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第7話 魔女? 聖女?

二人で街に行った日から、数日が経った。



その間オヴェリアは機会を見つけてはエルを探し、何かと構い続けたのだが……。



「エル! 体調はどう? 不便なことは無い?」


「乗馬の練習をしない? それとも一緒に本を読む?」


「庭でお茶をするのはどう? おいしいお菓子もあるの!」



けれどエルはその全てを無表情で断るか、首を振ることすらせず無言で去っていくこともあった。




オヴェリアは伯爵執務室で、仕事のために屋敷を空けている父の代わりに書類仕事を片付けながら、傍に控えているミーナに泣き言を言った。



「エルが冷たいの……!」



二人で街に行った時エルは楽しそうだったし、危ない目にも合ったが帰り道では名前まで教えてくれた。


その上、初めて笑顔を見せてくれたのだ。


オヴェリアとしては、エルが心を開き始めてくれていると思っていたのだが……。


どうやらそうでもないようで、冷たくあしらわれるたびに落ち込む毎日を送っていた。



そんな主人を、ミーナは呆れたような目で見ている。



「あのねぇ、お嬢様は構い過ぎです。時間さえあればエルを探して、話しかけに行くじゃないですか」


「だって心配なんだもの! 相変わらず、屋敷の皆とも打ち解けていないようだし……」



エルの世話を任せている侍従によると、エルは決められた時間に食堂で食事を取るほかは、主に図書室で本を読んで過ごしているらしい。



食堂や図書室、廊下などで誰かから話しかけられても、無表情で頷くのみで声も発さないそうだ。



「まだこの屋敷に来て日も浅いですし、すぐに打ち解けられるわけないでしょう? それに、あの年頃の男の子は保護者に構われ過ぎるのを嫌いますからね」


「そうよね……。わかっているのに、ついエルが可愛くて構いたくなってしまうのよ」


オヴェリアはまた深い溜息をついた。



「それよりお嬢様、手が止まっていますよ? 大旦那様が王都での仕事でお屋敷にいらっしゃらない間、お嬢様が各種決裁を任されているのですから──」



ミーナがそう言いかけた時、不意に屋敷の外から、複数人が言い争うような声が聞こえた。



「──勝手に入るな! 捕らえられたいのか!?」


「お願いします! もう他に頼れるところがないんです! この子が……ルークが死んでしまう!」


「医者に連れて行けばいいだろう! お嬢様に会わせることは──」



そこまで聞いて、オヴェリアは立ち上がった。



「お嬢様、どこへ──」



制止しようとするミーナを振り切って部屋を飛び出し、階段を降りて玄関ホールに向かう。



玄関扉を開けて外へ出ると、正門のそばに警備兵2人と見知らぬ男性、そして子供を抱いた女性が立っているのが見えた。


女性はぐったりした様子の男の子を抱きかかえたまま、泣き出しそうな顔で何かを訴えている。



「とにかく、ここは医者でも教会でもないんだ! さっさとここから──」


「──何をしているの!?」



オヴェリアは正門までの道を走りながら、大声で叫んだ。


その声を聞いて、警備兵たちと男女がこちらを振り向く。



女性はオヴェリアを見てすがるような視線を向けてきたが、女性の後ろに立っていた男はこちらを睨みつけて、吐き捨てるように言った。



「伯爵家の魔女……!」



それを聞いて、警備兵たちがいきり立つ。



「貴様、お嬢様に向かって無礼な──!!」



そう言いながら、腰に帯びている剣を抜こうとする。



「やめなさい! そんなことより、どうされたのですか!?」



オヴェリアがそう言うと、女性は男の子を抱きかかえたまま使用人たちを押しのけるようにしてこちらに近付き、地面に膝をついた。



「──お願いします! この子を助けてください!!」



女性はオヴェリアを見つめながら、必死に続ける。



「もう何日も高熱が引かなくて、医者に見せても原因もわからないって……! 今朝からは意識もなくなってしまって! どうか、どうかルークを……!」



