったですが、チョウチンに明かりを灯すと自分の明かりの方が強いことが分かりました。どうやら、あの太陽よりも自分のチョウチンの方が立派な様です。

 安心し、気持ちを落ち着けたアンコウは再び周りを見渡してみました。

 すると、そこにはやはり岩と砂しかないのです。ただ、所々に、見たこともない色の柔らかい物が岩の透き間から生えているのが見つかりました。

 海草です。

 でも、アンコウはそんな事は知りません。「サンゴかな」とも思いましたがリュウグウノツカイやクジラはたくさんの色があり、輝いていると言っていたはずです。これは確かに見たことがない色でしたが、一つしか色がないし、輝いてもいませんでした。それに、サンゴはあたり一面にあると言っていたではありませんか。

「確かにあの壁を越えて来たけど、ここは僕が目指した海ではないんだ」

 少しガッカリもしましたが、こんなにもすぐに着くとも思っていませんでした。

 振り返ると、そこで砂と岩が途切れています。深い深い穴があき、のぞき込んで見ると真っ暗でなにも見えません。どれだけ深いのか想像が出来ないぐらいです。この真っ暗闇の先から、アンコウは登ってきたのでした。

 もちろん、今から戻る気には到底なれません。アンコウはもう一度、頭上を見上げて、リュウグウノツカイが言っていたとおり、登って来た壁の方を背にして進むことにしたのです。

 周囲を観察しながら進んでいくと、いろいろな物が目に飛び込んで来ました。先程見た海草にも、実はいろいろな色がある事が分かりましたし、岩以外にもたくさんの堅い物が落ちているのを見つけました。

 特に堅い物は不思議で、表面がツルツルしているだけでなく、向こう側がのぞけるぐらい透き通っているのです。それも、完全に透明な物だけでなく、いろいろな色をしていました。そして、おもしろい事にアンコウがチョウチンに光を灯してかざしてみると、キラキラ輝くのでした。アンコウはうれしくって、うれしくって何度もチョウチンを点けたり消したりを繰り返します。

 こんなモノはアンコウの暮らしていた海にはありませんでした。岩や砂もチョウチンの明かりをかざしたところで、鈍く不気味に浮かび上がるだけです。唯一、チョウチンの光を浴びて輝くのは、彼の元に集まってくる仲間たちの目だけでした。

 そう、みんなの目です。

 アンコウはその反射する輝きから、離れた仲間たちの事を思い出したのです。そして、それがとても愛しく感じ、持って行きたいと思いました。

 でも、それはとても大きく、殆どがアンコウの体よりも大きかったのでした。何度か持ち運べないか、くわえるなり、押すなり試してみましたが少しだけ動かすことはできても、運ぶことは到底できそうにもありませんでした。

「やっぱり無理か…」

 そう、諦めかけた時です。

 最後にもう一度とチョウチンに明かりを灯すと、別の所でもキラキラ輝いているのが目に入ってきたのです。それは、砂の中に隠れている様でした。アンコウは急いで砂をかぎ分けました。するとそこには、あの透明なのと同じ物が落ちていたのです。しかもそれは小さな欠片で、口の中に入れて持っていく事ができそうでした。試しに、チョウチンの明かりにかざしてみると、どうでしょう、しっかりとキラキラ輝くのです。

 アンコウは大喜びで周りの砂ごとそれを口に入れました。

「痛いっ!」

 口に入れた瞬間、鋭い痛みが走るのを感じ、慌ててそれを吐き出します。

 何がなんだか分からず、吐き出したそれを見て驚きました。

 血が付いているのです。よく見てみると、キラキラ輝く物はとても鋭く尖っていたのです。それが口に入れた瞬間、舌に刺さったのでした。

「なんて危険なんだ」

 そういって、もう二度と見たくないと思い、元あった砂の中に埋め戻しました。

 アンコウは知りませんでしたが、それはガラスという物でした。彼もリュウグウノツカイも知らない陸上に住む人間が、自分たちでたくさん作って海へと捨てていった物でした。

 実際、それから先もアンコウはそこら中でガラスを何度も目にする事になりました。その度に今あった事を思い出し、特に鋭い物には砂をかけて埋めていったのです。

 そのガラスを作った人間たちと出会うことになるとは、この時のアンコウは思いもしませんでした。


「やぁ、おまえはどこから来たんだい?」

 そう話しかけられたのはガラスを砂の中に埋めてからしばらくたってからでした。

 泳いでいる海はだんだんと明るくなってきて、海草の種類もだんだんと多くなり、あの嫌なガラスの他にも様々な物を見つける事ができました。例えば、とても柔らかい岩です。アンコウが触れただけでそれは崩れ、噛み付けば粉々に砕けてしまうほど柔らかい岩なのです。これは木という物で本当は岩ではありませんでしたが、長いこと海の底に暮らしていたアンコウは知りませんでした。そして誰かに聞こうと思っても、生きている者に誰一人として出会わなかったのです。

「もしかして、ここには生き物がいないんじゃないだろうか」

 そう不安に思っていた時、突然話しかけられたのです。

 でも、どこをどう探しても魚はいません。思わず、キョロキョロと見回していると、再び声がしたのです。

「どこを見てるんだい?こっちこっち」

 どうやらその声は下の方から聞こえてくるようです。見てみると、そこには赤い五股の岩がありました。まさか岩が話しかけて来るわけがありません。きっと空耳だと決めつけて去ろうとすると、どういう事でしょう、岩が動いたのです。五股のうち一本をヒョイと持ち上げ、「行くな行くな」と手招きをするではありませんか。

「俺だよ、俺。見えているんだろ?」

「き、君はなんだい?」

 アンコウは驚いて聞き返します。

「俺はヒトデって言うんだ。よろしくな。おまえは?」

「僕はアンコウ。チョウチンアンコウって言うんだ。でも、驚いた。ここは岩がしゃべるんだね」

「岩がしゃべる?バカ言っちゃいけないよ。俺は歴とした生き物さ。ただ、おまえたち魚の様に自由自在に動けないけどな。で、おまえはどこから来たんだい?」

「僕はここより深いところから、流れに乗ってやってきたんだ」

 今度はヒトデが驚く番でした。

「深いところだって?深海からか!」

「深海?」

 アンコウは初めて自分たちが住んでいるところが深海と呼ばれている事を知りました。確かに、とっても深いところにあるので、そう呼ばれるのにふさわしいかと思いましたし、なぜかその響きがとても気に入りました。

「深海から来るとは、いったいなにが目的だい」

「太陽を見に来たのさ」

「太陽を?ここからじゃそんなに見えないぜ。もっと浅いところに行かないとね。しかし、太陽を見てどうするんだい?」

「さぁ、どうしようか。でも、とりあえず見てみたいんだよ。そして、自分のチョウチンとどっちが明るいのか知りたいんだ」

 そういって、アンコウは自分のチョウチンを灯しました。すると、その輝きにヒトデは後ずさります。

「ほぉ~、おまえは自分で輝く事ができるのか?すごいじゃないか!」

「そう?」

 ちょっとだけ胸を張って答えます。

「ああぁ、すごいよ!そうだ!ちょっとその光で協力してくれないか?」

 ヒトデはそう言うと、アンコウをある場所に案内しました。

 そこには大小様々な岩が並ぶ岩場で、たくさんの魚が集まっていました。そのどれもアンコウは見たことがない魚ばかりです。魚たちの方も、見慣れないアンコウの姿を見て驚きました。

「いや、みんな待ってくれ。このアンコウって奴はすごいんだよ」

 驚いて逃げようとする魚たちをヒトデが慌てて呼び戻します。ヒトデも一緒だと知り、魚たちも少し安心し戻って来ましたが、それでもアンコウとの距離を縮めようとしません。

「ヒトデ、そいつはよそ者だろ?なんでこんな困った時によそ者を連れてきたんだい?」

 一匹の魚がアンコウを指しながら聞いてきました。

「困っているからこそさ!俺達では解決できない問題だからこそ、いつもと違う奴の助けが必要なんじゃないか?」

「まぁ、確かにそうかも知れないが…、そんな不気味な奴がなんの役に立つんだい?」

「おいおい、俺の友達に向かって“不気味”は失礼だろ?さぁ、アンコウ!君の力を見せてくれないか?」

 ヒトデに催促されるまま、アンコウは自分のチョウチンに明かりを灯しました。「不気味」と言われて腹が立たない訳ではなかったですが、初めて会うヒトデが「友達」と言ってくれたことの方がうれしかったのです。