オヴェリアも女性に近づき、地面に膝をつくと、女性は腕の中の男の子を抱きしめながら縋るようにこちらを見つめて来る。


まだ3、4歳に見える男の子は、おそらく女性の息子だろう。


顔色が悪く、荒い息を繰り返していて、女性の言う通り意識もなかった。



「もちろんです。今すぐ治しますから」



オヴェリアはそう言って、男の子に手をかざした。



「やめろ! やっぱりだめだ、魔法をかけるなんて!!」



男性が──おそらく男の子の父親だろう──オヴェリアを止めようとこちらに近づいてくるのを、警備兵二人が制止する。


オヴェリアは構わず、男の子に治癒魔法をかけた。


──男の子は、やはり相当容態が悪いのだろう。


一度の魔法では完治せず、オヴェリアは何度も魔法をかけ続けた。


数度目の魔法が終わった時──。



「……ん……。……おかあ、さん……?」



男の子の目がうっすらと開き、自分を抱きかかえている母を見つめた。



「ルーク! 意識が戻ったのね……!」



女性は涙を流しながら、男の子を抱きしめた。



「ああ、本当に良かった! もう目が覚めないかと──」



女性の言葉を、警備兵に抑えられながらこちらを睨んでいた男が遮った。



「──クソッ! これでルークは呪われちまった! 病気が治ったところで、どうせ長生きはできないだろうよ! 忌々しい『滅亡の魔女』のせいでな!!」


「貴様、まだそんなことをっ!」



警備兵が剣を突きつけると男は黙ったが、それでも目の奥には怒りが燃え、オヴェリアを睨みつけている。



「やめなさい! 剣を引いて──」



オヴェリアはそう言いながら、警備兵を止めるために慌てて立ち上がろうとしたが、足に力が入らずに再び地面に座り込んでしまう。


どうやら、治癒魔法を使い過ぎたようだった。



「お嬢様!!」



いつの間にかオヴェリアのすぐそばまで来ていたミーナが、慌ててオヴェリアを支え起こす。



「もう、また無茶をして! さ、お部屋へ戻りましょう」



ミーナはオヴェリアを屋敷の方へと導こうとしたが、オヴェリアは立ち止まった。



「ミーナ、少しだけ待って……。……あの、ルークのお母様」



オヴェリアは改めて女性に向き直り、



「もしまたルークの容態が悪くなった時は、いつでも……」



そう言いながら、最後に男の子の頬を撫でようと手を伸ばす。



「──ヒッ」



女性は男の子をオヴェリアの手から遠ざけるように抱え込み、怯えた目でこちらを見た。


──先ほど治癒魔法をかける時、オヴェリアは男の子に触れなかった。


きっと女性は、オヴェリアがルークに治癒魔法をかけることはやむなく許容したが、それでも直接触れられるのは嫌なのだろう。


──『魔女』の穢れた手で触れられるのは。



オヴェリアは力なく手を下ろして、



「……ごめんなさい。何かあれば、またいつでもいらしてください」



そう言ったオヴェリアの手を、ミーナが力を込めて引いた。



「……もう行きましょう、お嬢様!」


悔しそうな顔で俯くミーナに手を引かれ、オヴェリアはふらつきながら屋敷へと戻っていった。




***




ホーリング邸の正門付近で起きた一連の事件を、屋敷の三階の窓から、二つの青い瞳が見ていた。


エルはその青い瞳を眇めながら、かすれた声で呟く。



「……金の髪に金の瞳。自らの命を削って病める者に奇跡を与える、慈愛の乙女……。何もかも、帝国の言い伝え通りだ」



そう言って、唇を噛み締める。



「……間違いない。やはり彼女が『聖女』なんだ」



初めてオヴェリアに出会った日から、間違いであって欲しいと思い続けていた。


……けれど彼女を知れば知るほど、その事実を否定しきれなくなってしまう。


エルは着ていた上着の内側に手を差し入れ、隠し持っていた短剣を握りしめ、また呟いた。


──今度は、暗い決意を込めて。



「聖女には……死んでもらわなければ」


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