「おおぉ!これは!」

 チョウチンの明かりを見た途端、魚たちが一斉にどよめきました。

「な、すごいだろ?こいつならきっと助けてくれるぜ」

「ねぇ、さっきから話している“助ける”ってなんのこと?」

 胸を張って「どうだ?俺の友達はすごいだろ」と自慢しているヒトデにアンコウは聞きました。

「ああぁ、そうだ!助けて欲しいんだっ!」

 聞かれたヒトデだけではなく、その場にいた魚全員が身を乗り出して言い、一斉に岩場の一角を指さしました。そこは、ポッカリと穴が空いています。

「実は、卵があの穴の奥に落ちてしまったんだよ。取りに行きたくっても中は真っ暗。手探りで行きたいところだが落ちているのは卵だろ?潰してしまうかも知れない。だから、どうしようもなくって困っていたんだ」

 なるほど、確かにこれはアンコウの出番です。

 チョウチンに明かりを灯しアンコウは岩穴の中へと入って行きます。岩穴は想像以上に広く、深い様でした。アンコウの明かりでも、全部を照らし出すことはできなかったのです。でも、慎重に中の隅から隅へとチョウチンを左へ右へと動かして探すと、確かに卵はあったのです。アンコウはすぐに卵を見つけた事を魚たちへ伝え、自分が照らしているからその間に運び出すように言いました。

 魚たちは大喜びでその通りにします。

 卵はたくさんあったので時間がかかりました。アンコウはその間中、岩穴の中を照らし続けたのです。そして、最後の卵が運び出された時にはもうヘトヘトに疲れてしまいました。

 それでもアンコウは充実感でいっぱいでした。

「ありがとう、ありがとう」

 母魚はそう泣きながら、何度もお礼を言い続けました。

「アンコウ、本当に助かったぜ」

 ヒトデもお礼を言い「浅い海に行きたければ、ここから右の方に進んでいくと近道だぜ」と教えてくれるのでした。

 感謝される事に喜びに、アンコウは胸がいっぱいになりました。

 それからも、アンコウは困っている魚を見つける度に協力を申し出ました。まだまだ太陽の光が十分届かないこの一帯では、光り輝く彼のチョウチンは大活躍でした。無くし物を探してあげたり、道案内をしてあげたり、その度にアンコウは感謝され、自分のチョウチンに自信が付いていきました。

 そうやって、いろいろな魚を助けていく内に海の明るさがどんどんと増していったのです。


 かなり浅いところまで来たのか、頭上の輝きがよりいっそう強まってきた様でした。

 リュウグウノツカイが言っていた様に、太陽はいつでも頭上にあるのではなく、ゆっくりと動いているという事もわかりました。ちょうど真上に来ている時が一番輝き、そこからはだんだんと輝きが弱くなっていくのです。そして、深海の時と同じように暗くなり、まただんだんと明るくなって行くのを繰り返すのでした。

 そして、その明るさによって出会える魚たちが違うのにも気づきました。明るい時に活発に動いている魚もいれば、暗い時の方が元気な魚もいるのです。

 出会う魚たちの種類は様々でした。その数は深海の倍以上あるようです。また、深海の魚たちと違い、群で行動する魚たちが多い様でした。

 今も、目の前の岩陰にたくさんの魚たちが隠れています。

「どうしたんだい?困った事があったら、僕に何かできることがあったら言ってよ」

 卵の一件で自信が付いたアンコウはそう言いながら魚たちに近づいていきます。

「ほら、僕のチョウチンを見て。すっごく光るんだ。これでどんな暗いところでも照らすことができるよ」

 アンコウがチョウチンを灯すと、魚たちは一斉に岩陰の更に奧へと潜り込んで行きました。その中に入れなかった一匹の魚がもの凄い形相でアンコウに詰め寄って来ます。

「早くその明かりを消してくれっ!」

 今までそんなことを言われたことがなかったアンコウは、驚きながら明かりを消しました。明かりが消えてからも、魚たちは岩陰の奧から出てこようとはしません。

「なんで明かりをつけてはいけないの?」

 不思議に思ったアンコウが魚に聞きます。

「なんでって、見つかってしまうからに決まっているだろ?」

「見つかる?なににさ?」

「人間だよ」

「人間…?」

 今日まで多くの魚たちと出会い、多くのことを知ったアンコウですがその名前は初めて聞く物でした。

「ああ、人間だ。知らないのか?奴らはとてつもなく怖いんだ。大きな船に乗ってやって来ては、網を使って俺たちを見境なく捕まえて行くのさ。そろそろ奴らが来る時間なんだ…、来たぞ!」

 魚がそう言いながら岩陰に潜り込もうとした瞬間でした。急にあたりが暗くなったのです。思わず見上げてみるとそこにはクジラのように大きな物が横たわっていたのです。

「あれが…人間?」

 アンコウが驚いて見ていると、その大きな陰から何かが落ちて来ました。

「危ない!」

 そう思ったけれども、もう手遅れです。

 大きな網に捕まり、身動きがとれなくなってしまいました。周りを見ると、先ほど岩陰に隠れることができなかった魚や、周りで泳いでいた他の魚たちも同様に捕まっている様です。そして、ゆっくりと上の方へと引き上げられていきます。

「くそ!お前のせいだ!お前の!」

 近くの魚がアンコウに言いました。

「お前が変に目立つようなことをするから、人間に居場所がバレてしまった。お前がそのオデコの物を光らせなければこんなことにはならなかったのに」

「ごめん。でも、みんなが困っていると思って助けたかったんだ。人間から隠れていたなんて知らなかったんだ。」

「困っている?最初にそれを確認するんだったね!僕たちは困ってなんかいなかった。お前のその明りの方がよっぽど困り者だよ!」

 魚は落ち込んだアンコウの様子もお構いなしに言ってきます。

 でも本当に悪気などはなかったのです。

 ここに来るまでに多くの魚をこのチョウチンで助けてきて、今回もそれと同じことをしようと思っただけです。それが、まさかこんなことになるとは思ってもみませんでした。

 しかし、どういった理由にしろ、自分のせいでみんながつかまってしまったのは事実です。アンコウは責任を感じて、自分たちを拘束いている物を噛み千切ろうとしました。でも、それはどうがんばっても切れないのです。諦めずに何度も挑戦しますが、逆に自分の口が傷ついてしまうほどです。そうして、こうしている間にもどんどんと引き上げられ、ついには水の外に出てしまいました。

 大きな枝のような物で網ごと宙づりにされてしまったのです。

「…!」

 あまりにもの苦しさにアンコウは口をパクパクさせました。水の外に出てしまっては息もできないし、しゃべることもできないのです。そして、それだけはありません。

 目が、目が痛いのです。

 その理由はすぐにわかりました。太陽です。見上げて見ると太陽はもっと上の、遠くの方で輝いています。それなのにも関わらず、その光はとても強く、深海で生きてきたアンコウにはとても辛い物でした。

 その光から目を背ける様にして下を見ると、そこには大きな物が水に浮かんでいました。先ほどの魚が話してくれた船のようです。確かにその船の上で、見たこともない生き物が行ったり来たりしています。どうやらその生き物こそが人間のようでした。

 アンコウたちを捕まえていた網が船の真上に来ると、一気に縄が解かれ、魚たちが大きな水槽の中に入れられました。大きな水槽と言っても、捕まっている魚たちが自由に動けるような大きさはありません。そして、入っている水も少なく、魚たちはその中で苦しみのあまり飛び跳ねています。

「おい見ろ、アンコウが掛かっているぞ」

 一人の人間がそういうと水槽の中からアンコウを取り上げました。苦しさとまぶしさでアンコウに抵抗する力はなく、ただされるがままでした。

「ほぉ~、珍しい」

「おりゃぁ、初めてみるなぁ」

 アンコウの周りにたくさんの人間が集まって来ます。そして、じろじろと見るだけでなく、チョウチンをいじくったり、ヒレを広げてみたり、中には口の中に指を入れて顎を広げる者もいました。「噛み切ってやる」と思いましたが、どうしても力が入りませんた。

「よし、今夜はアンコウ鍋といこうじゃないか」

 アンコウを持ち上げた男がそういうと、周りから歓声があがりました。

 鍋、という言葉の意味は分かりませんでしたが、きっと食べられてしまうんだとアンコウは思いました。そして、とっても悲しくなりました。

 自分はまだ珊瑚を見ていない。色とりどりの魚も、縞々模様や水玉模様も。そして、あの太陽と明るさ比べもしていないのです。

 いえ、そもそも自分がそう思わなければ、自分がこの海に来なければ、このオデコについているチョウチンと太陽を比べようとしなければ、ましてこのチョウチンの光で誰かを助けられると思わなければ、自分も一緒にいた魚も捕まることもなかったかもしれません。

「こんなチョウチン、なければよかったんだ…」

 そう、アンコウが諦めかけたその時です。

 爆音とともに船が大きく揺れたのです。

「な、なんだ?」

「ど、どうなっているんだ?」

 人間たちは突然のことに対応できず、慌てふためきます。その間にもう一度、大きく船が揺れました。それは一回目よりも激しい動きで、アンコウを捕まえていた人間はその場で倒れアンコウから手を離し、その勢いで彼は海に逃げることができたのです。

「クジラだ!」

 海に落ちる途中、人間たちの声が聞こえました。


 アンコウは海の中に戻ると、また捕まってはいけないのですぐに船から離れました。そして振り返ると、人間たちが言うようにそこにはクジラがいました。クジラが、人間たちの船に向かって体当たりをしているのです。

 人間たちも長い棒を使って抵抗しましたが、そんなことで怯むクジラではありません。船の下に素早く潜り込むと一気に頭で一撃を加え、また潜り込むために反転する勢いを利用して尾で船の横っ腹を叩きます。その度にとてつもなく大きな音と、激しい揺れが船を襲い、人間たちは抵抗したくても立っていることさえ出来なくなってしまいました。中にはもう抵抗しても無駄だと思ったのか、張ったまま逃げ惑う人も出てきています。

 クジラが更に体当たりをすると、今度は先ほどとは違う鈍い音がなりました。そう、船体に亀裂が入ったのです。これには人間たちも観念し、慌てて救命ボートへと集まります。そして尾での最後の一撃が決まると、船は真ん中から真っ二つに割れ海へと沈んでいったのです。船の上にあった水槽も海に投げ出され、他の捕まった魚たちもみんな逃げられた様です。また、人間たちもなんとかボートへと乗り移る事に成功し、誰も海に投げ出されていませんでした。

「助けてくれたの?」

 なぜクジラがそんなことをしているのか分かりませんでした。ただ、クジラのおかげで自分たちが助かったことは間違いなさそうです。

 アンコウはお礼を言おうと思い、クジラに近づきました。

 クジラは二つに折れた船や、落ちてきた水槽の周りをグルグルと泳ぎ何かを探しているようです。

「あ!こんなところにいた!」

 アンコウがクジラに声をかける前に別のところから声をかけられました。

「ヒトデさん!」

 そうです、クジラの頭のところにあのヒトデが付いているのです。そして、よく見るとクジラは深海で出会ったあの年老いたクジラだったのです。

「やぁ、アンコウくん、久しぶりだねぇ」

「助けてくれてありがとう。でもクジラさん、どうしてこんなところにいるの?」

「俺が呼んだのさ!」

 クジラが答えるよりも先にヒトデが答えます。

「いやね、おまえがいなくなってからこの旦那が来たんだけど、気のいいアンコウがみんなを助けて回っているって言ったら会いたいって言い出してね。よくよく聞いたらおまえの事を知っているっていうじゃないか。だから、おまえが行ったと思う方へとこうやって案内してきたんだよ。そしたらどうだい、なにやら大量の魚が人間に捕まっているじゃないか。しかもその中に一匹だけ見慣れない魚が混じって!」

「そしたらいてもたってもいられなくってねぇ」

 クジラはそういって軽く笑いました。でも、船を転覆させるぐらい大きな体でしたので、アンコウもヒトデも飛ばされそうになってしまいました。

「しかし、本当にこんなところまで来るとはねぇ」

 まじまじとアンコウを見ながらクジラは言いました。

「どうだい?珊瑚の海までもう少しなんだぁ、送ってあげようじゃないかぁ」

「ほんと?」

 アンコウはヒトデの隣に乗せてもらいました。

「ちゃんとつかまっているんだよぉ」

 クジラはそう言うと、海をもの凄い勢いで進みました。その速さはアンコウの想像を超えており、クジラの頭に張り付いているのがやっとです。周りの様子を見る暇も、ヒトデと言葉を交わす暇さえありませんでした。それでも、断崖絶壁を登る時に利用した流れと比べればどうということはありません。

 そして、大きなクジラのお腹が底に付き、背中も水の外に出てしまいそうなところまで行くと、目の前に今まで見たことのない、不思議な色をした景色が広がっていたのです。

 そう、珊瑚の海です。

 あまりの美しさにアンコウは開いた口が塞がりませんでした。

 珊瑚は今まで見てきた岩や海草とも違う形をしていました。丸いモノや枝を持ったモノ、枝も長く伸ばしているモノもあれば、短く細かくのばしているモノもあります。そして、何よりも色が綺麗なのです。

 七色というのでしょうか。

 一つ一つの色はもしかしたら特別な色ではないかも知れません。でも、様々な色の珊瑚が一面に広がり、七色の輝きが一面に広がっているようでした。

 珊瑚だけではありません。そこに泳ぐ魚たちもとても綺麗です。赤や青、黄色に緑、様々な魚があふれんばかりに泳いでいました。

「ああぁ、あれが縞々模様なのかなぁ」

 アンコウが見ていた魚は鮮やかな色の鱗に、白い線が何本も走っているのです。しかもその線の入り方や色も様々で、波打ったような線が入っている模様、黒い線が入っている模様、三種類の色を使った模様と見ていてどれも飽きることはありませんでした。

 まさに色の宝庫、これこそが色とりどりだったのです。

 そして、見上げるとそこには間違いなくあの太陽が輝いていました。水の上から直接見たときと違い、その光はとても優しく、その光を受けるあらゆる者を美しく輝かせているのでした。

「凄いなぁ~~」

 この景色にヒトデも感激していました。

「そうだね。えっ?ヒトデさんっ!?」

 そんなヒトデを見て、アンコウはさらに驚きます。太陽の光を受けて、ヒトデも輝いていたのです。

 ヒトデだけではありません。自分をここまで連れてきてくれたクジラも輝いています。いえ、太陽の光が届くところにいるすべての物が輝いているのです。

「アンコウくん、もちろん君も輝いているよぉ」

「え?」

 クジラが優しくアンコウに言いました。

 そうです、アンコウも太陽の光で輝いているのです。アンコウには自分の姿が見えませんでしたが、太陽の光の暖かさは先ほどから感じることができました。

「僕、こんなすばらしい物と明るさ比べをしようとしていたんだ」

 この太陽の光が射し込む海にどれだけの生き物が暮らしているのでしょうか。アンコウには見当もつきません。ただ言える事は、自分の明かりを必要とする生き物の数よりずっと多いという事でした。

 どう考えても自分の負けです。

 アンコウは力なくその場で泣き始めてしまいました。

「アンコウくん、わしが来たのは君にこの海を見せたかったわけではないんだよぉ」

 クジラはそうゆっくりと話し始めます。今度はヒトデも口を挟みませんでした。

「太陽はとってもすばらしい物だよ。多くの命を輝かせてねぇ。実際、深海から来た君さえも、美しく見せてくれるんだぁ。でもねぇ、だからと言って君のそのチョウチンがすばらしくない訳じゃぁないんだよぉ。太陽は確かにすばらしいけど、その光は決して深海までは届かなぁいし、太陽は決まった通りにしか動くことが出来ないんだぁ。でも、君はいろいろなところでそのチョウチンを使って誰かを助けてきたじゃないかぁ。それだけじゃぁない。あの暗い深海の奥の方でも、そのチョウチンを使ってみんなの楽しみの中心になっていたんじゃないのかい」

「みんな…」

 アンコウは深海で過ごした日々を思い出しました。確かにそこには僅かな色しかありませんでした。綺麗な模様を持っている生き物もいません。珊瑚とは違い、ただ不気味なだけの岩と砂が広がっているだけでした。

 でも、楽しい仲間たちがいました。しゃくれた顎に鋭い牙を持った魚に、とてつもなく大きな瞳を持った平べったい魚と、骨まで透き通る体を持った長い魚。色で見れば個性的ではありませんが、その顔や姿がとても個性的な仲間たちがいたではありませんか。

「僕…、帰らなきゃ」

「ああぁ、そうだともぉ。君はぁ帰らないといけない。わしはその為に来たんだからねぇ」

「その為に?僕を深海に帰すために?」

 アンコウは驚きました。

「君がいなくなってから深海は真っ暗になってしまったぁ。そしてみんな寂しがっているんだよぉ。だから、わしに連れ戻すように頼んできたのさぁ」

「みんな…!」

「なんて言ったってぇ、君はぁ深海の太陽だからねぇ」

 もう居ても立ってもいられませんでした。アンコウは手早くヒトデに別れの挨拶を言い、見たばかりの珊瑚の海に背を向けました。そして、クジラの背に乗って深海へと帰っていったのです。

 あの、深い深い海の底の方へと…。

 そう、そこは深海と呼ばれる未知の世界。

 太陽の光が僅かしか届かず、すぐ先も見渡すことが出来ないほど暗い海。ゴツゴツした岩と濁った砂が一面に広がる、色の貧しい世界。

 でも、そんな深海の底を旅しているとゆらり、ゆらりと光が揺れているのを見つけられることでしょう。

 それはアンコウ、チョウチンアンコウ。

 深海を照らす、小さな小さな太陽です。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 読んでて温かい気持ちになった。 [気になる点] 童話なら、もう少し間隔を空けるなどして、読みやすくしたほうがいいと思った [一言] 偉そうですいません。 非常に読んでて気持ちよかったです。…
2010/10/24 15:54 退会済み
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